経済産業省

 6月末、新型コロナの給付金詐欺で2人の経産省キャリア官僚が逮捕された。事件を受け、「なぜ、エリート官僚が?」という声も少なくない。凶悪事件も含め、2000件以上の殺人事件などの“加害者家族”を支援してきたNPO法人World Open Heartの理事長・阿部恭子さんが、これまで見てきた実例から「エリート息子の転落」を解説する。

 コロナの影響で売り上げが減少した中小企業の関係者を装い、国の「家賃支援給付金」約550万円を騙し取ったとして、経済産業省産業政策局産業資金課の桜井真(28)と同局産業組織課の新井雄太郎(28)が詐欺罪で逮捕された。2人は共謀して犯行に及んだと報道されている。 

 桜井容疑者は給料より高いマンションに住み、高級車を2台所有するなど明らかに派手な生活が事件を露呈させたようだ。罪を犯さずとも、人並み以上の生活ができたであろうエリート官僚がなぜ犯罪に手を染めたのか。

 エリートに育てたはずの息子が事件を起こし、本人だけでなく、家族の人生まで台無しにしてしまったふたつの事件を基に、加害者の「歪んだ価値観」がどこで身についたものなのか考えてみたい。

土下座して謝罪に回る両親

「出世して、社会貢献してほしいと思っていたのに、社会に多大な迷惑をかけることになってしまって……。本当に親として情けない限りです」 

 敏子(仮名・60代)の次男・智也(仮名・30代)は、投資詐欺で総額約2,000万円を知人らから騙し取り、逮捕された。 

 被害者はみな、智也の友人や幼馴染だった。智也の実家は東日本大震災で被害を受けた地域であり、国や自治体からの支援金が入っている家が多かった。被災者をターゲットにした卑劣な犯行に、地域住民は憤った。怒りの矛先は、塀の中の智也にではなく、地域に住む智也の家族へ向けられた。

「智君だから信用して預けたのに! 絶対許せない!」

 連日、自宅に訪ねてくる被害者一人一人に対し、敏子と夫は土下座をして謝罪した。年金生活の両親が息子の代わりに返済する資力はなく、謝罪することしかできなかった。 

 敏子にとって、智也は自慢の息子だった。一流大学を出て一流企業に入り、震災後は復興支援事業を始めると地元に戻ってきてくれた。派手な生活をしている様子もなく、真面目で堅物の息子が、間違っても人様から金を騙し取るなど夢にも思わなかった。

「こんなもんいらないから金返せ! あんたらも騙し取った金で遊んでたくせに!」

 被害者のひとりは、敏子が沖縄を旅行した際に渡したお土産を投げつけた。智也は働き出してから、ずっと両親に仕送りを続けていた。夫の定年退職後、敏子は夫とよく旅行に出かけたが、そうした余裕は智也の援助あってのことだった。楽しかった旅の思い出も、すべて罪悪感に変わった。

「泥棒!」

「詐欺師!」

「よくもあんなクズ育てて」 

 敏子はあらゆる言葉で非難された。親戚からも絶縁され、「親族の恥」と罵られた。事件が起きる前までは、「優秀な智君のお母さん」「智君は親族の誇り」とほめそやされていたはずが、人生のすべてを否定されたと感じた。 

「悪夢を見ているようでした。何かの魔法にかけられて、一晩で悪魔にされてしまったような……」

 追いつめられた家族は、長年暮らしてきた故郷を去らざるを得なかった。

優等生が犯罪者になるまで

「被災地の役に立ちたくて、会社を辞めてきました」

 智也は周囲にそう話していた。人の役に立ちたいという気持ちは嘘ではなかったが、会社を辞めた理由は他にあった。

 智也は、同じ職場の女性と交際するようになり、女性は智也との結婚を前提に退職し、ふたりは同棲生活を始めていた。ところが、ある日突然、女性は他に好きな人ができたと智也の下を去った。そして、女性が次に交際を始めたのは智也の部下だった。同僚にはまもなく彼女と結婚すると話しており、智也は職場に行きづらくなった。

 そこで、復興支援事業を始めることを理由に退社したのである。

「子どものころは“ガリ勉”といじめられてました。あまり褒められたことがなかったので、地元の人たちが受け入れてくれて嬉しかった反面、急に掌を返されたような気もしていました」

 会社を設立したものの身が入らず、ギャンブルにばかりのめり込むようになった智也。家庭を築く目的を失い、自暴自棄だったという。 

 そんな智也に、何も知らない地域の人々は、疑いもなくお金を預けた。 

「金というより、他人をコントロールすることに快感を得ていたのだと思います」 

 智也は幼いころ、身体が弱く性格も内向的だった。勉強ができるより、活発な男の子がもてはやされる地域で、智也は友達もなく孤独に育った。両親は、スポーツで活躍する兄の応援にばかり夢中で、智也は家庭の中でも孤立していた。

 兄はスポーツ推薦で有名高校に進学したが大学受験に失敗し、その後はフリーター生活だった。両親は、兄に恥ずかしいから実家に戻って来るなといい、今度は智也ばかりを可愛がるようになった。

 父親は、事件後まもなく他界。敏子は、罪悪感から食事をとることができなくなってしまった。刑務所に収監された息子の帰りを待つと、拒食症を克服したが、息子の顔を見ることができないまま亡くなってしまった。

 刑務所で母の死の知らせを聞いた智也は、ようやく犯した過ちを心から悔いたという。

子の学歴は親の買い物

 里子(仮名・50代)の長男・祐樹(仮名・20代)は、都内の有名大学に通う学生だったが、振り込め詐欺で逮捕された。祐樹は、これまで友人からの借金やアルバイト先での横領などさまざまな金銭トラブルを起こし、その都度、すべて親が代わりに返済してきた。 

「退学だけにはならないようにと援助してきたのですが、すべてが水の泡になりました」

 子どもの尻拭いにあたる親の「援助」が報われることはない。むしろ、さらなる事態の悪化を招くのである。 
 
 親は学歴にこだわるが、祐樹はほとんど大学に行ったことはなかった。“教育ママ”の里子は成績第一で、幼いころから息子の生活や交友関係を厳しく制限していた。高校時代はもっとも厳しく、趣味や部活は許さなかった。受験先は親が決めたようなもので、祐樹にとってはどこでもよかったのだ。合格すればひとり暮らしができ、新車も買ってもらえるというので、実家を出たい一心で勉強に励んだ。

 祐樹はコミュニケーションが苦手で、大学で友達を作ることが難しかった。対等な関係を築くことができず、相手より優位に立たなければ信頼関係を構築できなかった。優位に立つために奢ったり、交際相手には高価なプレゼント送ることで関係を維持していた。次第に周りには悪い仲間ばかり集まるようになり、振り込め詐欺集団に取り込まれることになる。 

 事件の影響で、祐樹の父親は退職せざるを得なくなった。すでに祐樹の事件で貯金を使い果たしており、そのしわ寄せは、これから進学を控えているきょうだいに及んでいる。

加害の原点

 殺人事件などに比べ、詐欺や横領の場合、犯行手口に焦点が当てられ、その動機が掘り下げられることは少ない。お金はないよりもあったほうがよく、あればあるだけいいと考えるのは当然のことかもしれない。

 しかし、正当な手段で豊かな生活を手に入れられる立場にある者が、あえてリスクを冒すのはなぜなのか。若年者の犯行の場合、生育歴に原因が潜んでいるケースは少なくない。 

 智也と祐樹は、家庭の中で無条件に愛される経験を欠いていた。まるで成果に対する報酬のように、親の期待に答えることを条件に、家族の一員として認められるのである。

 智也にとって金は、支配欲求を満たすものであり、祐樹にとってはコミュニケーション能力の欠如を補うためのものだった。そして2人には、リスクを選択するにあたって歯止めになるような、守るべきものがなかったのだ。

 金や権力に過剰に固執する人の中には、自己肯定感が低い人も少なくない。価値観の歪みに気が付くことが更生の第一歩である。 

 桜井容疑者、新井容疑者もまた、「加害の原点」と向き合って欲しい。

阿部恭子(あべ・きょうこ)
 NPO法人World Open Heart理事長。日本で初めて犯罪加害者家族を対象とした支援組織を設立。全国の加害者家族からの相談に対応しながら講演や執筆活動を展開。著書『家族という呪い―加害者と暮らし続けるということ』(幻冬舎新書、2019)、『息子が人を殺しました―加害者家族の真実』(幻冬舎新書、2017)など。