「最近は、たっぷり酸素を吸えていない人がとても多くなっています」
そう指摘するのは、自律神経研究の第一人者・順天堂大学医学部教授の小林弘幸さん。背景には、テレワークや外出自粛による運動不足があると考えられる。
小林さんは、著書『最高の体調を引き出す超肺活』で、肺機能を鍛えるために考案した「肺活トレーニング」を提唱している。小林さんによれば、肺の機能が弱まり、酸素を充分に取り込めないと、全身の細胞が酸素不足に陥り、冷え性やむくみを引き起こしたり、酸欠状態になった細胞はがん化の原因にもなる可能性があるのだそう。
さらに、「肺の機能が衰えると、肺を含めた全身の免疫力が低下する危険性があります。ウイルスや病気に負けない強い身体をつくるには、肺の劣化を防ぐことが絶対に必要です」と説く。
小林さんが語る、肺活が免疫力の強化につながる理由とは──。
(※本稿は『最高の体調を引き出す超肺活』(小林弘幸=著・末武信宏=監修/アスコム刊)の一部を再編集したものです。)
肺の免疫力とは?
いま、みなさんがもっとも気になっているのは「肺の免疫力」だと思います。
そのため、免疫力を高めるための考え方として、「自律神経」や「腸内環境」が取り上げられることに疑問を抱くかもしれません。
なぜ、自律神経や腸内環境を健全にすることが、肺の免疫力をも高めることになるのでしょうか?
その理由は、極めてシンプルです。
人体は血管やリンパ管によって、すべてがつながり、互いに影響を及ぼし合っているからです。
腸の免疫力が高ければ、肺の免疫力も高くなる。
なぜなら、腸にたくさん潜んでいる免疫細胞たちは、血流によって全身の細胞に運ばれていくからです。
そのため、血液循環がスムーズに行われていれば、もともと腸にいた免疫細胞も血液によって運ばれ、ウイルスが進入してきた場所でその役割を果たしてくれます。
全身の血管は、極小の毛細血管をすべて合わせると、地球2周半の長さになるといわれています。すべての血管の血流が滞りなく流れていることが、免疫細胞を全身に運ぶためのカギになってきます。
そして、その血流の状態をコントロールしているのがまた、自律神経なのです。
自律神経は、地球2周半にもおよぶ血管のすべてに沿って走っていて、血流量を調整する役割も担っています。
血管は、交感神経の働きが活発になると収縮し、副交感神経の働きが活発になると弛緩します。血管が収縮と弛緩を繰り返して、ポンプのようなダイナミックな動きが生まれることで、血液はスムーズに流れていきます。
つまり、交感神経と副交感神経の両方が活性化、すなわち自律神経のバランスが整っているとき、血液循環は滞りなく機能するのです。
すると、免疫細胞は全身のすみずみまで派遣され、どこにウイルスが侵入してこようと、鉄壁の防御機能を発揮することができます。
自律神経が整うと血液の質も高まる
では、血液循環を滞りなく機能させるいちばんの方法は何か。それが、自律神経を操れる呼吸を司る「肺の力」を高めることなのです。
肺を鍛えてゆっくりと深い呼吸ができるようになると、自律神経のバランスが整い、腸内環境を良好にすることができます。
また、深い呼吸をすると、横隔膜が上下に大きく動くため、その動きによって体内で腸をマッサージすることにもなります。この「横隔膜マッサージ」も、腸内環境の改善に有効です。
自律神経のバランスが整って、腸内環境が健全に保たれていると、血流がアップするだけでなく「血液の質」そのものが良くなります。
実際、血液を顕微鏡で見ると、その人の自律神経のバランスの良し悪しがわかります。
自律神経のバランスが悪い人は、きれいな円形をしているはずの赤血球が変形したり、くっついてしまったり、完全に壊れてしまったりするのです。
赤血球は、酸素を運ぶ役割をしています。そのため、赤血球の状態が悪いと、細胞に届けられる酸素量が減ってしまいます。
また、変形したりくっついてしまった赤血球は、細い毛細血管を通過することができません。俗にいう「血液ドロドロ」の状態です。
この点からも、自律神経のバランスや腸内環境が悪い人の血液は、充分な酸素を運ぶことができない質の悪いものだといえます。
そんな状態の血液だと、免疫細胞をスムーズに運ぶことが叶(かな)いません。血液の質を高めるためにも、肺の力を高めて自律神経を整えることが重要になってきます。
免疫の暴走を抑える力もある
血流の良し悪しが、人体の免疫システムに大きな影響を与えることは、私自身、自律神経の研究を始める以前から気づいていました。
私は自律神経の研究を本格的に始める前、ロンドン大学付属英国王立小児病院外科などで、小児外科の臨床医として働いていました。
当時、小児外科の領域では、臓器移植した患者の予後の負担を減らすためにさまざまな研究が行われていました。
その中のひとつに「トレランス」の誘導についての課題がありました。
トレランスとは、「免疫寛容」と訳され、移植した臓器が完全にその人の一部になることを意味しています。臓器移植をすると、身体はそれを「異物」として認識し、免疫細胞が攻撃を始めます。これを「拒絶反応」といい、拒絶反応がなくなった状態がトレランスです。トレランスの誘導ができれば、患者の身体の負担は大きく軽減されます。そこで、臨床現場でさまざまな研究を行い、ひとつの結論に至りました。
それは、血流量を増やすと、拒絶反応が起こりにくい、ということです。そして私たちの研究チームは、拒絶反応が軽減する理由は「血流の良さが血管の内皮を保護すること」にあると突き止めたのです。
これは、血流のアップにより血管の状態が良好になったことで、免疫細胞がスムーズに全身に送られ、免疫暴走を抑えることができたと考えられます。
つまり、自律神経を整えて血流をアップさせることは、人体の免疫システムの正常化を促すことにつながるのです。
肺活力を高めて、酸素をたっぷり含んだ血液を体中に届けていけば、血管の内皮も保護されて、暴走しがちな免疫細胞を抑制するのにも役立つでしょう。
サイトカインストーム対策にも、血流アップは有効だといえます。
《PROFILE》
小林弘幸 ◎順天堂大学医学部教授。日本スポーツ協会公認スポーツドクター。1960年、埼玉県生まれ。87年、順天堂大学医学部卒業。92年、同大学大学院医学研究科修了。ロンドン大学付属英国王立小児病院外科、トリニティ大学付属医学研究センター、アイルランド国立小児病院外科での勤務を経て、順天堂大学小児外科講師・助教授を歴任する。自律神経研究の第一人者として、プロスポーツ選手、アーティスト、文化人へのコンディショニング、パフォーマンス向上指導に関わる。