コロナ禍により、介護の現場にもしわ寄せが及ぶ。特に家庭内介護では、密室化、介護サービス控えなどによるストレスから、無自覚で虐待に陥るリスクが。もしかしたら自分が加害者になる可能性も!? 正しい知識で対策を!
虐待が起こりやすい“密室状態”
40〜50代になると直面する親の介護。すでに親を家で介護する人や、介護施設に託している人もいるだろう。コロナ禍、その介護現場に異変が起きている。
「介護時の虐待が増えているのは確実だと思います。コロナ禍の介護虐待件数は厚生労働省の最新データが公表されるまでわかりませんが、おそらく前年の数値から跳ね上がるでしょう」
こう話すのは、淑徳大学総合福祉学部教授の結城康博先生。結城先生は介護施設の職員として働いていた経験があり、施設での虐待の研究に取り組んでいる。
「介護する側の家族や施設職員は、コロナで自粛生活を強いられながら、これまで以上に介護に気を使わなければならないため、ストレスをため込んでいます。それが虐待を招く要因のひとつです。加えて施設の場合、コロナ感染予防による面会制限で外部の監視が入らず、虐待が起こりやすい“密室状態”となっているのも大きな問題ですね」(結城先生、以下同)
そもそも、コロナ以前から虐待件数は増加傾向にあった。厚生労働省の調査によれば、施設での虐待は2019年度で644件発生。'16年度の452件から約1・4倍、調査開始の'06年度まで遡ると10倍以上になっている。在宅介護での虐待は'10年度ですでに1万6000件を超え、こちらも右肩上がりだ。
「コロナ以前の虐待増加は主に高齢化に比例した自然増ですから、致し方ない面があるでしょう。ただその中で見過ごせないのは、施設の慢性的な人手不足により虐待を生んでいるケースです。人員確保のため、介護の知識や技術のない人をあえて採用。十分な教育もせずに働かせている施設は正直多い。結果、本人は自覚なしに虐待を行っているという実態があります」
はたして施設では何が起きているのか。現役の介護職員Mさん(40代女性、キャリア10年)に話を聞いた。
「うちの施設は入居者の大半が認知症です。食事、入浴、排泄などの介護に追われる毎日で、職員数は絶対的に足りません。そのため、入居者の世話が行き届かず、食事をのどに詰まらせて死亡させてしまったり、ベッドから落としてケガをさせてしまう事故が起きています。事故の当事者は大抵、軽いバイト感覚で介護の仕事につき、学ぶことをしない半人前の職員です」
シングル介護×密室化が家庭内虐待を加速させる
これにコロナによる密室状態が加わり、施設介護の質の低下に拍車をかけている。
「コロナになってから職員の暴言が増えました。家族の面会がなくなり、緊張感が緩んでいるからでしょう。『早くしろよ』とか、『家に帰ってもオマエの面倒を見る人はいないよ』とか、イライラが募るとエスカレートしていく。言うのは特定の人ですが、聞いていて不快です」(Mさん)
介護現場の人手不足やコロナによる密室化は、施設に限った話ではない。在宅介護でも同様の状況を招きやすいと結城先生は指摘する。
「私が介護職員の協力を得て実施した調査では、コロナを警戒し、デイサービスなどの介護保険サービスの利用を控えた人が多数いました。また、平時とは違い民生委員など地域を見守る人の目も入りにくいため、家族だけの孤立した介護を余儀なくされる。家族の場合、介護の知識や技術を備えていないのは当たり前ですよね。心や身体の疲弊が無自覚な虐待につながるリスクは高いといえます」
特に要注意なのは、結婚していないパラサイトシングルの息子や娘が介護を担うケース。
「親と自分の1対1、密室化した自宅での介護は息苦しく、悶々とした日々を過ごすのは避けられない。かといって親戚や地域との付き合いは薄く、周囲に頼る術を持ち合わせていない。やがて爆発するのは必然の流れでしょう」
では、家庭内で誰が介護虐待に陥るのか。厚生労働省の調査データを見てみると、虐待者の年齢は50代がもっとも多く、全体の25・9%を占める。次いで40代17・1%、60代15・9%と続く。
「40〜50代は働き盛りが多い。ある日、親の介護が現実となり、仕事と介護の両立に奮闘。次第にストレスや疲労を蓄積していく様子がうかがえます」
介護される側から見た虐待者の続柄は、息子がもっとも多く40・2%。次いで夫21・3%、娘17・8%と続く。
「嫁、婿が虐待に陥る割合は5%以下と低いです。一概に言い切れないですが、嫁や婿は他人なので、機械的な介護ができて虐待する感情に陥りにくいのかもしれません。
かたや実の息子、娘の場合は、複雑な感情が入り混じって虐待を起こしやすいのだと思います。また親との関係性がもともと悪かったりすると、介護に納得せず嫌々臨むので危険性はより高まるでしょう」
(年齢、続柄ともに虐待者の総数1万8435人における割合。令和元年度調査)
親の“心の声”をくみ取ることができるか
虐待といえば暴力行為を思い浮かべる人が多いだろう。でも実際は暴行に至らずとも虐待にあたるケースがあり、その内容は多岐にわたる。
「“高齢者虐待防止法”という法律で、高齢者に対する虐待を定義づけています。介護の資格を取得する際には、この定義を必ず勉強して学ぶのです」
●手を上げなくても虐待になる!
暴行に限らず、相手の尊厳を傷つける行為は“虐待”とみなされる。
■排泄の失敗を嘲笑したり、それを人前で話したりして恥をかかせる
■怒鳴る、ののしる、悪口を言う
■侮辱を込めて、子どものように扱う
■高齢者が話しかけているのを意図的に無視する
■年金や預貯金を本人の意思・利益に反して使用する
■室内にごみを放置するなど、劣悪な住環境の中で生活させる
※「高齢者虐待防止法」における虐待の具体例の一部
上記で一部紹介しているとおり、脅しや侮辱などの暴言、金銭の無断使用、ネグレクトなどまで介護虐待の定義にあてはまる。前出の厚生労働省の調査による虐待内容(複数回答)では、身体的虐待が67・1%と多いが、心理的虐待39・4%、介護等放棄19・6%、経済的虐待17・2%と、暴力以外の虐待も決して少なくない。
家庭内の無意識な虐待であっても、被害者が外部に訴えることをすれば、介護虐待に歯止めをかけられるはずだ。しかし、そうはならない問題も潜んでいる。
「親には介護してもらっている負い目があり、文句などを強く言うことができません。『多少のことは我慢しなければ……』という思いもあります。さらに虐待を受けたとしても、加害者が自分の娘や息子だと、親心から被害を隠し黙っている人が多いのです」
そんな親の心の声をくみ取ることができるのか。くみ取れなかったら、親はいっこうに救われない。
介護現場では、次々と新しい虐待の報告がなされている。結城先生がケアマネジャーに聞いた事例は次のとおり。
・要介護認定を受けている親に、50代の子どもがパラサイト。食事や掃除などの家事をやらせている。
・親の年金を同居する50代の子どもが自身で使用。パート収入では足りず、年金に依存して生計を立てている。
「残念ながら、今後も介護虐待は増えていくでしょう。ゼロになることはない。ただ、虐待の増え方を緩やかにするのは可能だと思います」
在宅介護でそれを実践するには、どうしたらいいのだろうか?
何が何でも自分で介護するはNG
「まず前述した介護虐待の定義を頭に入れることが大前提。施設介護と同じく、知識のなさが無自覚な虐待を生むからです。そのうえで自らの性格、ストレス度、親との関係性に目を向ける。これらの要素は虐待と密接に絡みます」
●介護虐待を食い止める!セルフCHECKリスト
<性格>
□せっかちなほうである
□完璧主義である
□部屋が散らかっていると気になる
<ストレス度>
□ひとりの時間がない※
□コロナ以降、要介護者への接し方が変わった(厳しく当たるなど)※
□第三者がいない場では要介護者への対応がキツくなる※
□要介護者に対して憎しみを感じることがある※
<関係性>
□親子関係があまりよくない
□自分が介護することに納得していない※
※印は、現在介護中の場合。
上記のチェックリストで判断を。チェックの数が多いほど要注意となる。
「例えば性格でいえば、几帳面な人は介護にも完璧を求めます。それが思いどおりにならないと、虐待に走る傾向が強いのです。自分のことを客観視して、戒めましょう」
コロナ禍の在宅介護はこれまで以上に孤独になりがち。ゆえに1人で抱え込みすぎないことが重要なポイントに。
「何が何でも自分で介護する、という強い責任感は捨ててください。苦しいときは介護サービスを利用し、親を施設に預けて息を抜く。施設を媒介にした介護の形もありだとわかれば、気持ちがラクになるはずです」
親の介護を続ける支えとして、自分と同じ境遇の家族介護者とのつながりを持つことも欠かせない。
「その場に最適なのが『介護者の会』。全国各地に設けられていて、家族介護者同士の交流を深められます。コロナで活動をストップしている会もありますが、情報交換や愚痴を言い合ったりすることでストレスを発散でき、孤立化も防げます。介護者の会は各市町村にある地域包括支援センターで案内してもらえます」
親を介護する日は突然やってくる。明日かもしれないし、3か月後かもしれない。予測は不可能だ。
「何の準備もしていないと、親の介護でパニックになるのは目に見えています。将来の介護に備えた活動=“介活”を早いうちに始めましょう」
人や機関の協力を得て介護に臨む
介活の第一歩として、元気なうちから親子で介護の話をすることを提言。
「親がどんな介護を望んでいるのか、自分はそれをどこまでサポートできるのか。腹を割って話し合いましょう。親子関係がぎくしゃくしていたら、立て直す機会になるかもしれません」
次に、介護サービスでは口コミの重要性を説く。
「介護サービスのよしあしを見分けるのは難しいものです。口コミを頼りにすると、真の情報を得られます」
それには、相談できる人や機関など、ネットワークを築くことがカギを握る。
「人や機関の協力を得て臨むのが、虐待とは無縁の介護の理想の姿です」
●結城先生が提唱する 介活3か条
(1)元気なうちから親子で「介護」の話を
(2)介護サービスは「口コミ」を重要視せよ
(3)相談できる「人や機関」を持とう
淑徳大学総合福祉学部教授。介護の現場でケアマネジャーとして働いていた経験があり、社会福祉士、ケアマネジャー、介護福祉士の資格を持つ。『親の介護でパニックになる前に読む本』(講談社)など著書多数。
《取材・文/百瀬康司》
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