行政書士・ファイナンシャルプランナーをしながら男女問題研究家としてトラブル相談を受けている露木幸彦さん。今回は、夫より妻のほうが高所得な「逆転夫婦」の離婚事例を紹介します。
ジェンダーレス化した夫婦の財産分与
「ジェンダーレス」。最近、この言葉をよく耳にします。昭和、平成、そして今もですが、私たちはジェンダー(社会的・文化的に作られた性差)が存在していた時代を生きてきました。現在の社会はまだ男性は「男らしく」、女性は「女らしく」生きることが前提で成り立っていると言えるでしょう。
しかし、この「男らしく」「女らしく」を撤廃し、性別に基づかない「自分らしさ」を発見したいという機運が高まっています。そのためには社会の仕組みを新しくすることが肝要です。「ジェンダーレス」に基づいた取り組みはいろいろな場面で散見されます。例えば、男子用、女子用の制服を廃止し、男女問わず着用できる制服を導入する学校が増えていますが、ジェンダーレスの流れは「家庭」にも波及しています。
筆者は行政書士・ファイナンシャルプランナーとして夫婦の悩み相談にのっていますが、現場で「男女逆転現象」に遭遇することがあります。これまでは夫が家庭外で仕事をし、収入を稼ぎ、生活費を入れる。妻が家庭内で家事、育児、そして介護に専念するというのが「よくある日本の家庭」でした。しかし、現在はどうでしょうか。女性の社会進出で専業主婦は減少。夫と妻は家庭外で収入を得る役割、家庭内で家事を担う役割のどちらも果たさなければ家庭は成り立たないのが現状ではないでしょうか。共働きの夫婦は海外では当たり前でしたが、ようやく日本が追いつ付いてきたようです。
このように現実の世界ではジェンダーレス化が進んでいるのですが、法律の世界はどうでしょうか? 夫婦のお金は結婚している限り、どちらの名義でも共有として扱われます(民法762条)。そして夫婦が結婚をやめる場合、共有財産を分け合う……いわゆる財産分与が発生します(民法768条)。昭和時代の夫婦において財産分与の根拠は「内助の功」です。夫は妻のおかげで安心して働き、収入を稼ぎ、財産を作ることができたのだから、離婚時は夫の財産の2分の1を妻に渡すのが原則でした。最新の統計でも、全体の9割以上で財産分与の按分割合は「夫5割、妻5割」です(2016年の司法統計年報)。
しかし、令和時代の夫婦は家事や育児を分担しているケースがほとんどです。そのような家庭では分担割合の多い少ないはあれど、一方的な「内助の功」は存在しないでしょう。そして妻もまとまった収入を得ており、夫婦間の経済格差は少ないので、「夫の財産の半分を妻に渡す」のも不自然です。このようにジェンダーレス化した夫婦が離婚する場合、どのように財産を分ければいいのでしょうか?
結婚8年目
夫:光夫(38歳・会社員・年収350万円・貯金0円)
妻:香澄(42歳・会社員・年収800万円・貯金1200万円)
年収は夫の2倍、貯金額も圧倒的に多い妻
今回の相談者・香澄さん(42歳)の年収は夫の2倍。そして貯金額は圧倒的に香澄さんのほうが上。さらに夫は家事全てを香澄さんに押しつけ、何も手伝おうとせず。これは今に始まったことではなく、8年前の結婚当初から同じで、香澄さんも了承済み。香澄さんが今まで放置していたのは、もし離婚したとしても自分の財産は自分のものだと勘違いしていたから。
いざ離婚が決定的になると夫は『ヤフー知恵袋』に相談したようで、「ペコにゃん(夫のハンドルネーム)にも半分の権利がある」という回答をゲット。そして香澄さんに対して「お前の分を半分よこせ」と要求してきたのです。「私のお金を彼に渡すなんて絶対に嫌なんです!」と香澄さんは真っ赤な顔で言います。香澄さんが筆者のところへ相談しに来たのは、夫からの理不尽な要求から2週間後。夫との間で何があったのでしょうか?
夫のネガティブ発言に嫌気がさして…
香澄さん夫婦は共働きだったので、日々の生活費はお互いの収入割合に応じて按分していました。結婚当初、夫の年収は300万円、香澄さんは700万円。そこで夫3:妻7という割合で月末に1か月分を清算することを約束。今年で結婚8年目。昨年の年収は夫が350万円、香澄さんは800万円ですが、生活費の負担割合を見直さないまま現在に至ったそうです。
「尊敬できない人と結婚生活を続けるのは無理です!」と香澄さんは憤りますが、逆鱗に触れたのは夫の後ろ向きなマイナス思考、そして根暗な性格。
「最初は彼とうまくやっていけると信じていました」と香澄さんは夫との結婚を決めたときの心境を振り返ります。筆者の経験上、夫婦生活を良好に保つには上下関係を作らないことが肝です。香澄さんは夫と比べ、年齢、年収、貯金額は上回りますが、だからといって上から目線で夫を見下したり、馬鹿にしたりせず、偉そうな態度をとらないように心がけたそう。
香澄さんの話を聞くと、夫と対等な関係を築こうと努力を重ねた形跡が見受けられました。例えば、夫の愚痴や不満、世間話を親身に聞いてあげたそう。内心では「くだらない」と思うことは多々ありましたが、顔には出さず、話の腰を折らず、グッと堪えたのですが、一方の夫はどうでしょうか? 「もうダメだよ」「会社辞めようかなぁ」「何にもいいことないな」などネガティブな返事を連発。
前向きで楽観的、嫌なことがあってもひと晩で忘れる香澄さんとは真逆。「思わず、ため息をついちゃいますよ!」と香澄さんは振り返ります。夫との価値観や考え方、性格の違いで悩まされる場面はカレンダーをめくればめくるほど増えていくばかり。
そして結婚3年目。しびれを切らした香澄さんは夫の愚痴や不満をまともに聞かず、「だから何なの!」と途中で遮ることに抵抗がなくなり、そのせいで夫は香澄さんに話しかけにくくなったようです。現在では家庭内別居の状態。ひとつ屋根の下で暮らしているのに、ほとんど会話を交わさず、お互いの物音に怯える日々。「今はなるべくすれ違わないように聞き耳を立てています」と香澄さんは言います。
もちろん、スキンシップは皆無。配偶者をとおり越して同居人以下の存在に成り下がったのですが、お互いにまだアラフォー。香澄さんは別の相手を探し、新しい家庭を築き、残りの人生を充実させたいと考えていました。「まだ人生をやり直すことができる年齢ですから」と決断の理由を説明します。
離婚を言い渡すと夫の守銭奴ぶりが発覚
香澄さんは思い切って夫と向き合い、離婚の意思を伝えたところ、夫も今の生活を続けるよりは、と承諾。こうして、お互いが納得の上、「離婚」という結論に至ったのですが、もちろん、タダで別れるわけではありません。急に「貯金を半分よこせ」と迫ってきた夫の守銭奴ぶりに、香澄さんは驚きを隠せなかったと言います。こうして2人の間には「財産分与」という高い壁が立ちふさがったのです。
ところで、なぜ共働きなのに香澄さんの家事負担が10割だったのでしょうか? 結婚当初はまだ新型コロナウイルスが蔓延する前。夫は平日、「仕事の付き合いだ」と飲み歩くので帰宅するのは午前様だったといいます。そして休日は前日の酒が残り、頭痛と吐き気が続き、動き出すのは午後。そのため、夫は家事を一切やらず、定時上がりで下戸の香澄さんに丸投げ。「彼のためじゃないんです! 他にやる人がいないからしょうがなく……」と香澄さんは苦しい胸のうちを吐露します。そんな夫のために料理を作り、衣服を洗い、掃除をするのは苦痛以外の何物でもありませんでした。
入社時の上司に「残業するのは無能な証拠」と教えられた香澄さんにとって、夫の所業は無能の極みでしたが、香澄さんが憤慨している理由は他にも。夫は仕事帰りだけでなく、スポーツ観戦や国内旅行、実家への帰省のたびに飲み歩くタイプ。お酒の勢いで気が大きくなり、誰も頼んでいないのに、飲み友達の勘定をおごってしまうことも多々あったそうです。
ここままでは質素倹約に励んだ妻が馬鹿を見る
夫は3割の生活費と携帯代、保険料さえ負担すれば、それ以外は自由に使える恵まれた身分にも関わらず、「あの歳で貯金がないなんて信じられません!」と香澄さんは声を荒げます。夫は「あればあるだけ使う」性分なのです。一方、香澄さんは節約の努力を欠かしませんでした。例えば、ネットの価格比較サイトを利用し、一番安いショップを選ぶほどの徹底ぶり。その結果、8年間の結婚生活で1200万円を貯めることができたそうです。まさに「ちりも積もれば山となる」を実践したのです。
財産分与について、「もし、旦那さんも同じく1200万円を持っているのなら話は別ですよ」と筆者は解説。これなら夫婦の財産の合計は2400万円。これを折半するので夫も香澄さんも1200万円です。これなら香澄さんの財産が夫へ流れることはありません。夫婦の財産が同額でなくても、夫の財産が500万円なら、香澄さんが夫へ支払う金額は350万円、300万円なら450万円という具合です。
分与の対象は夫婦がどちらも頑張って築いた財産のはずですが、香澄さんのケースは「夫婦の財産」とは名ばかり。実際には「妻の財産」だけを夫だけに譲るという一方的な内容で、まるで質素倹約に励んだ正直者が馬鹿を見るようです。
財産分与の根拠は内助の功。家事を何もやらない夫が女々しくも財産を請求するのは無理があります。香澄さんは筆者のところに相談しに来るまで、別の事務所に相談しに行ったことがあるそうですが、「夫婦の財産は折半ですから」という杓子定規のアドバイスばかり。「もう、いいです!」とうんざりして踵を返すという繰り返し。節約家の香澄さんが損をし、浪費家の夫が得をするのはあまりにも不条理です。果たして「使ったもの勝ち」がまかり通るのでしょうか? そこで「露木先生なら」と最後の望みをかけたそうです。
財産を渡さず、夫をやり込める方法とは
筆者は香澄さんの話を一通り聞いた上で、3つの切り口を用意しました。香澄さんはそれを参考に夫を説得しにかかったのです。
まず1つ目は「財産形成への貢献度」。財産を築くにあたり、「配偶者の貢献」が果たした役割は曖昧です。筆者が「旦那さんと結婚せず、独身のままでも、1200万円の貯金を作ることができたのでは?」と投げかけると、「彼と結婚していなければ、もっと貯まっていましたよ」と香澄さんは返します。
なぜなら、夫は家事を全く手伝わなかったので、香澄さんの家事負担は独身時より増したからです。香澄さんはそのことを踏まえた上で「あなたのパンツを洗ったり、あなたの部屋に掃除機をかけたり、あなたのぶんのお皿を洗ったりした時間を会社の仕事や資産の運用に回せば、もっと貯金は増えていたはずよ」とやり込めたのです。
2つ目は「金銭感覚の違い」です。香澄さんが結婚したのは34歳のとき。すでに右も左の分からないうぶな年齢ではなく、また順調にキャリアを重ね、10人の部下を抱える管理職まで昇りつめた経験を備えていました。
筆者は「結婚に浮かれる女性が『ダメな彼を私が立ち直らせる』と母性本能を発揮しようとするケースは少なくありませんよ」と慰めたのですが、香澄さんは「私はそんなに甘くありません」と答えます。彼の性格は生まれ持った遺伝子や生まれ育った家庭環境によって形成されたもの。「私色に染める」というのは甘すぎる幻想。人間の本質を変えるのは無理だと承知の上で結婚したそうです。なぜでしょうか?
香澄さんは給与や賞与の金額はもちろん、何にいくら使うのか、どのくらい貯めるのか……懐具合について夫に干渉されたくないと思っていました。お金を使い過ぎたことに対して夫が「悪い」と思っているのなら、不干渉というルールを受け入れるだろうと見込んでいたのですが、やはり見立て通りでした。「結婚するとき、お互いにお金のことには何も言わないという約束でした」と香澄さんは振り返ります。
しかし、いざ離婚が決定的になると夫の態度が一変。香澄さんの貯金を目当てにしてきたのですが、これは予想外の展開でした。夫の金使いの荒さを黙認してきた香澄さんに対して恩を仇で返すような悪行でしょう。どうせ離婚するのだから、どう思われてもいいということでしょうか。夫のやり方は極めて不誠実です。
離婚するときまで「財産の不開示」を貫く
今まで清く正しく生きてきたと言う香澄さん。当初は「やられたらやり返すというのはちょっと」と尻込みしていましたが、筆者は「背に腹はかえられませんよ」と背中を押しました。そして香澄さんは夫に対して、こう言い返したのです。
「貯金していたのはあなたのためじゃない。私のためよ」と前置きした上で「偉そうなことを言うのは、私と同じくらい貯めてからにしてちょうだい! あなたは将来のことも考えず、贅沢三昧。子どものいない私たちは老後の十分な資産が必要なのに、何なの!? だったら、私もお金を使いまくればよかったわ」と。
アルコールが入ると気が大きくなる未熟さ、いい歳をして貯金がない恥ずかしさ、そして先々のことを考えて行動しない稚拙さ──夫の弱みを徹底的に突くことで不当な請求をやめさせようと試みたのです。
そして3つ目ですが「財産の不開示」です。香澄さん夫婦のように共働きの場合、独立採算制を採用しているケースは多いです。生活費以外は何にいくら使おうが自由。筆者は「どのくらい稼いでいるのかさえ把握していない夫婦もいますよ」と紹介しましたが、いわゆる秘密主義です。
結婚生活が続く限り、「金銭感覚の違い」に気づかなくても差し支えありませんが、いざ離婚する場合はどうでしょうか? 相手がいくら稼ぎ、いくら使い、いくら残っているのか……金銭感覚によって財産分与額が変わるのだから一大事です。それなら、いっそのこと離婚する場合も秘密主義を続けたほうが穏便におさまります。そこで香澄さんは「お互いお金に口を出さない」が結婚生活のルールだったことを夫に思い出させた上で、「今まで干渉してこなかったのに今回だけ口出しするなんて何様なの?」と叱責したのです。
さらに香澄さんは夫に「もう離婚することは決まっているでしょ? これ以上、お金のことで傷つけあいたくはないの! 詮索しないのが賢明だって分からない!?」と追撃したのです。これに対して、夫は「好きにしろ!」と逆ギレ。香澄さんの理論武装に嫌気がさしたのか、打たれ弱い夫が「これ以上、傷つけられるのはまっぴらだ」と怖気づいたのか、はたまた赤の他人になり、二度と顔を合わせることもないだろう相手(香澄さん)とこれ以上、話を続けることが馬鹿馬鹿しくなったのか……今となっては定かではありません。最終的に香澄さん夫婦は「お金の取り決め」をせず、金銭授受は発生せず、傍から見れば円満に離婚することができたのです。
共働きの増加で「妻が夫に払うケース」も
最後に23年前の統計をご覧ください。夫婦が離婚する場合、慰謝料や財産分与などお金の条件を取り決めたのは全体の48%。そして夫が妻へ支払ったのは全体の91%ですが、逆に妻が夫へ支払ったのはわずか9%に過ぎません。さらに以下の数字は支払額の結婚期間別の平均値です。(平成10年の司法統計年報。『離婚・離縁事件実務マニュアル』ぎょうせい刊・東京弁護士会法友全期会家族法研究会/編から引用)
●1年未満:140万円
●1~5年:199万円
●5~10年:304万円
●10~15年:438万円
●15~20年:534万円
●20年以上:699万円
全く同じ統計は直近の統計には存在しないので比較しようがありませんが、昨今のジェンダーレス化による共働き夫婦の増加、夫の家事参加の増加、そして妻の収入、財産の増加により、「妻が夫に払うケース」は増えているでしょう。
離婚する場合は「夫が妻に払うもの」というひと昔前の先入観を疑い、万が一、請求された場合にどうするのかを考えておいたほうがいいでしょう。
露木幸彦(つゆき・ゆきひこ)
1980年12月24日生まれ。國學院大學法学部卒。行政書士、ファイナンシャルプランナー。金融機関の融資担当時代は住宅ローンのトップセールス。男の離婚に特化して、行政書士事務所を開業。開業から6年間で有料相談件数7000件、公式サイト「離婚サポートnet」の会員数は6300人を突破し、業界で最大規模に成長させる。新聞やウェブメディアで執筆多数。著書に『男の離婚ケイカク クソ嫁からは逃げたもん勝ち なる早で! ! ! ! ! 慰謝料・親権・養育費・財産分与・不倫・調停』(主婦と生活社)など。
公式サイト http://www.tuyuki-office.jp/