7月15日の昼ごろ、タクシーで東京地裁に乗りつけた飯塚幸三被告(90)。
驚くべきことに、彼は逮捕されていないため事件後、一度も留置場に入ることもなく、都内にある自宅マンションで過ごしている――。
無罪主張で“反省の情なし”
「事故の原因は、被告がブレーキペダルとアクセルペダルと踏み間違えたことによるものというのは証拠を見ても明らか。しかし、被告は反省の情がなく、厳罰を与えるのがふさわしい」
検察の論告求刑は、禁錮7年。自動車運転処罰法違反(過失運転致死傷罪)で最上限の厳しいものだったーー。
'19年4月、東京・池袋で旧通産省工業技術院の元院長・飯塚被告(当時87)が運転する車が暴走。松永真菜さん(当時31)と長女・莉子ちゃん(当時3)の2人の命が奪われ、そのほか7人が重軽傷を負う大惨事となった。
この日は、東京地裁で飯塚被告の罪を問う9回目の公判が行われ、その結審となった。被告の弁護人は最終弁論で、
「被告がアクセルペダルを踏み続けたことを証明する証拠やデータはなかった。したがって、被告の過失は認められないため、無罪である」
と、冒頭にある検察側の主張と真っ向から争う見解を述べた。
しかし、これまで行われた9回の公判を振り返ってみると、検察側による有罪の証拠を示す時間が圧倒的に多く、さらには被告の弁護人がそれらに強く食い下がるというシーンもほとんどなかった。
交通事故裁判に詳しい高山俊吉弁護士はこう話す。
「無罪を勝ち取ろうという気概があるなら、きちんと弁護団を形成し、科学技術に詳しいコンサルタントなどをつけて、警察や自動車メーカーの不審な点を突くものです。だが、これまでの公判にはそれがまったくなかった」
弁護側の証言は弁護人と被告だけで、別の証人を立てたことは一度もなかったという。たとえ飯塚被告が控訴したとしても、
「二審の高裁の判断は、一審の判決がベースになります。一審で疑いようのない有罪の判決が出ると、それを覆すような証拠があるかどうかが大きな判断基準になる。これまでの公判を見る限り、飯塚被告は圧倒的不利な状態で、二審に臨むことになるでしょう」(同・高山弁護士、以下同)
では、被告は9月2日の判決で求刑を受け入れるのだろうか――。
人生の“期限”が迫っている
「被告はいまだに“踏み間違いはない”と無罪を主張していて、検察の見解をまったく受け入れようとしていない。“プリウスの電気系統や、経年劣化によって何らかの不具合が生じた”と最後まで車のせいだと言っていますから、その主張が認められないとなるとかなりの確率で控訴するでしょうね」
交通事故裁判の場合、9月に控訴すると、11月か12月には開廷。おおよそ1、2回の裁判で再び判決が下るそうだ。それでも被告は納得できず、上告するとなると……。
「有罪を覆すような新たな証拠があること、憲法に抵触する部分があることが上告の条件ですが、そこは弁護人がなんとかするでしょう」
たとえ最高裁まで持ち込まれても、早ければ来年の半ばまでには判決が出るというが、
「レアケースですが、事故の発生から最高裁の判決まで、14年もかかった交通事故裁判もあることはある」
飯塚被告に当てはめてみると、判決が出るころには彼は102歳だ。そこまでかからないとしても、現在90歳の飯塚被告には、時間の猶予がないことは確かだ。
「刑務所に入ってほしい」
被害者遺族の悲願は、命のタイムリミットに打ち砕かれてしまうのだろうか――。