怪談師で元火葬場職員の下駄華緒さん

 いまだ収束の気配が見えないコロナ禍。新型コロナウイルスといえば、高熱や息苦しさなどその症状のつらさもさることながら、別れのつらさも広く知られている。

コロナ禍で火葬をするということ

 昨年、タレントの志村けんさん(享年70)が新型コロナで亡くなった際には、親族が臨終に立ち会うことはできず、荼毘に付された後に遺族のもとに帰ったことが報じられ、大きな衝撃を与えた。

 治療法も確立していない未知のウイルス。そのためコロナで亡くなった遺体は最後の対面ができないまま火葬される、という。

 そう説明するのはYouTubeチャンネル「火葬場奇談」を運営する怪談師の下駄華緒さん。

 以前は火葬場職員という異色の経歴の持ち主だ。

「ご遺体からの感染以上に気をつけたいのが、お別れに来た方が集まることで葬儀会場が“密”になること。大切な人の最期には、骨を拾い、見送りたいと思うのが人の心ですが、離れた場所で見送るのもコロナ禍での弔いの形なのかもしれません」

 だが、「火葬場では、悲しみや弔いだけでなく、遺族の愛憎が渦巻き、時に故人も驚くような人間ドラマが起こることがあるんです」

 誰もが一度や二度は訪れたことがあるはずの火葬場だが、そこに集う人々のエピソードや働いている人の胸中、さらに現場の実態について、知る人は少ない。

 本稿では、下駄さんへの取材をもとに、火葬場の実態に迫っていく。

心霊よりも怖い、骨の奪い合い

「骨肉の争い」とも表現される血縁者同士の相続トラブル。

 火葬現場では、「文字どおり、故人の『骨』を奪い合う光景がしばしば繰り広げられます」と下駄さん。

「ある日の葬儀でお骨上げの際、遺族の方たちがなにやら言い争っているんです」

 その日は、老衰で亡くなった90代の男性の葬儀。久々に顔を合わせた息子や娘、さらに親戚たちが骨つぼを手にしながら「これはうちが預かる!」「いや、うちが!」と言い合っていたという。

故人の『骨』を奪い合う光景も珍しくはない(画像はイメージです)

「骨つぼを預かった人に、遺産の相続権があると思い込んだ末の口論でした。もちろん法的根拠はありません」

 骨つぼを自分のものにしようと話を有利に進めたい親族のひとりが、下駄さんはじめ火葬場職員に取り入ろうとしてきたという。

「よく火葬場というと、“霊が出て怖そう”といわれるのですが、人間の欲のほうがよっぽど怖いと実感しましたね」

 さらに驚くべきエピソードもある。火葬場で骨を食べる人がいるというのだ。

「戦前の日本では、死者の骨を噛んで、時に飲み込む風習がありました。これは『骨噛み』と呼ばれ、深い哀悼の意を表しているといわれています」

 骨を噛まずにはいられないほどの悲しみは、容易に否定できるものではないが……。

「元職員としては、火葬場でお骨を口にするのはオススメしません。なにより素手で遺骨を触ると、やけどのおそれがあります。また“周囲に見られないように”と急いで遺骨を拾い上げると、粉塵が舞う危険もありますね」

 またよく確認せずに口に運んだものが、はたして骨とも限らない。

「ご遺体と一緒に棺桶に入れられた副葬品の金属やガラスの破片が骨にまざっていることもあります。火葬場で慌てて口にするよりも、帰宅後に骨つぼから、明らかに遺族の骨とわかるものを口にしたほうが危険度は少ないでしょう」

 悲しみゆえの行動も、時に正しい知識は必要なのだ。

 骨噛みがほかの参列者に見つかれば、この行為を快く思わない親族との間でトラブルが勃発することも……。

「どうしても故人の骨を食べたかったら喪主や火葬場の職員にひと言断ってからのほうがいいでしょう」

これまで1万体以上の火葬に立ち会った下駄さん。別れの場は悲しみだけではないのだ

決して許されない遺体の取り違え

 火葬や葬儀での手違いは許されるものではないが、職員のミスによるトラブルもある。あまり大きくは報じられていないが昨年5月には、大阪府和泉市の市営火葬場で、通夜を終える前の遺体を葬儀会社の社員が誤って火葬した事例もある。

「関西ではのど仏や歯など主要な骨だけを収める部分収骨が多いので、勘違いをした職員が収骨前の遺骨を集塵機で粉々にしてしまった……なんて話も耳にしましたね。最終的には、葬儀会社が遺族に対して賠償金を支払ったようです」

 もちろん火葬場で起こるのは、仰天エピソードだけではない。

なかでもつらいのは、自死をしたご遺体のお骨上げです。僕もかつて、みずから命を絶った中学生のお骨上げに立ち会ったことがあるのですが、なんとも耐え難い現場でした。普段は“こちらが足元で、あちらがお頭になります”とお身体の説明をするのですが、あまりにも悲痛な様子のご遺族を前にすると、“一刻も早くお骨上げを終わらせてあげよう”と思いましたね」

 なぜこの子は亡くなったのか。自分はどうすればよかったのか──。遺された両親からは、怒りとも悲しみともつかない感情がにじみ出ていた。

「自死同様、焼死したご遺体を荼毘に付すのもつらかったですね。すでに性別もわからないほど真っ黒になっていたご遺体をもう一度、高温の炉に入れるわけですから……」

 その際、下駄さんは思わず心の中で「もう一度、我慢してね」とつぶやいたという。

「コロナ禍で若い方の自殺が増加しているといわれていますが、自死をした後のことや遺族の苦しみなど現場で見聞きした事実を伝えていくことで、少しでも自殺の抑止力になればと願っています」

火葬場を語る下駄さんの死生観

 今や人気YouTuberとして火葬場にまつわるエピソードを発信する下駄さんだが、火葬場職員となったのは知人の紹介。たまたま募集していたこともありひょんな成り行きだった。

下駄さんの動画は50代以上も関心を寄せる(ユーチューブチャンネル『火葬場奇談』より)

 日夜、火葬を行うにつれて下駄さんの死生観にも変化が生まれた。

「初めのころは僕も、死とは非日常的なものだと思っていました。しかし火葬が生活の一部になっていくとその考えも変わりました。人は生まれたら、必ず死ぬ。“死ぬことは、誰にでも訪れるごく自然なことなんだ”と捉えられるようになりました」

 目の前の死を特別視せず、ありのままに受け入れる。そんな死生観を培った下駄さんは、みずから祖母の火葬に携わったこともある。

「身内の火葬とはいえ、特別な感情や思いは湧いてこなかったですね」

 火葬の最中、炎に包まれた祖母の遺体を目にした。

「“おばあちゃん、真っ黒やな〜”と思いましたね。後悔はしていませんが、別に見なくてもよかったなとも思うのが正直なところです」

世間の“死”に対する風潮の変化

 在りし日の祖母の笑顔と同時にあの真っ黒な姿が今も記憶に残っているという。

「近年、火葬場は『斎場』と呼び名を変え、煙が出ない炉を設置しているところも多いですね。特に住宅地では、“死人を焼いた煙のにおいが洗濯物についた!”なんてクレームにつながりますから」

 場所によっては、伝統的な宮型霊柩車が横付けするのを禁止する火葬場もあるそう。

伝統的な宮型霊柩車(上)を使わず、シンプルな霊柩車(下)を採用する業者も増えている(画像はイメージです)

 それだけ現代人は『死』に対して敏感で、忌み嫌う。連想する物を徹底的に隠そうとする傾向がみられるのだ。

「大切な人を亡くしたら、遺骨や煙すらいとおしいと思うわけですが、他人の死となるとなかなか難しいですよね」

 日々、死と接する火葬場職員。世にも奇妙な体験や怖い思いをしたことがあるのでは、と私たちは勘ぐるが……。

「怖いと思ったことはない」と下駄さんは語る。

「ご遺体は遺族にとっては精神的なよりどころとなっていますし、もし“出て”きたら“なにかこの世に伝えたいことがあるのでは”と考えます。そういった意味では、火葬場職員はご遺族だけでなく“亡くなった人がどうしたいか”と死者に寄り添う特殊な仕事かもしれませんね(笑)」

トラブルにならないために終活を

 とはいえ死んでしまったら遺族に思いを伝えるのは難しい。終活は、ぬかりなく行いたいところだ。

「自分の宗教、宗派について家族や親戚に周知しておくことが最重要ですね。通常の葬儀とは違うイレギュラーなことを望むのであれば、伝えておいたほうがよいでしょう。遺産相続や葬儀の執り行い方など、準備が整わないうちに亡くなってしまうと、お葬式が思わぬ親類間の軋轢を生む場所になってしまいますから」

 終活で余力があれば、火葬についても想像力をめぐらせたい。

「棺(ひつぎ)には故人にゆかりのあるものを入れてあげたいと望む遺族もいらっしゃいますが、実は入れてはいけないものも多い」

 このような決まりは、遺骨を形よく焼き残すためのこと。

「特にメガネを棺に入れようとする方もいますが、もっとも避けるべきもの。火葬の際にガラスや金属が高温で溶けて第二頸椎(喉仏)についてしまうと、ほかの骨にへばりついてはずせなくなるんです」

 過去に下駄さんが立ち会った葬儀では、メガネを棺に入れた遺族が「あんたが黙って入れたせいでお骨が台無しになった!」と終始、責められたという。

最後の別れだからこそ注意したいことも。気になることがあれば必ず職員に質問を(画像はイメージです)

 終活や人間関係の構築は火葬時のトラブルを回避し、最後、美しく見送ってもらうためにも欠かせない。

 今年4月末より1か月以上かけて四国八十八か所のお遍路をしてきたことも下駄さんに影響を与えた。仕事を引退し、第二の人生としてお遍路さんをサポートしている人々との出会いがきっかけだ。

「心からお遍路さんを支えており、お金がすべてではない、という次元で生きていると感じました。その生き方は非常に“美しかった”。自分が高齢になったとき、そしてどう死ぬかを考えました。まるで仏様のような人々と出会い、私もそんな年の取り方がしたい、と思いましたね」

 1万体以上の遺体を見送ってきた下駄さんがたどり着いた終着の形。まだ道半ば、これからも生と死を語り続ける。

火葬するときに入れるものは要相談!

 故人の思い出の品など、よかれと思って棺に入れたものが後々トラブルの原因になることも……。納めて大丈夫かは葬儀場の職員に必ず相談を!

・メガネ、時計

 ガラス面や金属部分が焼け残り、溶けてしまい遺骨にべったりついてしまうことがある。

・厚い本や千羽鶴

 紙類はそのままの形で焼け残り大量の灰が舞うことになる。もし入れるなら少量で。

・ぬいぐるみ

 大きなぬいぐるみを身体の上に置くとその部分が焼け残ってしまったり、火葬に時間がかかる。

・ペースメーカー

 電池部分が爆発するおそれがあり、過去には事故も起きている。事前に取り出すか、残ったままだったらその旨を職員に伝えることを忘れずに。

・携帯電話やパソコン

 電池部分が爆発したり、焼け残ったり有害なガスが出ることも。

・ゴルフクラブ、釣り竿、杖など

 金属は燃えにくいだけでなく、釣り竿のカーボンは火葬炉の故障にも。

・革製品やビニール製品

 燃えにくく、燃え残るだけでなく燃やしたときに有害なガスが出ることも。

・生きている人の写真

 故人が寂しくないように、と家族が入れることがあるが「あの世に連れていかれてしまう」と俗説もあるので注意。

・現金

 現金を燃やすことは違法に当たる。

お話を聞いたのは……

怪談師・元火葬場職員 下駄華緒さん●ミュージシャン。トークイベントや自身のユーチューブチャンネルで火葬や葬儀の怖い話や死生観を語る。今秋には全国ツアーも予定している。竹書房が開催する「怪談最強戦2019」で優勝、著書に『怪談忌中録 煙仏』(竹書房怪談文庫)がある。
YouTubeチャンネル『火葬場奇談』
https://www.youtube.com/channel/UCzMn-N7XpaTixkmhPQHz0LQ

(取材・文/アケミン)