6月のとある平日、夜7時過ぎ。東京都心から郊外に向かう下り電車の中は、小池百合子都知事のテレワーク推奨の影響もあってか、立っている人がパラパラといる程度。それほど“密”な状態ではないが、もちろんほぼ全員がマスクをつけている。コロナ禍で見慣れた光景だ。
耳鼻咽喉科専門医の助言で「ノーマスク」に
ところが、よく見るとマスクをつけていない大学生風の若い男性と、20代くらいの1組の男女が。彼らは知り合いというわけではなさそうだが、ある駅に着くと図ったかのように3人とも降りて同じ方向に歩きだし、駅から5分ほど歩いたところにある一軒のカフェに入って行った。このカフェ、実はノーマスクカフェとして「コロナはただの風邪だからマスクなんて不要」という“ノーマスク派”にちょっと有名なのである。
店内は2~4人掛けのテーブル席が30席くらいあるが、外から見る限り半分ほど埋まっていて、お酒をのんでいる人が多いようだ。その客たちがみんなノーマスクなのはもちろん、3~4人いる20~30代くらいの店員も全員マスクをつけていない。今どき珍しいが、なぜ、この店では誰もマスクをつけていないのか。
その日は混んでいたので潜入はあきらめ、後日、それほど混んでいない昼間に店に入ると理由がわかった。店内のテーブルの上に一枚のチラシが置かれているのだ。そのチラシには赤い字で目立つように、「マスクは感染予防にならない」と書いてあり、横に女性医師の写真とコメントが載っている。
その医師はMさんという耳鼻咽喉科専門医。専門医というのは認定試験に合格した医師のみが名乗れる特別な資格である。そのM医師がマスクの効果にはっきりと疑問を投げかけ、チラシの一番上には「専門家による助言に基づき、スタッフはマスクを着用しません」と書かれている。
そんなチラシが店内のすべてのテーブルだけでなく、出入り口のドアの目立つところにも貼ってあるので、店内にいるとマスクをつけ続けていることのほうが居心地の悪さを感じてつい外したくなるし、また、日ごろからマスクをつけていない“ノーマスク派”の人たちが居場所を求めてこのカフェに来ているようだ。
なぜ、マスクが感染予防に効果がないのか。チラシに書かれているM医師の説明によると、一般的なマスク(不織布マスク)の網目の大きさよりウイルスの粒子の方が小さいので、マスクをしていてもウイルスが入ってくるから予防にならない、とのこと。
マスクの有効性は科学的に示されているが…
たしかに、ウイルスの粒子自体はマスクの網目より小さいが、新型コロナウイルスで注目されている感染経路は飛沫感染。咳やくしゃみといった飛沫と一緒にウイルスが放出され、それを近くにいる人が口や鼻などから吸い込んで感染してしまう。ウイルスを含んだ飛沫はウイルスの粒子よりもかなり大きいので、マスクでブロックすることができる。
実際、理化学研究所などがスーパーコンピューター「富岳」を使って不織布マスクで実験したところ、顔に隙間なく着用した場合は、飛沫や飛沫より小さいエアロゾルをほぼブロックでき、マスクと顔に隙間がある場合でも、約7割ブロックできることがわかったと発表した。
もちろん、エアロゾルなどはマスクだけで100%防ぐことは難しいので、富岳を使った実験のチームリーダーである神戸大学システム情報学研究科の坪倉誠教授は、マスクだけでなく、換気を行うことも大事だとしているが、感染予防としてのマスクの有効性は科学的に示されている。また、政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会の尾身茂会長も、マスクの徹底と換気の重要性を記者会見などで何度も強調している。
M医師は「取材拒否」
その点についてM医師はどう考えているのか、話を聞くべく取材を申し込んだが、「取材拒否」という返答だった。
ノーマスクカフェに置かれたチラシには、M医師の言葉として以下のようなことも書かれている。
「マスクは使い方によっては不衛生です」
「マスクに期待できる効果は唾液を飛ばさないこと。つまりマスクには唾液がたくさんついているということです。さらに表面には細菌やウイルスが付着しているため、触ると不衛生です」
M医師は他に、ブログや動画などで「コロナは大騒ぎしすぎ」、「症状がないなら病気とは言えない」、「私の耳鼻咽喉科はこんなにヒマなことはこれまでにない、というほどヒマ。医療崩壊間際!と叫んでいた情報は、本当なのだろうかと疑う」といった発言も。
夜の9時近くになってもノーマスクカフェから客がひける様子はない。客の楽しそうな声が店の外まで漏れ聞こえてくる。このカフェ、実は約1か月後に開幕される東京五輪の男子サッカー日本代表戦などが行われる大規模会場と同じ市内にある。大会組織委員会は、1万人まで観客を入れるという。
もしサッカー観戦後に熱狂した観客が近くにあるこの店を訪れ、マスクを外して大騒ぎしたら……。東京都内は23区と多摩地域が緊急事態宣言からまん延防止等重点措置に切り替わったとはいえ、まだまだ気を引き締めないといけないと思うのだが──。