「若い世代に、僕が学んできたこと、経験してきたことを伝えたい。そのために……秘策を練っていますよ」
ニヤッと笑みを浮かべる姿が、さまになる。穏やかながらも、確固たる意思を感じさせる口調で話すのは千葉真一(82)。日本映画出演本数は、日本最多の1500本以上。国内はもちろん、キアヌ・リーヴスら世界的ハリウッドスターをも魅了する日本が誇る映画スターだ。
芸能生活60年を超え、御年82歳になった“世界の千葉”。しかし、その眼光は衰えるどころか鋭さを増しているかのよう。写真を見てもわかる通り、傘寿(さんじゅ)を過ぎた肉体とは思えないほど張りがある。
「いつも客観的に自分を見ている“もう一人の自分”がいるんです。お酒を飲んだり、遊んだりしたい自分がいるけど、『おいおい本当にそれで大丈夫か?』と俯瞰している自分がいる。『うるさいな、あっち行け!』と追い返しても、ずっと見てくるから怠けられない(笑)。毎日が自分との戦いですよ」
何か特別なトレーニングでもしているのですか? そう聞くと、「特別なことというよりも日ごろの積み重ねでしょうね。体を鍛えることは、役者である以上当たり前」と毅然と答える。
「アメリカの監督は、撮影をはじめるときに『Ready Action!』と言うでしょ? 演技をしてください──という意味なんですね。アクションというのは、肉体を使って飛んだり跳ねたりすることではなく、身体を使って演技をすること。
肉体は、俳優の言葉であり、表現を具現化するためのものだから、役者である以上、肉体は鍛えなければいけないんです。肉体がお金になる道具でもあるわけで、身体が健康でなければ完璧な仕事はできない。ハリウッドの俳優を見るとわかると思うけど、日本と違って身体を鍛えている人が多いですよね」
ヒポクラテスの教えを忘れない
千葉は、中学生から器械体操を始め、日本体育大学時代には体操でオリンピック出場を目指していた。このときの学びが、その後の俳優人生に大きな影響を与えたと明かす。
「体育は、文字通り“体を育む”と書きます。ですから、大学時代に人間の身体に関するさまざまなことを教わった。そのひとつに、古代ギリシアの医師で、“医学の父”と呼ばれるヒポクラテスの『人は身体の中に100人の名医を持っている』という言葉があった。
自分次第で、身体というのは健康にもなるし不健康にもなる。筋肉をしっかりつけた人は、いつまでも若く、そして病気にかかりづらい。そういった学びがあったから、僕は役者になってからも身体を鍛えることを心がけたんですね」
論より証拠。目の前の千葉の身体を見ると、名医が100人どころか200人くらいいるのではないかと疑いたくなるほど。そのうえで、「無理は禁物ですよ」とアドバイスも忘れない。
「いちばん大事なことは足腰が衰えないようにすること。最低限の筋肉をつけておくために、定期的に坂道を歩いたり、膝の周りの筋肉を落とさないように下半身の運動をするようにしてください。
テレビを見ながらでもいいので、肩幅ほど足を広げて、スクワットの要領で腰を落とす。これを50回続けられるようになってほしい。慣れてきたら、これを3セット。これだけでまったく違います」
千葉が口にすると、説得力十分。これまで演じてきた当たり役・柳生十兵衛や服部半蔵から助言されているようで、思わず「御意」と答えたくなる。
息子は成長した。日本一だと思う
いっぽうで、「気持ちとして、まだまだ演技や作品を追求したいけど、肉体がついてこない」と吐露する。
「60代までは、まだまだ若者に負けないくらいのスピードができていた。しかし、今ははっきりと肉体が衰えていることを自覚している。周りの人は、僕の身体を見て『60代にしか見えない』と言うけど、60歳のときの僕はもっとすごかったよ(笑)」
そう語る姿は、まるで武芸を極めた剣豪が、円熟の老侍となり悟っているかのよう。千葉は、「長い間、どうして僕を越える動きをする日本人の役者が出てこないんだろうと思っていた」とポツリと話し出す。
「長男の(新田)真剣佑が出演している『るろうに剣心 最終章 The Final/The Beginning』を見るために、映画館に行ったんですよ。手前味噌ですけど、日本であんなに動ける役者はいないと思った。いい動きだった。あれならお金を取れる」
真剣佑と、次男・眞栄田郷敦がデビューする際に、役者としての心構えをアドバイスした程度で、親子間で演劇論を交わすといったことはしないそうだ。彼らも、父に教えを乞うことはしないという。
「自分なりに考えて勉強してるんだなと伝わってきましたね」。父の視点でやさしく言葉を紡いだ後、「今の真剣佑の動きにはついていけない。初めて、『俺を越えたな』と思える役者が出てきた」と打ち明ける。
役者(ライバル)の目になって、どこかくやしさをにじませながらも、「越されましたね」とうれしそうに繰り返す姿は、世界を虜にした千葉イズムが未来に継承されることを意味する。映画ファンなら、期待せずにはいられない。
'19年、千葉は自身の芸能生活60周年記念祝賀会の際に、3人の子どもたちに自筆の格言を授けた。長女の真瀬樹里には、「初心不可忘(初心忘るべからず)」という言葉を。長男・真剣佑には、世阿弥の演技論として知られる『風姿花伝』に記されている「秘すれば花」。そして、次男・郷敦には同じく『風姿花伝』から「離見の見」という言葉を。
「真剣佑、お前は花であるべきだ、ずっとずっと花であれと。役者は花がなければいけない。花とは何なのかということを、自分の中で考えてほしい。僕は役者というのは読解力が何より大切だと思っています。ですから、授けた言葉に対して3人がそれぞれ自分たちで理解し、噛みしめていってくれたら」
夢はハリウッド越え
父子鷹の共演にも期待が高まるが、千葉は子どもたちの成長を喜ぶいっぽうで、現在の日本映画界に対しては危機感を覚えていると話す。
「先の『るろうに剣心』は、ゲームの世界にしか見えなかった(苦笑)。日本の時代劇が連綿と受け継いできた殺陣の力強さや美しさ、侍の魂が感じられるような所作があまりに少ない。
たしかに動きは派手かもしれないが、重さやリアルさが足りないんです。また、これは昨今の邦画に言えることですが、いい脚本が少ないと感じています。脚本は、映画の心臓部。アメリカは脚本にお金も時間もかけますが、日本はそうではない」
千葉は、親友であるクエンティン・タランティーノ監督の『キル・ビル』で、アクションディレクター(剣術指導)を担当し、主演のユマ・サーマンやルーシー・リューに指導を施している。世界を知る千葉真一だからこその日本映画界への苦言であり、提言だろう。
「殺陣(たて)師とアクション・ディレクターは違うんですね。殺陣師というのは、殺陣を作って、動き方をレクチャーする人。いっぽう、アクション・ディレクターというのは、脚本の役どころの立場や力量を考慮し、実際にどの程度の動きならリアリティーがあるかを見極め、殺陣師と役者の間に入る人です。
例えば、『下っ端の同心だったらそんな殺陣は不自然だよね』という具合に、キャラクターや物語の前後の文脈を加味しながらアクションを提案する。ハリウッドのアクションというのは、こういったことが徹底されているんですね」
ジャパンアクションクラブ (JAC)の創始者で、数々の俳優・スタントマンの育成をしてきた千葉は、“教えること”“育てること”の大切さを知り尽くしている。
ときには“真剣”を用いたことも
演技とは何か──。その真意を伝えるために、ときには真剣を用いたこともあったという。
「『(志穂美)悦子、いいかい。これから、上段から刀を振り落とす殺陣をするよ。ただし、竹光(たけみつ)ではなく本身でいくからね。それを受けるんだよ』という具合に教えたこともありました。
竹光で同じことをすると、きれいにさばくことができるんだけど、本身でやると、さすがの悦子も恐怖心から受けるのがやっとなわけです。受け止める際に、自然に首が動いてしまう。でも、それがリアルなんです。この違いがわかっているかどうかなんですよ、演技というのは。真田広之にしても、ある程度形ができていたから、今の活躍があるのだと思います」
真田広之は、ここ日本では6月に公開されたばかりのハリウッドのアクション映画『モータルコンバット』に主演クラスで出演。すさまじい殺陣が、海外でも話題を呼んでいる。
「真田は最初のころからとても動くことができた。僕の後を継いで、ハリウッドに出ていかないといけないとずっと言っていた」
そう愛弟子の活躍に目を細めつつ、「僕もあれくらいの歳にハリウッドに行きたかったんだよな」と悔しさをにじませる姿が、今なお現役であることを感じさせ、役者・千葉真一のすごみが、ひしひしと伝わってくる。
とはいえ、“千葉イズム”は脈々と受け継がれている。子どもたちや真田広之だけではない。サニー千葉(海外での千葉の名義)から影響を受けたハリウッドスターも少なくない。
キアヌ・リーヴスは、千葉と対面した際に「マエストロ!」と歓喜したほどだ。『アベンジャーズ』シリーズでおなじみ、サミュエル・L・ジャクソンが演じるニック・フューリーが眼帯をしているのは、彼が千葉演じる柳生十兵衛に影響を受けているからだ。
「『影の軍団』は、クエンティンとサミュエルが大好きな作品。彼らと会うと、よく僕の映画について語ってくれるんです(笑)。『影の軍団IV』で、僕が敵の首領を倒す前に、『名もなく地位無く姿無し。されど、この世を照らす光あらば、この世を斬る影もあると知れ。天魔伏滅!』と決め台詞を口にするんだけど、クエンティンが監督した『パルプ・フィクション』で、殺し屋役のサミュエルも人をあやめる前に聖書を読み上げるような決め台詞を口にする。実はこれ、僕へのオマージュで、クエンティンから『アイデアを拝借した』と伝えられた。なんとも遊び心がある監督ですよ」
ハリウッドで活躍する人々が敬愛してやまないサニー千葉は、今なお皆をワクワクさせる。
「日本映画をハリウッドで作らなければいけないと思います。そして、日本では時代劇を復活させなければいけない。毎日がディスカバリー。それを求めて今も生きていますね。何か新しいことはないかなって、そう思いながら生きていますよね」
水戸黄門で父子鷹!?
現在、千葉には秘策があるという。
「時代劇を復活させるため、いくつか企画書を提出しているんです。とりわけやってみたい時代劇がある。80歳を過ぎた僕が、まだ身体も動く中で演じたら面白いだろうなって思うのが『水戸黄門』! 絶対、面白いと思わない?」
そういたずらっぽく笑う姿は、“千葉ちゃん”の愛称で親しまれた姿そのままだ。千葉ちゃんが演じる黄門さま一行……見てみたいに決まっている!
「なぜ水戸光圀は全国を行脚することになったのか。そこにいたるまでのお話……いうなれば、『水戸黄門 エピソードゼロ』を作りたいんですよ。ストーリーもできあがっていて自信がある! 助さん、格さんは、真剣佑と郷敦でも面白い。実は、彼らも乗り気になっているんだ(笑)。時代劇を盛り上げたいという人の力を借りて、世界を振り向かせるような時代劇を作りたい。皆さんの声も応援になるので、ぜひ楽しみにしていてほしい」
力の源は、衰えることのないアイデアと野心。千葉真一は、永遠に現役だ。
(取材・文/我妻弘崇)