「事件当日、参拝時間が終わると社務所を閉め、午後5時ごろ妻と帰宅の途につきました。神社を出てすぐ、境内にある植木の健康状態が悪かったことを思い出し、妻が詳しい状態を確認するため神社に戻ったんです。
すると、本殿の賽銭(さいせん)箱にゴソゴソと棒を突っ込んでいる男がいて、“何をしているの?”と声をかけると、“賽銭箱の中に物を落としちゃって”と言い訳して逃げるように去っていった。そんなことはないだろうと防犯カメラの映像を確認すると、賽銭の千円札を2枚盗むところがしっかり映っていたんです」
盗難被害にあった「秩父今宮神社・八大龍王宮」(埼玉県秩父市中町)の氏子総代・井上貞雄さんは6月25日の出来事をそう振り返る。
同神社の境内に設置された賽銭箱から現金約2000円を盗んだとして埼玉県警秩父署が6月27日、窃盗の疑いで逮捕したのは同県秩父市蒔田の無職・平重壽容疑者(64)。犯行2日後にスピード逮捕された背景にはツイッターの活用があった。
被害届を出した神社がツイッターに防犯カメラの映像を投稿したところ、「似た男が目の前にいる」などと同署に通報が入った。たまたま警察署の近くをとぼとぼ歩いていた容疑者は犯行時と同じ服装で、駆けつけた警察官に任意同行を求められた。
「2000円が惜しくて情報提供を呼びかけたわけではありません。何らかの事情でお金に困っていたのかもしれませんが、悪いことをしてもいい理由にはなりません。例えば子どもが賽銭箱から10円玉を盗んだとしたら、少額だからと目をつぶらず、叱ってあげないといけない」と前出の井上さん。
平容疑者は逮捕当初の取り調べに対し、
「納得がいかない」
などと容疑を否認している。
地元記者はこう付け加える。
「周辺では同様の被害がいくつか確認されており、警察は関与の有無を慎重に調べている」
日付を見なければ錯覚しそうなほど
それにしても、なぜ神社は防犯カメラを設置していたのか。再び井上さんの話。
「ずいぶん前から賽銭泥棒の気配を感じていたからです。どう考えても賽銭が少ない。数年前には、ポチ袋に『賽銭泥棒さんへ』と表書きして中に手紙を入れたこともあります。手紙には『盗まないでほしい。泥棒はやめて』などと書いたんですが、翌日にはポチ袋ごと消えていました。その場で中身を確認せず持ち帰ったのでしょう。賽銭箱にはだれがいくら入れたかわかりませんが、どうもお札が少ない。それで今年6月3日にカメラを設置したばかりでした」(井上さん)
容疑者の逮捕後、神社が過去の映像をチェックしたところ、あきれた新事実がわかった。
「防犯カメラを設置した日までさかのぼって録画内容を調べてみると、容疑者は毎日映っていました。社務所を閉めて無人になった時間帯を狙い、いつも同じ服装です。毎回盗みを働いていたわけではありませんが、逮捕案件のほかにも犯行があったため、追って3件の被害届を出しました」
実際に映像を見せてもらうと、たしかに連日、神社を訪れている。社務所が閉まったあとだから人の気配はないにもかかわらず、あたりを何度も見回す挙動不審な様子がばっちり映っていた。伸縮する棒の先に粘着性物質を取りつけ、賽銭箱のすき間から巧みに紙幣を拾い上げる手口。逮捕案件のほか、6月7、9、14日のいずれも午後5時10分前後に犯行におよんでいた。
犯行ルーティーンは正確だった。
「まず賽銭箱の中をのぞきこみ、それなりに賽銭があって盗むときは、小銭を放りこんでから合掌し、一礼したのち、賽銭箱に棒を突っ込んでいます。日付を見なければ錯覚しそうなほど常に同じパターンです。何かを祈っているというよりも犯行のカムフラージュでしょう」(前出の井上さん)
容疑者宅から秩父今宮神社までは直線距離でも約6キロ離れている。途中、少し遠回りして川を渡らなければならないほか、網の目のように道がつながっているわけでもなく、地域住民によると「実際上は片道約7〜8キロ、徒歩2時間はかかる」。しかし、容疑者はこの道のりを毎日歩いていたという。
「朝から晩までいろんなところで歩いている姿をよく見かけた。昔は車も持っていたし、自転車に乗っていた時期もあったが、ここ数年は常に歩き。神社との往復に使うルートだけでなく、少しはずれた場所で見かけたこともあるから1日20キロ近く歩いていたのではないか」
と近所の男性。
急にミュージシャンぶることもあった
周囲を畑に囲まれた容疑者宅を訪ねると、家人の応答も人の気配もなし。風穴のあいた廃屋のような古民家で、ガラス越しにビールの空き缶などが詰まったゴミ袋がいくつも見えた。
近所の女性が言う。
「家にはだれもいませんよ。彼はずっと独身でひとり暮らしだから。十数年前までは老いた母親と住んでいましたが、もう亡くなっています。
賽銭泥棒で逮捕されたと聞き、正直またかと思いました。昔から手癖の悪さで有名で、農協に米を盗みに入ったり、神社や地蔵のあるお堂で賽銭泥棒したり、車上狙いしたり。警察にも何度か捕まっているんだけど、被害額が小さいせいかすぐ戻ってくるんです」
農業や建設作業の手伝いで生計を立てていた父親と、工場でパート勤務する母親のあいだに6人以上いるきょうだいの末っ子として生まれた。地元の小・中学を経て職業訓練校に進み、さまざまな仕事に就いたがどれも長続きしなかった。
容疑者の知人男性はあきれたように話す。
「根っからの仕事嫌いなんだよ。健康センターの清掃、ゴルフ場の草むしり、ラーメン店の店員などあらゆる仕事をしたことがあるが、10日も続いたことはない。いい大人が仕事もせずプラプラしているのは世間体が悪いから、仕事を世話しようと思っても、あーだ、こーだ言って働こうとしないんだ」
ダンプカーの助手席に座っているだけで弁当も出すよ、と持ちかけると、
「いや……」
と渋る。
犬の散歩を手伝ってくれれば小遣いを出すよ、と言うと、
「犬は嫌いなんだ」
と断る。
無職であることを認めず、架空の勤務先を口にしたり、
「オレは作詞をしているんだ」
と急にミュージシャンぶることもあった。
きょうだいがみな自立し、両親が他界しても容疑者のスタンスは変わらなかった。
「働かないくせに酒とたばこは欠かさず、近くのコンビニなどで1・8リットル入りの酒の紙パックをよく買っていた。皮肉をこめて“おまえ、たいしたもんだな。仕事もしないでたばこ吸って酒飲んで”と声をかけると、“安い酒だよ”と言い訳していた。なんたって、母親が亡くなる前に老人ホームに入っていたとき、金をせびりに顔を出したぐらいなんだから」
と知人男性。
近隣住民の多くは、容疑者の生計について「親の遺産の残り」「きょうだいの援助」「生活保護費」などでまかなっていると思っていたという。
町内会費はもう何十年も払っておらず、そうした負い目からか、生活保護費の受給を勧めても、「オレなんか、もらえっこないよ」と首を振った。
その一方で、賽銭泥棒行脚はしていたわけだからひどい。
自分の心を映しているのです
ちなみに秩父今宮神社では1日平均どれくらいの賽銭があって、箱の中身はどれくらいの間隔で回収するのか。
前出の井上さんは、
「平均金額を算出したことはありませんが、数千円程度です。基本的には毎日夕方、回収するよう努めていますが、担当職員が休みのときや他の業務で立てこんでいるときなどは毎日回収できないこともあります。現在は毎日回収しています」
と答える。
神社側の呼びかけを受け、心ある市民が情報提供したからこそスピード逮捕に至ったのは間違いない。容疑者はバチがあたったのだろうか。
井上さんは言う。
「みなさんのご自宅にある神棚でも、全国の神社でも同じなんですが、手を合わせて祈る先の中央には必ず丸い鏡があります。自分の心を映しているのです。柏手(かしわで)を打ったり鈴を鳴らして神様に気づいていただき、心をきれいにして祈ります。そういう所で悪いことをしていいはずがありません」
◎取材・文/渡辺高嗣(フリージャーナリスト)
〈PROFILE〉法曹界の専門紙『法律新聞』記者を経て、夕刊紙『内外タイムス』報道部で事件、政治、行政、流行などを取材。2010年2月より『週刊女性』で社会分野担当記者として取材・執筆する