「解体作業中に人骨が出てきた」
千葉県四街道市の廃屋を解体していた作業員からそんな110番通報があったのは6月15日午前10時15分のことだった。
県警四街道署の捜査員らが現場に駆け付けると、木造2階建ての廃屋で性別、年齢とも不詳の白骨遺体が布団の中で枕をして横たわっていた。
「遺体は頭蓋骨から足の先まで全身の骨がきれいに残り、肉や内臓はなかった。まるで理科室の人骨模型のようで相当古い遺体の可能性がある。衣服を身につけていたが、長年の土埃などにまみれて劣化が激しく、服の色も紳士用か婦人用かも判別できなかった」(捜査関係者)
同署によると、遺体の骨に目立った外傷はなく、発見時の状況などを踏まえ事件性は限りなく低いとみている。
いったい、この白骨遺体はだれなのか。
現場は約20年放置された宿泊施設で
紐解くためにまず廃屋の成り立ちを追いたい。
現場はJR四街道駅から離れた市街地外れで、雑木林や農地の狭間に民家が点在する緑豊かな一帯。生活道路から細い路地をわけ入った先に、外周をフェンスで囲った、その廃屋が建つ広い敷地があった。
警察が立ち入りを禁じた黄色の規制テープが張られ、取り外されたフェンスの隙間からプレハブの建物が何棟も並んでいるのが見えた。
現場近くの女性住民はこう話す。
「もともとは“飯場(はんば)”でしたが、 いつの間にか閉鎖されて20年くらいずっと放置されていたんです。最初はフェンスがきれいに整備されていたのに、それが1枚、2枚とはずされ、近くを散歩で通ったときには何者かが建物内に忍び込んでいるような気配を感じたことがありました。最近、敷地内に生い茂っていた樹木が伐採されたり廃屋の解体作業が始まったところだったんです」
廃屋は朽ち果てた民家ではなかった。“飯場”とは、土木・建築現場近くなどに設営される作業員の簡易宿泊施設を指す。登記簿などによると、飯場跡地は2001年10月に競売にかけられ所有者が代わっており、役目を終えた飯場はそれ以前に解散しているはずなので作業員が残っていた可能性は低いとみられる。現在の土地所有者は飯場とは関係のない第三者で、跡地を更地にしようとしたところ遺体が出てきたという。
そんな廃屋から「人の気配」がしたのはなぜか。
帰宅すると見知らぬ男が
前出の捜査関係者は、
「廃屋は長く使われていなかった。ホームレスなどが入り込んで、病気などで自然死した可能性は否定できない」
と話す。
現場周辺を聞き込み取材すると、こんな話が聞けた。
「竹やぶの中で人が暮らしていた形跡を見たこともあるし、あの廃屋に人が住んでいてもおかしくないよ。食べ物だって多少知識があれば山菜をとるだろうし。野生のハクビシンを捕まえれば肉も食えるしね」(近くの家庭菜園に通う千葉市の60代男性)
廃屋近くには竹林があってタケノコがとれるほか、ドクダミが野生しているのを確認できた。ハクビシンは家庭菜園の作物を荒らすことがあり、熟れたスイカに手を突っ込んだ痕跡などを残しているという。
さらに気になる情報が……。
地元の70代男性が振り返る。
「もう20年ぐらい前の冬の夜に遺体発見現場近くで中年男性のホームレスを見かけたことがあるんです。このへんでは見かけない顔で、汚れた衣服を着てウロウロしていて、様子を見ていたら道の端っこで横になっていました。警察に通報したらバイクに乗った警察官が来てくれましたが、もういなくなっていたみたいです」
さらに、同じホームレスかどうかわからないが、そのあと近隣宅の高齢女性が帰宅すると台所に見知らぬ男がいて「何をしているの!」と声をかけると逃げ出したこともあったという。
「このあたりではほかにも、自転車に乗ったホームレスもいましたし、30年ほど前には土手で寝ている太ったホームレスもいました」(同男性)
複数の周辺住民によると、LED街路灯が普及する前の夜道は「正面から鼻をつままれても相手がだれだかわからない」ほど真っ暗だったというこの一帯。人目を忍んで生活するには適していたかもしれないが、周辺に残飯を出すような飲食店などはないため衣・食・住の「食」には圧倒的に事欠いたはずだ。
居心地のいい廃屋を見つけて住み着いたか
四街道署は白骨遺体の身元や死因を調べているものの、身元の特定につながるような有力な証拠物は見つかっておらず、捜査は困難をきわめている。
「解体作業によってほかのゴミなども遺体周辺に混じっていたため、関係性を判断するのが難しい。ひとつひとつ洗い出しているが、現時点でわかっているのは骨の大きさから成人とみられることぐらいだ」(前出の捜査関係者)
なぜ、この廃屋で白骨遺体は見つかったのか。前出の70代男性は言う。
「たしかに都会のホームレスとは異なって、食べ物には困るかもしれませんが、他人に干渉されたくないとか、のんびりしたい人には魅力的な土地柄でしょう。居心地のいい廃屋を見つけてそんな生活を続け、人知れず亡くなっていたのだとしたら、あまりに長いあいだ見つけてもらえないため魂が導いて発見に至ったのかもしれませんね」
まだ名前を取り戻せていない白骨遺体。布団に入って最長約20年そのまま眠り続けていたのかもしれず、見つけてもらって供養の道が開けたことだけは間違いない。