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 芸能人やアスリート、政治家など有名人の不倫が世間を騒がせ、そのたびにバッシングが起こっています。しかし“不倫する側・される側”を問わず不倫はいつ、誰にでも起こりうること。実際に“不倫された側”はどんな心の傷に苦しんでいるのでしょうか。人気精神科医の片田珠美さんが実例をもとに不倫のトラウマを乗り越える方法を解説した新刊『「不倫」という病』(大和書房)から一部を抜粋して紹介します。

裏切られた喪失感からうつになることも

 不倫された側は、大切なものを失ったと感じます。愛する人を寝取られて失ったと感じるのはもちろんですが、それだけではありません。同時に、信頼関係、さらには夫婦関係に対して抱いていた幻想も失ってしまったと感じ、もう取り返しがつかないとさえ思うこともあります。

 たとえば、夫の不倫を知った20代の女性は、次のように訴えました。

「夫が会社の同僚の女性との浮気を白状したとき、私は猛獣みたいに泣きわめきました。それまで夫を全面的に信頼していたので、裏切られたショックが大きすぎたのです。夫は『悪かった。彼女とは別れる』と言いましたが、同じ会社だから顔を合わせることもあるでしょう。夫を信頼することは、もう2度とできそうにありません」

 このように信じていた相手から裏切られたことによる喪失感は大きいようで、夫の不倫によってうつになった30代の女性も次のように訴えました。

「周囲の誰もが、私たちを理想の夫婦だと言っていましたし、私自身もそう思っていました。夫は、とても優しかったからです。今から思えば、優しすぎたかもしれません。ところが、ある時期から夫は冷たくなり、私が話しかけても、返事をしないことさえありました。理由がわからず、私は戸惑うばかりでした。

 そこで、あるとき冗談半分で『あなた、誰かいい人でもできたんじゃないの?』と聞いたのです。『そんなわけ、ないじゃないか』と笑いながら答えてくれるはずだと思って。でも、夫は『実は、そうなんだ』と答えたのです。私は何時間も泣き続けましたが、夫は慰めようともしませんでした。それどころか、『そういうめそめそしたところが嫌なんだ』とイライラした口調で言ったのです。

 私は、自分の置かれた状況を受け入れられず、泣いてばかりいました。やがて、夫は帰ってこなくなり、会社に電話したら『すでに退職した』と言われ、夫の携帯に電話しても着信拒否でした。困り果てて、夫の実家に電話したところ、姑から『離婚届に早く判押してね』と言われ、数日後に署名捺印済みの離婚届が送られてきたのです。

 ぼう然として、何をする気もなくなり、ずっと泣き続けていました。どうすればいいのか、全然わからなかったからです。パートの仕事にも行けなくなり、家事もできず、ずっと自宅にこもっていました。

 でも、家賃や光熱費、食費は必要で、貯金を取り崩しながらギリギリでやりくりしていたのですが、それも底をついてきました。どうしようと途方に暮れていたときに、電話にも出ない私を心配した実家の母が訪ねてきたのです。母に泣きながら事情を話すと、『うつかもしれないから、心療内科を受診したら』と勧められました。それで、やっと診察を受ける決心がついたのです」

 この女性は、不倫した夫に対する怒りも当然感じていたでしょうが、突然ボロぞうきんのように捨てられたことによる喪失感があまりにも強く、打ちのめされてしまったように私には見えました。

 実は、不倫への怒りから復讐願望を満たそうとするのはかなり強い方で、喪失感にさいなまれ、どうすればいいのか見当もつかず、おろおろしている方のほうがむしろ多数派のような印象を受けます。

 離婚をめぐる話し合いが自分に有利に進むようにするため、あるいは不倫相手に慰謝料や損害賠償を請求するため弁護士に相談するのは、かなりハードルが高いようです。そんなことは思いもよらないし、そのためのお金もないという方が実際には多いのではないでしょうか。

 第一、打ちのめされていて、それだけのエネルギーがないのでしょう。もっとも、精神科医のもとを訪れる患者には、強い喪失感からうつになった方が圧倒的に多いという特有の事情があるため、そのような印象を私が受けるのかもしれません。

「夫の不倫は妻が至らないせい」と責められ

 世間では、不倫はやってはいけない“悪”とされています。ですから、罪悪感を覚えるのは不倫した側のはずというのが通常の感覚でしょう。それに対して、不倫された側は、傷つき、多かれ少なかれ損害を被ったのですから、通常の感覚からすれば被害者とみなされてしかるべきです。

 ところが、なかには不倫した側が「自分は悪い」とは思っておらず、逆に不倫された側が罪悪感を覚える夫婦もいるようです。

 たとえば、夫の不倫を知ってうつになった30代の女性は次のように訴えました。

夫は私のせいだと言うんです。私も、そうかもしれないと思うんですよね。夫はいつも食事などに文句ばかり言っていました。私が仕事と育児で疲れていて、家事が手抜きになっていたのはたしかなんですよね。それに下の子が生まれてから、セックスレスだったし。やっぱり、子ども優先で、どうしても夫の世話は後回しになってしまったのが悪かったのかなと思うんですよね。

 夫はサインを出していたのに、私が気づかなかったのも悪かったかもしれません。姑からも『夫を大切にしないから、浮気されるのよ』と言われて……。やはり私の努力が足りなかったのでしょうか

 この女性が罪悪感を覚える理由はみじんもないはずです。悪いのは、共働きなのに家事も育児も手伝わず、文句ばかり言い、あげくの果てに不倫した夫のほうだと私は思います。

 にもかかわらず、被害者のはずの妻が罪悪感にさいなまれるのは、夫と姑から「夫の不倫は妻が至らないせい」みたいに言われ、責められたからでしょう。このように、自分が不倫したくせに、配偶者を責めるのは、「自分は悪くない」と自己正当化することによって、自分が責められないようにするためです。また、たとえ離婚という事態になっても、慰謝料や養育費をなるべく払いたくないので、自分の責任をできるだけ認めないほうがいいという思惑もあるのかもしれません。

 もちろん、夫婦のどちらかが不倫した場合、片方が完全に黒で、もう片方が完全に白ということはありえないでしょう。不倫した側にもそれなりの理由や言い分はあるかもしれませんし、不倫された側にも責められる点はあるかもしれません。それでも、夫婦関係にヒビが入るようなことをしたという点で、どちらにより責任があるかといえば、どう考えても不倫した側ではないでしょうか。

 にもかかわらず、「自分は悪くない」と開き直り、逆に配偶者を責める人が一定の割合でいるのです。責められた側も、自分は被害者のはずなのに、「不倫の責任は自分にあるのかもしれない」「悪いのは自分のほうかもしれない」などと罪悪感を覚えることがあります。

妻に「DV夫」と言われ罪悪感にさいなまれる

 妻の不倫を知って眠れなくなり、私の外来を受診した30代の男性もその1人で、次のように訴えました。

「妻は『私は悪くない』と言ったんです。そのうえ、妻は『私は自由にしたいのよ。あなたの独占欲が強すぎて束縛夫だから、息が詰まりそうだったのよ。結婚生活に不満があったから、誘惑されてしまったんじゃないの。私に不倫してほしくないんだったら、あなたが私を満足させてくれればいいのよ』とも言いました。

 これを聞いて、頭にカーッと血が上りました。それで、つい妻を殴ってしまったのです。すると、妻は『DVよ、DV。DV夫なんて最低よ!』と叫び、家を飛び出しました。その日の夜には帰ってきましたが、それ以来妻は何かあるたびに、僕が妻を殴ったことに触れ、乱暴だと責めるようになったのです。

 そのため、僕は『妻が言うように、自分は乱暴なのか』『妻が不倫したのは、自分の束縛のせいなのか』と思い悩むようになりました。僕としては、妻を束縛しているつもりはなかったのですが、妻のほうは窮屈に感じていたのかもしれません。妻に暴力を振るったのも、あれが最初で最後なのですが、妻にDV、DVと言われると、悪いのは僕のほうかもしれないとつい思ってしまうのです

 たしかに、妻に暴力を振るうのは、ほめられたことではありません。しかし、この男性の話が事実とすれば、妻は自分が不倫したにもかかわらず、反省のかけらもなく、開き直りすぎのように見えます。しかも、自分の不倫を夫の独占欲のせいにして、夫を責めたのですから、夫が怒るのも無理からぬ話でしょう。

 この男性にせよ、先ほど紹介した女性にせよ、不倫されて傷ついた被害者のはずなのに、「自分も悪いのかもしれない」と罪悪感にさいなまれています。これは、不倫した側に責められたからでしょうが、それを真に受けるところがあるようにも見えます。

 不倫した側も、それを見越して「とにかく責めれば、向こうが『自分も悪い』と思ってくれるかもしれないから、こちらの非は認めず、なるべく謝らないようにしよう」と考えるのかもしれません。

 先ほど述べたように、不倫がばれても、「自分は悪くない」と自己正当化し、不倫を配偶者のせいにするのは、自分が責められないようにするため、さらには自分が損しないようにするためです。

 そのあたりの思惑を見抜くことができないと、被害者のはずの不倫された側が罪悪感にさいなまれ、思い悩むことになります。こういう事態を避けるには、相手の主張をうのみにせず、常に「この人は、なぜこんなことを言うのか」を考え続けなければなりません。

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片田珠美(かただ・たまみ)
広島県生まれ。精神科医。大阪大学医学部卒業。京都大学大学院人間・環境学研究科博士課程修了。人間・環境学博士(京都大学)。フランス政府給費留学生としてパリ第8大学精神分析学部でラカン派の精神分析を学ぶ。DEA(専門研究課程修了証書)取得。パリ第8大学博士課程中退。精神科医として臨床に携わり、臨床経験にもとづいて、犯罪心理や心の病の構造を分析。社会問題にも目を向け、社会の根底に潜む構造的な問題を精神分析的視点から分析。著書に『「自分が正義」の人に振り回されない方法』(だいわ文庫)、『他人を攻撃せずにはいられない人』(PHP新書)など多数。