続くコロナ禍。緊急事態宣言下の東京では飲食店への休業要請が続き、酒類の提供も原則NG。感染拡大防止を心がけたこの1年半、外でお酒を飲む機会はめっきり減った。
電車の座席を占領して眠りこけ、終電の終点で起こされる姿も近ごろ見かけない。だが、いなくなったわけではない。
乗り過ごし、目が覚めたときに絶望的な気持ちになる終点駅のひとつにJR中央線・大月駅(山梨県)がある。東京駅から約100分、21駅。緑豊かでのどかな場所だ。
だが、都内在住ならタクシーで帰るには遠すぎ、朝まで過ごす場所も限られる。
終電で大月駅まで来てしまった人はどう過ごすのだろうか。コロナ禍でも大月駅まで乗り越す乗客はいるのか。
そんな疑問を抱いた記者は大月駅に向かった──。
コロナ禍もお構いなしの泥酔客たち
5月28日金曜日。緊急事態宣言の継続が決まったこの日、東京駅から大月駅を走る最終電車《23:14発 中央特快大月行き》に乗り込んだ。
乗車率は20%程度、途中の新宿駅で多少増えたのだが、「プレミアムフライデー」とは思えないほどすいていた。
午前0:53分。「大月、大月」とアナウンスが流れた。
この日、乗り過ごしたのは4人。直撃してみると……。
1人目は神奈川県相模原市に自宅があるという伊藤隆夫さん(仮名・50)。
中央線は普段、通勤では使っていないというが、この日は所沢で飲み、同線の国分寺駅経由で乗り換えて帰ろうとしたという。
「会社が終わってから友達と西武ドームにセ・パ交流戦の観戦に行っていたんですよ。僕は阪神ファン。一方的に負けていたので、“もう負けた”と思って途中で出て、飲みに行ったんだ。そうか……ここは大月か……」
試合のうっ憤を晴らすため、飲みすぎた、という。
しかし、この日、阪神は逆転勝ちをした。最後まで見ていたら勝利の美酒を飲みすぎていたのではなかろうか。伊藤さんは近くのホテルに宿泊を決め、ふらつく足で向かっていった。
2人目は渋谷で飲んでいたという30代の男性。車内で座席を占領して眠っていたのを記者は目撃していた。ろれつも回っておらず、フラフラとどこかに歩いて消えた。
3人目は新宿駅から乗ってきた建設業の高原勲さん(仮名・37)。自宅は杉並区にあるので乗車時間は15分前後のはずなのだが……。
青ざめた顔をして言った。
「お客さんの会社で飲んでいたんですが、飲みすぎちゃいましたね。久しぶりのお酒だったので、酔いが早く回ったのか、いや、飲みすぎたかな……。妻に電話したら怒られちゃって(苦笑)」
生まれたばかりの子どももいるという高原さん。
「仕事の飲み会も付き合いもみんな家族のため、仕事のため。なのに、あんなに怒らなくても……」
所持金が乏しいという高原さんは深夜営業しているカラオケに向かって歩いていった。
“外飲み”はしていないが……
さらに緊急事態宣言下で最後の金曜日、酒類解禁の是非が議論される6月11日再び大月行きの最終電車に乗った。
そこでは初の女性乗り過ごし客、小川弘美さん(仮名・47)と出会った。人けのない駅周辺。女性はいささか心細さもある。小川さんも前出の高原さん同様『会社飲み』で乗り過ごしたひとりだった。
「久しぶりに乗り過ごしまして……。いくらかかってもタクシーで帰ります。主婦なので明日もありますから……」
実は高原さんや小川さんのような『社内飲み』をする企業が少なくないという。飲食店や路上飲みへの視線が厳しいため、会社内に酒を持ち込みそこで飲み会を開くというのだ。
コロナ禍で募る寂しさやたまるうっ憤、同僚と愚痴を言い合い飲みたい気持ちは十分理解できる。だが、社内での感染拡大やクラスター発生の危険も伴うのではないだろうか……。
さらに乗り過ごしは家族も巻き込む事態に発展する。
同僚と渋谷で飲んでいたという公務員の安田稔さん(仮名・31)は妻が八王子から迎えに来てくれると苦笑い。
「怒られましたが本当にありがたいです」
この日、乗り過ごしたのは5人。最後に話を聞いた足立区の川田一郎さん(仮名・55)は背負ったカバンは半開き、へべれけ状態だった。
「会社の後輩たちに呼ばれて立川で飲んでてね。反対方向に来ちゃったのよ」
そもそも最初から乗った電車を間違えていたようだ。
「実はさ、もうじき娘に初孫が生まれるんだよ。だから女房には“早く帰ってきてね”と言われていたんだけど……そのうれしさもあってかなぁ、ついつい飲みすぎちゃった」
そんな大切な日に乗り過ごし。うれしくて羽目をはずす気持ちもわかるが……。すると記者に逆質問がきた。
「タクシーだといくら?」
5万円ぐらいじゃないかと伝えるとしばし思案。違った問題も噴出していたのだ。
「俺さ、妻に浮気を疑われてんだよね。でも、5万円で帰ったらそれも怒られるし……」
結局、川田さんはカラオケで過ごすことを決めた。翌日の川田家の事情は記者も気になるところだ……。
選択肢が限られる始発までの過ごし方
大月駅25時。終電を乗り過ごした乗客の悲喜こもごもの人間模様が見えていた。
乗り過ごした際の選択肢は5つ。「近場で車があれば迎えに来てもらう」「タクシーで帰る」。始発を待つなら「駅前のベンチ」「駅前のホテルに宿泊」「カラオケボックスで過ごす」だった。
だが、このコロナ禍。乗り過ごし客も減少している。大月駅前のホテル従業員は、
「飛び込みでは泊まれないほどに乗り過ごし客が多い時期もありました。でも、今は予約客が全員チェックインしたら深夜は受けつけていません。今日(5月28日)はたまたま開けていたので、さっき泊まった方はラッキーです」
駅前のタクシー運転手もうなだれる。最近、乗り過ごし客がいるのは週末のみ。
「タクシーに乗るお客さんは、中央線沿線に住んでいる人がほとんど。八王子や立川が多く、料金は2万円、3万円ほど。前に千葉に住む人が東京駅から電車を勘違いして乗り込み、大月に来たことがあった。6万円以上かけて送っていったことも……」
このコロナ禍が落ち着けば、再び大月駅で一夜を明かす人は戻ってくるだろう。
乗り越しは財布と家族関係には大きなダメージ。くれぐれもご注意を。
(取材・文/山嵜信明)