天皇陛下の御誕生日に際し、本を御覧になる天皇皇后両陛下(宮内庁提供・2021年)

 雅子皇后陛下が、7月23日に開催される東京五輪開会式にご欠席になる。

 今月14日夕方のニュースで明らかになったもので、宮内庁の正式発表には至っていないが、ご欠席は間違いのないものだ。

「緊急事態宣言下での開催となり、宮内庁は、天皇陛下両陛下にオンラインでご臨席することなども含めて検討してきたようですが、陛下が東京五輪・パラリンピックの名誉総裁を務めているということや、陛下のお気持ちから決断したようです。ただ発表となると、緊急事態宣言下だけに、さまざまなところから不満が出かねない。皇后さまのご欠席ということもあり、メデイアが一報を打つというクッションを使うことで、国民に理解を求めたのかもしれません」(皇室報道記者)

雅子さまがご欠席を決断された理由とは

 ニュースが駆けめぐったこの日、宮内庁は新しくなった御所を報道陣に公開していた。午後1時からマスコミの代表者による撮影が始まり、宮内庁担当記者の取材に移ったのは、午後3時。記者たちが宮内庁職員と接する機会は多くあった。一報のニュースが報道されたのは午後4時過ぎという流れだった。

「宮内庁次長による定例会見は、毎週木曜日に行われているのですが、夏休みに入ったことから隔週となっていて、今週は休みでした。来週の木曜日はオリンピック前日ということもあって、水曜日を予定していましたが、皇后さまのご欠席となれば直前の公表を避けたかったのでしょう」(宮内記者)

 雅子皇后のご欠席の理由は、無観客での開催となり、大会関係者にも制約があることから配慮したといわれた。さらに、世界各国の首脳たちが次々と不参加を表明している背景もあった。

 五輪憲章は、開催国の国家元首が開会宣言を行うと規定している。皇后に臨席する義務はないが、これまで国内の五輪では、東京大会、札幌大会に名誉総裁の昭和天皇は香淳皇后とともにご臨席されている。平成10年の長野五輪開会式では、上皇陛下が宣言されて、美智子上皇后がご臨席された。

 当初から両陛下や皇族方の競技場での観戦は行われないといわれている。皇族方も絞ってのご出席となるそうだ。

 だが、日本の皇后として世界にお披露目できるチャンスではないかという見方もある。雅子皇后の華やかなお姿が見られないのは、残念なことだ。一方で、東京は緊急事態宣言下で、新型コロナウイルスの感染者の拡大は広がっている。東京では第4ピークを上回る1149人(7月14日)の感染者数で、専門家によれば感染拡大はしばらく続くと見られた。

「皇后さまは、今は華々しいことは控えてなるべく目立たない、ということも国民に寄り添えることのひとつとお考えになられているのではないでしょうか」(宮内庁関係者)

ワクチン接種に関するご事情も影響か

 一方で、雅子皇后のご体調を懸念する声もあったが、これまでも大きな行事などでは予定に合わせて何か月も前からご体調を整えるように務められてきたことから、杞憂(きゆう)に過ぎない。

 皇居での御養蚕も美智子上皇后陛下から受け継がれて、今年で2年目を迎えられた「給桑」作業も笑顔で行なわれたという。

 愛子内親王殿下が育てられた蚕も大きく成長して、写真が公開される予定だ。

 7月3日には、オンラインによる宮崎県の「国民文化祭」と「全国障害者・文化祭みやざき大会」開会式に笑顔でご出席された。

 御所内でも人とお会いになる機会は多いが、皇后はいまだ1回目のワクチンを打たれていないというから、驚いた。ある元宮内庁関係者は、ワクチン接種が遅くなったこともご出席のお気持ちをとどめてしまったのではないかと指摘する。

 ワクチン接種は個人情報だというお考えから、象徴というお立場の陛下だけが、7月6日にお住いの赤坂御所で受けられたと公表された。 

「陛下のワクチンですら、打つのが遅いという向きがあります。2回目が大会の直前となるのはいかがなものでしょうか。ご高齢の皇族方を優先されて、今回のスケジュールとなったわけですが、陛下の慮(おもんぱか)るお気持ちを説得して早く打っていただきたいと進言する人が周囲にいないのではないかと思いました」(前述元宮内庁関係者)

 両陛下は、東京五輪大会の前には、皇居・宮殿でバッハ会長ら国際オリンピック委員会(IOC)のメンバーや各国首脳との面会を行われる予定だ。

 今回の陛下の五輪開会式へのご臨席と雅子皇后ご欠席は、外国首脳たちの欠席が増えているという動きも鑑みて、6月には宮内庁の中で決まっていたといわれる。

 そして、6月24日の西村泰彦宮内庁長官の「拝察」会見へとつながった。

2021年1月1日には、天皇皇后陛下による新年のビデオメッセージが公開された(宮内庁提供)

天皇陛下の「お気持ち」と今後の展望

 西村長官は会見で、陛下が「開催が新型コロナウィルスの感染拡大につながらないか、ご懸念されている、ご心配であると拝察している」と発言。

 宮内記者会見からの質問に対して「陛下から直接うかがったものではない」と繰り返し、「拝察」したものに過ぎないと強調した。

 だが、長官という立場で、陛下に確認することなく異を唱える発言をするのは考えにくかった。発言は、陛下のお気持ちとして受け取られ、ニュースでも大きく取りあげられた。

 長官が「拝察」「肌感覚」を繰り返したことで、収まったかのようにも見えたが、天皇が長官に発言させてまで国民に伝えたかった真意は何だったのか――。

 陛下は慎重なご性格として知られている。第1回目の緊急事態宣言の直後に、天皇として国民に向けてのおことばを求める声もあったが、政治的関与は許されないというお立場から、公務の中で言葉を滲(にじ)ませたことがあった。

「以来、両陛下は公務の中で、実際に現場で働く医療従事者やコロナの専門家たちなどから話を聞いて、国民に寄り添われて来られました。お2人で熱心にメモを取られながら、現場で起こる苦労や改善策、感染拡大への憂慮などを示されていらっしゃいました」(宮内庁関係者)

 今年元日、両陛下はコロナ禍に関してのビデオメッセージを発表。現場の状況や関係者らから話を聞いてこられた両陛下のおことばには力があった。

 4月20日、陛下は菅義偉総理大臣からの「内奏」を受けられた。「内奏」とは、総理が国内外の情勢について報告をするもので、内容は公にならない。その日の夜、菅首相は、衆院本会議でオリンピック・パラリンピック開催について「人類が新型コロナウイルスに打ち勝った証として実現する決意に何ら変わりはない」と発言

 陛下とお会いした関係者によれば「陛下はオリンピックを反対しているわけではないが、ゴールデンウイーク前で感染者が増えることも予測される中で、オリンピックありきの強い姿勢に少し違和感を感じておられるようでした」という。

 次いで行われた6月22日の「内奏」では、菅総理大臣は、オリンピックのコロナウイルス対策などを報告したといわれたが、後の西村長官発言でウイルス対策について念押ししていることからも決して具体的なものではなく、納得はなさらなかったのだろう。

 こうしたことからも西村発言は、陛下と菅政権の齟齬(そご)から生まれたのかもしれない。何としてもオリンピックを推し進めたい菅政権と国民の立場に寄り添ってきた陛下のお気持ちには、差があったのかもしれない。

 陛下は雅子皇后が東宮妃時代、長期療養を余儀無くされるご病気(後に適応障害と発表)に苦しまれた際に「人格否定発言」をされて、現状を訴えられた。雅子さまを守るために宮内庁に風穴をあけられたが、さまざまなリスクも背負われた。

 今回の長官発言とは、内容は違うものだが、根底には同じ現状を訴えるというものがある。宮内庁関係者は、

「陛下は、これからも政治的関与とならないよう間接的な手法で、お気持ちを述べられていくのではないでしょうか」という。

 またひとつ、令和スタイルが垣間見えたようだった。

《取材・文/友納尚子(ジャーナリスト)》


【PROFILE】
友納尚子(とものう なおこ) ◎新聞、雑誌記者として取材活動後、独立。社会ニュースを中心に取材。皇太子妃時代の雅子さまについて長く取材・執筆し、現在に至る。著書に『皇后雅子さま物語』(文春文庫)など