容疑者の自宅

「私にとってはおとなしゅうて、かわいい子。昔はここ(母親の実家)によく来てくれた。親の介護でストレスがたまったとやろうねぇ……」

 そう肩を落とすのは、80代半ばになる容疑者の叔母だ。あまりの衝撃的な出来事に、事件以降は体調がすぐれないという──。

死体遺棄事件として捜査を開始した福岡県警

殺害後に、冷蔵庫に遺棄か

 6月28日の午前中、親族から「連絡がとれない」と相談を受けた福岡県警西署員が福岡市西区にある松本さん宅を訪れた。翌日の午前1時ごろ、業務用冷蔵庫の中から松本博和さん(88)と妻の満喜枝さん(87)の遺体を発見。

 松本家は20年ほど前まで酒屋を経営していて、業務用冷蔵庫はそのときに使用していたもの。電源は入っておらず、中が見えないように外から粘着テープが巻かれていた。遺体の腐乱が激しかったことから、司法解剖の結果は死因不詳。外部から第三者が侵入した形跡はなかったため、同署は同居していた次男の行方を追うことに。

 そして7月4日、次男・松本淳二容疑者は、京都市内で死体遺棄の疑いで逮捕された。

「冷蔵庫に遺棄したことは間違いない」

 と容疑を認めていて、2人の殺害についてもほのめかしている。地元メディアの記者は、こう説明する。

「犯行後、容疑者は両親の口座から90万円ほどを引き出して、山口、静岡、神奈川、秋田、岩手と電車を利用して転々としていた。毎日、宿泊先を変えていたが、ついに京都で逮捕されました」

 それにしても子どもが両親を殺して逃亡とは……。松本家にいったい何があったのか。

寡黙だった父親とおとなしかった息子たち

容疑者の自宅。シャッターが閉まった左の建物が酒屋だった

「松本さんのお宅は父親が3代目の酒屋さん。土地も貸しとる地元の資産家でね。店はタバコ、駄菓子、アイスクリームなども扱う雑貨屋みたいなところで、“角打ち”といって店内でも酒が飲める場所やった。母親が切り盛りしとったね。商売人らしく、シャキシャキした人。自転車のかごに酒を載せて、配達もしよった。長男もよう手伝っとったよ」(近所の住民)

 しかし20年ほど前、近所にコンビニやスーパーができた。酒屋の売り上げが徐々に減っていって結局、店を閉めることに。その直後、母親は脳梗塞で倒れてしまう。

 かたや、父親は酒屋を妻に任せて自宅で土木建築会社を営んでいた。

「父親は寡黙な人。従業員が数人おって、道路工事をよくやっとった。長男も手伝っとったけど、20数年前に父親がいい年になったから会社をたたんだとよ」(同・近所の住民)

 夫妻と長男、次男の4人家族だった松本家。次男の淳二容疑者について、近所の主婦はこう語る。

「兄弟そろって、おとなしい子。特に次男には子どもらしい活発さはなかったねぇ」

 容疑者と小学校・中学校時代に同級生だった男性も、同様の印象だった。

「ジュンちゃん(容疑者)が誰かと遊んでいる姿は、ホントに見たことなかですね。内向的であまりしゃべらないやつやった。教室で声をかけても、気分がのらないときは応えてくれない(笑)。事件の数日前も、自転車に乗っている彼に“久しぶり”と声をかけたけど、何も応えずスッと消えていった。でも、昔からそういうやつやったけん」

 小学校6年生のとき、自分の将来の夢を発表する授業があったが、

「ジュンちゃんは順番がきても、ひと言も話さなかったと。

 あとで、こそっと“ホントはなんになりたかと? ”って聞いたら、“科学者になりたか”と教えてくれた。運動している姿は思い出せんけど、算数や理科の勉強はようできたですけん。高校も進学校に行っとった」(同・同級生)

 高校卒業後、いったんはとある会社に就職したが、なじめずに短期間で退社。その後はいっさい職に就かなかったという。

「長男は家の手伝いはしよったけど、次男は何もせずにずっとひきこもりやった。いわゆる、親のスネかじり。やるのはゴミ出しと、買い物ぐらい」(近所の住民)

幼少期にも“カッとなった”記憶が

 脳梗塞で倒れた母親の面倒も、父親だけが見ていた。

「でも、父親が6月中旬に自転車で転倒して、頭を打ってね。それで要介護になって、母親の介護ができなくなった。だから、次男は2人同時に介護するようになったとです」(同・近所の住民)

 長男はというと、10年ほど前から自宅にいないという。不在の理由について、前出の叔母は、

「長男は昔から精神的な疾患があってね。それで、いまは病院に入っとるから」

 両親の年金や家の資産をあてにして生きてきた容疑者が直面した両親の介護。その疲れとストレスから父親のたわいない言葉に“カッとなって殺した。それを見られた母親も殺した”と供述しているが、

「容疑者が介護していた期間はわずか10日間なんです。介護疲れの果てに起きた悲劇の殺人とは到底いえないですよ」(捜査関係者)

 ほぼ無職だった容疑者を59年間も養ってくれた両親に対して、あまりにもひどい仕打ちだ。前出の同級生も、容疑者に激高された経験があった。

「数10年前なので何を言ったのかは忘れましたが、僕がジュンちゃんをからかったら、彼がすごい顔つきになって、椅子を振り上げて……。周りが止めに入ってくれたので、殴られはせんかったけど」

両親の遺骨を預かっている福岡市西区の寺

 7月2日、両親の遺体は親族による密葬で荼毘に付された。その遺骨は菩提寺に一時的に預けられていて、四十九日が過ぎると、地域の納骨堂に納められるという。

 堪え性のない“初老ニート”が犯してしまった衝動的な過ちだったのか──。