2020年4月に改正健康増進法が全面施行されてから一年。この法律により屋内の飲食店や様々な機関・施設でも受動喫煙対策が義務付けられた。現在は原則として、喫煙専用室または加熱式たばこ専用喫煙室でのみ喫煙が可能となっている。
喫煙所閉鎖で“喫煙難民”が増加
ただ新型コロナウイルス感染拡大防止の観点から多くの喫煙所が閉鎖されたことで、“喫煙所難民”による歩きたばこや路上喫煙などのマナー違反が新たな社会問題になっている。
そんな中、千葉市がJR海浜幕張駅周辺地区への喫煙所設置による路上喫煙・ポイ捨て防止効果を検証した結果を発表した。平成30年10月9日より供用をスタートしたところ、路上喫煙やポイ捨てなどによる平均過料件数は2年の間に57.2%減。平均散乱ごみ数は34.0%減、路上喫煙率も28.6%減と、喫煙所設置が路上喫煙・ポイ捨ての防止に一定程度の効果をもたらしたという。
望まない受動喫煙防止や街の美化推進のためにも、改めて設置が求められている喫煙所。ただそれらは「あればいい」というものではない。改正健康増進法の趣旨にも記載されているように、望まない受動喫煙をなくすためにも適切な分煙対策が施されていること。さらには喫煙所を探すことが困難または面倒という理由から路上喫煙を選択する人々を減らすためにも、利便性の高い場所に設置された喫煙者にとっても心地の良い空間を提供することが必要なのではないだろうか。
今回はそんな課題をクリアした、都内のスタイリッシュな喫煙所をご紹介したい。
小田急新宿ミロード
新宿にあるファッションビル・小田急新宿ミロードの喫煙所は8階のレストランフロアに設置されている。フロアと扉で区切られた内部に入れるのは10人程度といったところ(現在は新型コロナウイルス対策として喫煙所内は6名まで)。温かみのある木を基調としたデザインや、壁の一角に敷き詰められた植物がホッと落ち着く空間を作り出している。
小田急新宿ミロードは新宿駅南口から直結しているため、雨に濡れずにアクセスできるのもポイント。しかし、レストランフロアには子どもや妊婦など受動喫煙によって健康被害が及ぶ可能性が高い人も訪れるため、分煙対策には普段から注意を払っているようだ。
「内装に緑を取り入れることで、
羽田空港
日本の空の玄関口として、国内外から日々多くの人が訪れる羽田空港。スカイトラックス社が発表した2020年「世界で最も清潔な空港」で第1位に選ばれたように、たくさんの清掃員が“おもてなしの心”で隅々まで磨き上げた施設内は綺麗で快適だ。
そんな羽田空港には第1ターミナルに12箇所、第2ターミナルに18箇所、第3ターミナルに22箇所もの喫煙所を設置している。例に漏れず喫煙所内も定期的に清掃が行われており、清潔さが保たれていた。
「やはりお客様の中には副流煙を気にされる方もいらっしゃいますが、国籍、年齢、性別問わず様々な方が訪れるので、ターミナル内を完全禁煙にすることはできません。そのため双方が快適に過ごせるよう、煙が外に漏れにくい“二重扉”にしたり、ガラスに特殊加工を施して視線を遮ったりと工夫しています」(羽田空港広報ブランド戦略室)
感染対策も万全で入り口には消毒液が置かれ、扉には「喫煙スペースをご利用になる皆様へ 新型コロナウイルスの感染拡大防止のため」と題した注意書きも貼られている。対策の一環として閉鎖されている場所もあるが、密になる様子もなく、利用者自ら距離を取りながら憩いの場を快適に保とうとしている姿が印象的だった。
東京ミッドタウン
東京の中心にありながら、緑豊かな自然を感じられるミッドタウン・ガーデン。芝生広場の上にはドイツ出身のアーティスト、フロリアン・クラールが手がけた複雑な形状のオブジェ『フラグメントNo.5』が立っている。
そんな景色を眺めながら、非日常を感じられるのが東京ミッドタウンの2階に設置された喫煙所だ。デザインに配慮しながらも、機能面にこだわって設計されており、オフィスワーカーや商業施設利用者の憩いの場となっている。
「東京ミッドタウンは、“JAPAN VALUE(新しい日本の価値・感性・才能)”を創造・結集し、世界に発信し続ける街をコンセプトに誕生しており、若手の才能を発掘し、応援することをミッションの1つとしています。
今回のデザインにも若手を採用。彼らのセンスを最大限活かす様にサポートしました」
デザインに“庭屋一如(ていおくいちにょ)”という自然環境と室内環境は一つのままであるという日本庭園の考え方を採用。まるで外構の緑地風景を切り取ったような空間では、緑の写り込みとほどよい揺らぎが表現されている。鉄そのものの質感を引き立てる黒皮鉄(酸化被膜鉄)を採用したルーバー天井や、水盤が揺らぐ黒漆のような光沢と左官による鏝むらをあえて残したモールテックス床など、ひとつひとつの素材にこだわった。
また、空調ダクトの吹き出し位置を入り口近くに設置することでエアーカーテン効果を実現。扉の両サイドにはスリットを切り、喫煙室外から内部への気流を発生させることで、喫煙室内外の煙の流出を抑制させている。
喫煙所の改修を検討していく中で、受動喫煙による健康被害についても考慮し、非喫煙者・喫煙者どちらも満足できる心地よくスタイリッシュな空間を提供するため、作られたこの場所。
機能面でもこだわった結果、改修前と比較すると外気導入量(フレッシュエアー)が1.5倍に。2018年に改定された健康増進法の「入り口気流速度」および「浮遊粉塵量規定値」もクリアしており、推奨される入り口から室内への風速0.2m/sも確保していることも実測で確認しているという。
「閉塞感のある喫煙所が多い中、外部空間にいるような解放感があり居心地のいい喫煙所になったと感じています。お客様からも『広くて開放的』『混雑していないので利用しやすい』といった嬉しい声も届きました。室外からの見た目も上質かつ、空間イメージを阻害しない。このような場所があれば、非喫煙者から印象も良くなるのではないでしょうか」
THE TOBACCO(ザ・タバコ)
最後に紹介するのは、2020年6月1日にオープンした新しい喫煙空間『THE TOBACCO』神田店。『THE TOBACCO』は改正健康増進法より飲食店含め屋内での喫煙が原則禁止される中、よりマナー良く、心地よい分煙の実現と煙草文化の発信を目的として始動した新しい喫煙所ブランドだ。
現在は神田、赤坂、東京、秋葉原の4店舗が展開されており、今後も全国各地に順次オープンする予定。
『THE TOBACCO』を運営する株式会社コソドの代表取締役 CEO・山下悟郎氏にお話を伺ったところ、「社会的な課題に対して貢献できるような事業をやってみたい。その中でも、世の中的にあまり好まれていない領域であるたばこに関する事業を起こせば面白いのではないか」という思いから喫煙所運営事業をはじめたという。
神田店の空間デザインは、IDEE(東京)、Jean Nouvel Design(パリ)、 Yabu Pushelberg(ニューヨーク)を経て、現在は東京を拠点に「Shuhei YONEDA / L'ATELIER」として活動する米田周平氏が担当。グレーがかった白を基調としたモダンなデザインはスタイリッシュでありながら、椅子やスタンド、証明カバーはどれも円柱型になっており、どこか女性も立ち寄りやすい可愛らしい印象も。設置されているインテリアはすべてたばこの形をイメージしているそうだ。
見た目だけではなく、国が基準としている排煙効率を大幅に超えた空気清浄スペックを搭載。40〜50秒の間に全空気が入れ替わる仕組みになっており、常に空気清浄機も作動している。『THE TOBACCO』は有人の喫煙所であるため、利用者が多い時には排煙効率をアップさせたり、逆に少ない時は下げたりと快適さを担保させるためのオペレーションが組まれているのも特徴だ。
おしゃれな空間づくりと徹底した煙と匂いのコントロールにこだわっているのは、喫煙者が訪れたくなるような場所を提供するためだという。
「空間が汚かったり、薄暗くて寂れた雰囲気のある場所には誰も行きたくないですよね。結局、その場所に行くぐらいなら路上で吸えばいいかと思ってしまう人もいる。衛生的で見た目も良い高級ホテルのような、わざわざ立ち寄りたくなるような心地の良い空間を作りたいと思いました」
今年2月、リサーチ会社のネットエイジア株式会社が実施した『喫煙・喫煙スペースに関する意識・実態調査』の結果によると、非喫煙者(500名)に、喫煙スペースは必要だと思うか、不要だと思うか質問したところ、64.4%の人が「必要だと思う(『非常に思う』と『やや思う』の計)」と回答したそう。
さらに、非喫煙者(500名)に、煙やにおいが漏れないような最新設備の喫煙スペースの多い街に対するイメージを聞いたところ、66.6%の人が『住みやすい・利用しやすい』と回答している。
つまり、喫煙者を隅に追いやるのではなく、徹底した分煙対策を施すことがマナーの向上や街の美化に繋がっていくのではないだろうか。その意味では、今回紹介した誰もが入りやすいスタイリッシュな喫煙所設置の試みについては引き続き注目していきたい。