数々の問題は山積したままだが、開幕が目前に迫る東京オリンピック。どことなくタブーな雰囲気に、「公式グッズ」の売り上げも厳しい。だが、実は目玉の47都道府県の伝統工芸品とコラボした商品など、将来、お宝になりそうな公式グッズも販売されているのだ。逆風吹き荒れる中、買うなら今でしょ!
五輪グッズは将来、高値で取引されるかもしれない
本来ならば開会式目前のこの時期は最高潮の盛り上がりを見せているはずの東京2020大会。しかし、依然として新型コロナウイルスは猛威をふるい、国民の大多数は今夏の開催に批判ぎみ。
「東京2020大会を楽しもう」という発言はどこかタブーな雰囲気なのだ。
「販売促進を狙って商品開発も行ったのに、在庫は残るし、赤字は膨らむ。頭を抱えています」
ため息をつくのはスポンサー企業の営業担当者だ。
その煽りをもろに受けているのが『東京2020公式ライセンス商品』。これまでの国際大会ならば、にわかファンが公式グッズをこぞって購入していた。だが、一部報道では「売れていない」とも……。
東京2020大会のエンブレムが入った公式ライセンス商品は大会組織委員会とライセンス契約を結んだ企業のみが製造、販売することができる。
公式ライセンス商品は日用品から電化製品、衣類、伝統工芸品など多岐にわたる。その数は7000種以上。中には世界中のオリンピックアイテムコレクターがのどから手が出るほどに欲しがる商品も。将来、高値で取引されるかもしれないアイテムも潜んでいるのだ。
目玉の1つは47都道府県の伝統工芸品とコラボしたアイテム。特に東北地方の伝統工芸品は『復興五輪』を象徴する。
『東京2020ライセンシング事務局伝統工芸品室』の担当者は、
「後継者や人手不足、いい商品を作っても販路をつくることが難しいなど、もともと伝統工芸品の職人たちは課題を抱えていました。東京2020大会を通して日本が誇れる各地の伝統工芸品を国内外に広めようと商品化しました」
その中に気軽に購入できて、将来お宝になるようなアイテムはないのだろうか。
「オリンピックの記念品として作成される記念皿です。私が知る限り、1912年のストックホルムオリンピック以降、大会ごとに続けて販売されている伝統的なアイテム。後々、価値が高まる可能性があるので注目しています」
コレクターのひとりで新潟国際情報大学の藤瀬武彦教授が明かす。東京2020大会では和歌山県の紀州漆器などの伝統工芸品のプレートも販売されており、注目される。
グッズは当時を語る“語り部”になる
伝統工芸品とのコラボ商品は数百年の歴史がある伝統的なアイテムからユニークな地域特産品まで実にさまざま。
例えば大会開催都市の東京都からは、彫金技術を生かしたボクシンググローブ型のストラップやエンブレムが描かれた三味線。神奈川県のスカジャンや東京2020マスコットが描かれた石川県の金箔の額装。
普段ならなかなかお目にかかれないような斬新なデザインを取り入れたり、金銀銅の3色を用いたレアなビジュアルも興味をそそる。
さらにコレクターたちは非売品にも興味津々だ。
「選手のサインが入ったアイテムや実際に大会や競技で使用されたものに関心があります。狙っているのは聖火リレーで使用されたトーチ。関係者に配られる参加メダルやポスター、のぼり、マスコットなどの非売品の公式アイテムがあれば欲しいですね」(前出・藤瀬教授、以下同)
流通している公式ライセンス商品でも何らかの付加価値がつくとさらに値段は上がる。
「『幻の東京オリンピック』となった1940年の公式アイテムの中でも役員や関係者用のバッジは極めて高値で取引されています」
確かに価値がありそうなことは一目瞭然だが……。
「参加選手が出身県やなじみのある県の伝統工芸品を紹介できたらいい。地域の人は選手も伝統工芸品も両方とも応援したくなる。さらにそこに選手がサインをしてくれたらコレクターは値段が上がっても欲しがります(笑)」
だが、お金以外の価値もある。藤瀬教授は語る。
「今は批判もありますが、10年後、50年後には“コロナ禍の無観客で行ったオリンピック”として評価される未来も来るのではないでしょうか。商品はプレミアがつくだけではなく、思い出でもあり、当時を語る“語り部”になるかもしれません。ですが、忘れてはいけないのはオリンピックの主役は選手たちです」
伝統工芸品に限らず、気に入った公式ライセンス商品を購入してひそかに選手を応援するのも今大会ならではの盛り上がり方。
公式ライセンス商品が購入できるのは今年の12月29日まで。買うなら、今でしょ。
意外と知らない伝統×オリンピック
各都道府県の伝統工芸品とコラボした数あるアイテムの中から編集部が選んだ商品を紹介。有名なあのアイテムもオリンピック仕様に!
◆アイヌ文様を日常でも・二風谷イタ【北海道】
アイヌの人々に受け継がれてきたお盆『メノコイタ』。まな板と器がセットになった伝統の生活民具で、コラボアイテムは茶托や物入れに使って。
◆今しか買えない大会カラー・南部鉄器【岩手県】
急須は大会ルックの藍色で色づけられた限定品。富士山をイメージしたフォルムの鉄瓶も展開している。これらは今しか買えないオリジナル。
◆デスクに飾りたい縁起物・白河だるま【福島県】
江戸時代末期から親しまれてきた縁起物。本体は金色と白。そこに青・黄・黒・緑・赤の筋が描かれている。デスクまわりも華やかにしてくれる。
◆コレクターも注目! 東京2020プレート・紀州漆器【和歌山県】
始まりは室町時代といわれており、海外でも人気。藍のほかゴールドのコースターもある。食洗機で洗えるのもうれしい。
作り手に聞く、オリンピック公式グッズ事情
◆唯一の職人が作る素朴な縁起人形・佐土原人形【宮崎県】
「素朴な人形ですが、とても存在感があるんです。それは古くから人々が人形に込めてきた思いが表れているのかもしれませんね」
そう語るのは下西美和さん。宮崎県宮崎市佐土原町の一部に江戸時代から伝わる伝統の佐土原人形の職人だ。
実はこの佐土原人形、同県内でも知らない人が多い、知る人ぞ知る伝統工芸品なのだ。
粘土を原料とした土人形で、モチーフは4種類に分けられる。初節句の家に贈り、床の間などに飾る雛人形やかぶとなどをモチーフにした『節句人形』。えびすや大黒など『縁起人形』。歌舞伎のシーンを表した『歌舞伎人形』。人形が作られた時代の流行りを表現する『風俗人形』だ。
「人形は職人の家に代々受け継がれてきた型に粘土を押し当てる“手押し型”という製法を用います」
粘土は乾燥させ形を整え、900度以上の温度で焼く。焼きあがった人形に色を塗り、絵を付ける。この工程をすべて1人の職人が行うのだ。
作業は重労働。継ぐ人がおらず、職人たちは高齢化し、次々に第一線を離れていった。現在、職人は下西さんただ1人なのだ。
下西さんは佐土原人形に魅せられ、10年ほど前に弟子入り。現在85歳の師匠から技術を受け継ぎ、修業を重ねている、次世代の人形師。
元は博物館の解説員だった。
勤務先でたまたま所蔵されていた古い佐土原人形と出会ったことで運命が変わった。
「ひび割れていましたが、存在感があってキラキラと見えたんです」
絵付け体験講座や師匠の手伝いなどを経て佐土原人形の世界にのめり込んでいった。
「東京2020大会の公式ライセンス商品として作ったのは伝統的な“犬の人形”です。犬は多産、お産が軽いなどの象徴で、命がつながる縁起のいい人形です」
まさに人と人とがつながる、平和の祭典にはぴったりのモチーフなのだ。
「地方にある小さな伝統工芸品ですが、こうした世界があることを多くの方に知ってもらいたかった。ですので、生きているうちにこうしたチャンスに巡り合い、うれしかった」
佐土原人形は50年、100年とその姿を残すのも特徴。
「孫やひ孫に譲りたい、と話す高齢者もいます。人形と一緒に東京2020大会の思い出も次の世代に受け継がれるといいですね」
経験を生かしてエンブレムの模様を彫りました
◆400年の匠の技力強く繊細な一枚・鎌倉彫【神奈川県】
プラスチックにはない、温もりがあり、落ち着いた漆の深い色合いとカツラの板に彫られた模様の美しい陰影。それが神奈川県の伝統工芸品『鎌倉彫』の魅力だ。
起源は鎌倉時代。仏像彫刻の流れをベースにした伝統的な技術は約800年もの間、受け継がれてきた。現在は代表的なお盆のほかに、汁椀や手鏡など日常使いできるアイテムも展開している。
「うちでいちばん腕のいい60代の職人が商品用に特別に彫刻刀を研ぎ、これまでの経験を生かしてエンブレムの模様を彫りました」
そう話すのは鎌倉彫の専門店『山水堂』の小泉五郎さん。
実はこの精巧さこそが重要なポイントなのだ。大会組織委員会はライセンス商品につけるエンブレムの仕上がりに、正確さを求めており、鎌倉彫にかかわらず、手彫りは原則NG。寸分の狂いもなく、彫るのは至難の業なのだ。
しかし前述の職人は彫刻刀の角度、彫る力の入れ方を研究し、それを成し遂げ、特別に認められた。彫りの次に重要な漆の塗り方にもこだわった。この工程は70代、30代の親子の職人が担当し、美しい陰影を作り上げた。お盆は2組の熟練の匠の技が光る。
「技術力はもちろんですが、エンブレムと余白のバランスなど美しさも計算しています。職人たちは自分の技術や腕前をアピールでき、自信にもつながったと話していました。思い出に残るよい仕事をした、と満足しています」
だが、業界は次世代への技術の継承や販路拡大などの課題を抱えている。
「オリンピックは鎌倉彫を国外へPRできるいい機会、あてにしていた部分もありました。ですが、こうした状況下では不可能ですね……」
にもかかわらず小泉さんの表情は晴れやかだ。
「苦境から伝統を守りながら新しい感覚を持って商品開発をする大切さも教えられました。今は気持ちを切り替え、自分たちの仕事を見直すいい機会になったと思い、前に進んでいます」
伝統工芸品は使い込むほどに味が出て、長い年月使うことができるものも多い。親から子へ、子から孫へ。東京2020大会の思い出を日常で伝える“バトン”になるかもしれない。