お金のかかる子どもたちもようやく大学生になり、ホッとしたのもつかの間、血圧やコレステロールの値が……と、今度は自分の健康の心配事が増えはじめる今日このごろ。老後資金も潤沢とはいえず、もし大病してしまったらと不安が膨らむ人も多いだろう。
万が一のときのことを考えると保険には入っておいたほうがいいと考えがちだが、実はそこにこそ、第二の人生で「しなくてもいい損」をしてしまう非常にモッタイナイ落とし穴があるという。
冷静に考えるといらない保険もある
「これまで何年もの間、保険に入っていようが、これ以上損をしたくなければ一日でも早く解約することをおすすめします」と話すのは、大手生保と代理店で15年間保険営業を経験し、オフィスバトン「保険相談室」を立ち上げた後田亨さん。
ある50代女性の実例をもとに、保険を早く解約したほうがいい理由を後田さんから教えてもらおう。
「入っておいたほうが安心かなと思って、保険にはもう20年近く入っています」と話すのは今野千代美さん(仮名・51歳)。
今野さんの契約の主な内容は、500万円の死亡保険に加え、入院したときに給付金がもらえる医療保険をオプションで付けていて、月々の保険料は1万635円。これを60歳まで払う契約だ。
まず死亡保険について、今野さんに話を聞いた。
「30代前半くらいのとき、自分にもし何かあったら親など周囲の人に迷惑がかかるかもしれないと思って、死亡保険に入りました。若いうちに契約したので、月5500円ほどの保険料にしては割のいい保障が受けられると聞いています」
それを受けて後田さんが説明する。
「たしかに、この保険料でこの額の保障がもてるというのは悪くないかもしれません。しかし、ご夫婦ふたり暮らしで貯蓄もそれなりにあるとのこと。もし奥さんが先に亡くなった場合でも、旦那さんはこの保険金がなくても暮らしていけますよね?」(後田さん、以下同)
「そうですね。子どももいないですし、何のために死亡保険をかけているのかと言われると、はっきりとは答えられないかも……」と今野さん。
死亡保険の意義について、後田さんはこう話す。
「まだ自立していないお子さんがいるケースでは、自身が亡くなったとき、その後の養育費や教育費が賄えなくなるリスクがあります。ですが、今野さんのケースではそうしたリスクはありません。不要なものにお金をかける必要はないと思います」
ちなみに、と後田さんはつけ足す。
「この死亡保険は保険料が運用される『変額保険』です。運用や貯蓄を兼ねて利用する人もいますが、高額な手数料が取られていて、さらに運用結果によっては払戻金が減ることも。保険での運用や貯蓄は一切おすすめしません」
一方、今野さんは医療保険には入っていたほうがいいのではないかと考えている。
「私が気になっているのは、持病があるため、遠くないうちに予防のための手術で数日間入院する可能性があることです。いま解約してしまうと入院時の給付金がもらえなくなってしまうので、もったいないかな……と」
貯金で払えるなら保険はいらない!?
後田さんは、医療保険についても「お金のリスク」で見るべきだと解説する。
「これまで20年近く保険料を払ってきたこともあり、途中で解約するのはもったいないと感じる気持ちも当然です。では、入院したときのことを考えてみましょう。まずこの保障では日額5000円のお金がもらえます。もし1週間入院すると3万5000円ですね。そのために毎月3000円ほど支払っているわけです。入院費の自己負担額は1日1万~2万円程度ともいわれますが、5000円をもらわないと払えない額ではないですよね」
入院1日で5000円をもらうために、年間3万6000円を30年近く払い続ける必要はないということだ。
「たしかに貯金で払えない額ではないですね。でも女性の病気への備えはあってもいいですよね……? 女性特有の病気にかかるリスクに備えておけると安心かなと思ったのですが」と今野さん。
「もちろん女性特有の病気にかかるリスクはありますが、先ほどの話と同様、貯蓄でまかなえるような日額5000円の入院給付金のためだけに、わざわざ2000円ちょっとを毎月払い続ける必要はないと思います」
女性特有の病気などの医療特約に入る理由としては、医療費が高額になるのでは、という不安がいちばんだろう。
「女性特有の病気だからといって、治療に特別にお金がかかるわけではありません。今野さんはもちろん公的な健康保険に入っていますよね。なら、自己負担は抑えられるようになっています。実は、日本の公的な健康保険は世界でも類を見ない優秀な医療保険といえます。その理由を挙げてみましょう。
(1)自己負担の割合が決まっている
(2)基礎疾患や年齢など関係なく誰でも加入可能
(3)保障はもちろん一生涯
(4)基本的にどんな疾病も対応
(5)老齢者や疾患のある人などの負担が軽い
(6)高額療養費制度で負担の上限アリ
こう整理すると、民間の保険に比べて公的な健康保険がいかに優れているかがおわかりだと思います」
特に注目したいのが、(6)の高額療養費制度だという。この制度によって高額な医療費の自己負担の上限が決まっており、平均的な収入のケースだと1か月9万円ほど。それ以上は負担する必要がないのだ。年間で数十万円ほども公的な保険料を払って手厚い保障を受けているのに、このうえさらに民間の保険に入る必要があるのかということだ。
「不要な保険」解約で高額の“埋蔵金”が!
「公的な保険って思ったより手厚い保障なんですね。自己負担の上限が月9万円程度なのであれば、貯金でカバーできる範囲ですし、健康保険だけでも十分かも……と思えてきました」と、今野さん。
さらに後田さんは、この契約を解約すべきもっとも大きな理由が別にあるという。
「それは、いま解約すると137万円の払戻金が受け取れるということです。この払戻金は自身の見えない貯蓄でもあるので、“埋蔵金”と私は呼んでいます。この137万円を将来の医療費として持っておくと考えてみてください。最大でも自己負担が月約9万円なので、十分対応できるのではないでしょうか」
でも、満期まであと8年なら最後まで払ってもいいということはないだろうか?
「満期まで払うと500万円の死亡保障を受けとる権利を得ますが、その代わりに埋蔵金は一切なくなります。死亡保障がいらないなら、さらに約102万円のお金を払って、しかも埋蔵金を失うより、いま解約して埋蔵金を入手したほうがいいと思います。保険の契約でポイントなのは『給付金を自分で用意できるかどうか』に尽きます。自分で用意できる金額のために保険料を払うメリットはないと考えてください」
後田さんの助言を受けて、今野さんは最終的に保険を解約。今野さんに、保険を解約した感想を聞いてみた。
「保険に入ってないと不安というフワッとした気持ちだけで契約していたみたいです。公的な保険があるので、自分では用意できない金額が必要になることはあまりなさそうです。月々の余計な支払いがなくなりスッキリしました。まったく当てにしていなかった“埋蔵金”も手に入ってかなり得した気分です!」
人気のがん保険も冷静に見直しを!
幅広い世代で根強い人気のがん保険。「うちはがん家系だから心配」と、がん保険に入っている人も多いだろう。
「がん保険は医療保険の一種ですので、実例でふれた入院日額のケースと同じく、給付金が自分で用意できる額かどうかを考えるといいと思います。もし自分の貯蓄でまかなえる額なら、解約をおすすめします」(後田さん、以下同)
しかし、保険パンフレットの表で「入院120日」「手術一時金」などの言葉を見ていると、やはり不安な気持ちが勝ってしまうが……。
「そんなときには、表の左側の給付条件の部分を隠して、右側の給付金額だけを見るという方法があります。5000円や10万円という額だけが目に入ると、払えなくて破産するような額ではないとわかるでしょう。
自分の身体のこととなるとつい冷静さを欠いてしまいますが、金額だけをドライに検討することが大切です。『がんは2人に1人がかかる』などと聞けば、誰もが不安になります。しかし、不安だから保険に入るのではなく、落ち着いて実際の給付金額を確認することです。
公的な保険で負担の上限も決まっています。不安をあおるようなテレビCMを真に受けるのではなく『この広告費も保険料から出てるんだな』と一歩引いてみる心の余裕がとても大切ですね(笑)」
「もちろん、民間の保険がすべてよくないと言いたいのでは決してありません」と、後田さんは念を押す。
「子育て真っ最中の世代については、死亡保険に入る大きなメリットがあります。大黒柱の人に万一なにかあったとき、残されたご家族の生活費や教育費などのまとまったお金を用意することができるからです。また、ある程度まとまった貯蓄がない人も保険に頼っていいと思います。病気でしばらく仕事ができないときに、貯蓄がほぼないとすぐに困ってしまいますから」
では、自己負担に備えた貯蓄は、具体的にどのくらいあると安心なのだろうか?
「いくらあると安心なのか、というのは正直わからないです。『安心』は気持ちの問題なので。ただ、医療費で全財産を失って破産する人はいないですよね? 高額療養費制度もあるので、10万円単位の支出が何か月も続く事態は考えにくく、ざっくり100万円くらいの貯蓄があれば、多くの病気やケガの医療費は賄えるのではと思っています。
ただ、お守り代わりにどうしても何かに入っていたいという人には、ほかに比べて加入者の負担も少なく良心的な『都道府県民共済』をおすすめしています」
漠然とした不安にかられてムダな保険の契約を続ける前に、「いま自分で対応できる金額かどうか」をもう一度具体的に検討しよう。そして、ムダな保険を解約し、その分のお金を老後資金に充てるというのが、保険とのもっとも賢い付きあい方なのだ。
(取材・文/高宮宏之)