人はなぜ、わかりあえないのか? 「それは“脳のバイアス”が違うからです」と説くのは、書籍『なぜ、あなたの思っていることはなかなか相手に伝わらないのか?』(アスコム)の著者で脳科学者の西剛志さん。
「脳のバイアスは、遺伝や性別だけでなく、生まれ育った地域、環境、経験によって少しずつ違ってきます。100人いれば、100通りあるのが脳のバイアスです。だから、私たちがわかりあうことは、もともと難しいことなのです」
まずは、自分の脳と相手の脳が見せる世界が違うということをしっかり認識することが大切だという。
「脳を知ることは自分を知ることであり、相手を知ることです。あなたと、あなた以外の人が見ている世界がどれだけ違うかを知れば、あなたのコミュニケーションスキルは劇的に変わります」と西剛志さん。
ここでは、なぜ脳のバイアスがかかり、認識に違いが起きるのかを科学的に証明されたデータをベースに伝えていきます。
(※本稿は前出『なぜ、あなたの思っていることはなかなか相手に伝わらないのか?』の一部を再編集したものです。)
同じものを見ても、感じ方は人それぞれ
あなたは「汚い部屋」というとどんなイメージを持ちますか?
足の踏み場もないほど、ものが散らかっている部屋でしょうか? それとも、食べた後のものがテーブルに置かれている部屋でしょうか? 換気をほとんどしていない空気がよどんでいる部屋でしょうか?
あなたがイメージした部屋は、きっと汚い部屋だと思います。
ただし、そこには「あなたにとっては」という条件が付きます。
えっ、自分が思った「汚い部屋」は誰がどう見ても汚いはず。もしそう思ったのであれば、それは間違いかもしれません。
あなたがイメージした部屋を見て、「汚い部屋」と思わない人がいます。
それも、自分が予想している以上の人が汚いと思わない場合があります。
世の中には、ものが散らかっていても、まったく気にならない人がいます。
同じように、食べた後のものがテーブルに置いてあっても、空気がよどんでいても、平気で過ごせる人もいます。
あなたがイメージした部屋を見ても、「どこが汚いの?」と首をかしげる人は、いくらでもいるのです。
その理由は、脳の性格の違いにあります。
いわば、脳のバイアスのかかり方の違いです。
脳タイプの違いが夫婦ゲンカの原因に
以前、こんなことがありました。ある夫婦から「ケンカが絶えない」と相談を受けたことがあります。
話を聞くと、ケンカの原因は、部屋が散らかっているのに何もしない夫でした。
妻の言い分は、「散らかっているのに、どうしてきれいにしないの?」。
夫の言い分は、「汚くないから今やらなくてもいいじゃん」。
そんなやりとりから、毎度もめごとに発展するとのことでした。
妻のほうが正しい気もしますが、夫は汚くないと思っているのですから、片づけに積極的にならないのもわかります。
夫婦が見ている部屋は、もちろん同じです。
それなのに、妻は「汚い」、夫は「汚くない」。
この違いはどうして生まれてしまうのでしょうか?
2人の感じ方が異なるのは、2人の脳タイプが違うからです。
私たちは、視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚、いわゆる五感で情報を処理しています。
どれも同じように使っていると思っていますが、手を使って何かをするときに無意識に利き手を使うことが多いように、五感にも優先的に使う感覚器とそうでない感覚器があります。
1996年に、ニューヨーク大学の教育学者であるリースマン博士によって、人それぞれ学習するときに異なる感覚器を使っていることが報告されましたが、その特性から分類されるのが脳タイプです。
私も2000名以上の人を見てきましたが、脳タイプは3つに分かれます。
【タイプ1】視覚を優先する視覚タイプ
【タイプ2】聴覚を優先する聴覚タイプ
【タイプ3】触覚、味覚、嗅覚などを含めた体の感覚を優先する体感覚タイプ
日本の脳タイプを調べると、視覚タイプ44%、聴覚タイプ18%、体感覚タイプ38%という結果も出ています。
タイプによって、同じものを見ても脳での処理が違ってきます。記憶のされ方も、記憶をもとにつくるイメージや表現の仕方もまったく違ってきます。
各タイプで優先されるのは、視覚タイプは見えているもの、聴覚タイプは聞こえるもの、体感覚タイプは香りや気温、そのときの気持ちなど。例えば、同じ海を眺めていても、次のように記憶されるものが違ってくるのです。
【視覚タイプ】→海の青さが記憶に残る
【聴覚タイプ】→波の音が記憶に残る
【体感覚タイプ】→潮の香りや潮風の心地よさなどが優先的に記憶に残る
どうですか? 同じ海を見ても、こんなにも感じ方に違いが出てくるのです。
先ほどの夫婦は、妻が視覚タイプで夫は体感覚タイプでした。
妻のイライラを夫が理解できた瞬間
ものが散らかっている状態を見ると「汚い」と感じる妻がイライラするのはわかりますが、視覚情報よりも体感覚が優位に働く夫は、見ただけでは「汚い」と感じられません。夫が悪いわけでもないのです。
そこで私がしたことは、夫にものが散らかっている状態を体で感じてもらうことでした。夫に、「散らかっているものをすべて布団の中に詰め込んで、くるまってみてください。どんな気分ですか?」と聞くと、「こんな状態を妻は体験していたんですか。これは嫌ですね」。
こうして、妻が感じる「汚い」を、夫もようやく理解することができました。以降は、もめることが極端に少なくなったといいます。
脳タイプが異なると、夫婦間でも、わかりあえないことはよくあることなのです。
《PROFILE》
西剛志 ◎脳科学者(工学博士)、分子生物学者。T&Rセルフイメージデザイン代表。LCA教育研究所顧問。日本の脳科学者20人のひとり。1975年、宮崎県高千穂生まれ。東京工業大学大学院生命情報専攻修了。2002年に博士号を取得後、知的財産研究所に入所。2003年に特許庁に入庁。大学院非常勤講師を兼任しながら、遺伝子や脳内物質など最先端の仕事を手掛ける。その後、自身の夢をかなえてきたプロセスが心理学と脳科学の原理に基づくことに気づき、2008年に世界的にうまくいく人たちの脳科学的なノウハウを企業や個人向けに提供する会社を設立。個人向けサービスから、講演会、分析サービスなどで10000名以上をサポートしている。