卒ランならぬ卒業セーラー。派手な刺繍や友人や親、先生への感謝の言葉が特徴だ(青木さん提供)

 映画『東京リベンジャーズ』のヒットで再び注目されている特攻服。その背中や腕に施された派手な刺繍を思い浮かべる人は多いだろうが、中には意外なメッセージも……。その変遷を追った。

かつて特攻服は神聖なもの

 ヤンキー×SFという異色の組み合わせが注目される北村匠海主演の映画『東京リベンジャーズ』。和久井健さんによる人気漫画が原作で、映画は166万人以上を動員、原作は累計部数3000万部を超すなど大ヒット中。

 映画でもひと際目を引くのが衣装の「特攻服」。吉沢亮や山田裕貴らが演じる『東京卍會』のメンバーや不良役が身につけるシーンが話題に。

特攻服

 特攻服と聞いてイメージするのは何といっても腕や胸元、上着の裾などの派手な刺繍だろう。『喧嘩上等』などの四字熟語や難解な当て字、心情を表す詩や文章の数々。龍や虎などのモチーフはもはや芸術の域だ。

 かつて暴走族のシンボルだった特攻服。だが、現在では特攻服を着て単車を暴走させる少年たちを見かけることはほとんどない。というのも、警察は特攻服の少年たちが集結すれば「暴走行為を助長する」などと警戒し、補導の対象とする方針を打ち出し、規制を強めているからだ。

 不良文化や暴走族に詳しいジャーナリストの岩橋健一郎さんによると、

「かつて特攻服は神聖なものでした。チームの名前を背負い、仲間たちとの絆、先輩から後輩へと受け継ぐバトン。そして鎧でした」

 実は岩橋さん自身も10代のころは特攻服をまとった暴走族の一員だった。そこで特攻服の変遷を尋ねると─。

「特攻服は'70年代にその原型となるものが誕生しました。チーム全員が同じ格好をしている姿は圧巻。ほかのチームがやればうちもやろう、このデザインにしようなどと、全国に広まっていきました」

 岩橋さんが現役だった'80年代の特攻服は紺か黒、白。刺繍の内容もチーム名や地元の地名以外には菊の紋や日の丸などのモチーフ。『憂国烈士』や『護国尊王』など右翼団体のような言葉を並べていた。

現役の暴走族時代の岩橋さん。’80年代の特攻服はシンプルなデザインだった(本人提供)

「チームによっては所属メンバーを糸の色で分けたり、シンボルマークを大きく刺繍し、ひと目で所属や役職がわかるようにしていました」

 チームごとに統一された特攻服は団結を強めるだけでなく、対立する別のチームとケンカになったときに、敵味方を見分ける目印になった。そしてチームの名前を背負っていることへの誇りや責任を意識させていた。

「当時の不良は実は地域の治安を守る、という強い地元愛と正義感を持っていました。だから悪いことは地元ではしない(苦笑)。チームに恥じる行為をすれば追放になり、間違った道に進もうとしている仲間がいれば全力で止めました」

 仲間が売られたケンカは全員で買い、悩みを抱えていればみんなで支えた。

「一緒に悪いことをするので、何があっても裏切らない連帯感がありました。仲間への信頼はとても厚い」

’90年代前半のYOSHIKI。ファンによる特攻服のオーダーで、1000万円以上の売り上げも

 '90年代になると刺繍する文字は増え、虎や龍、桜のような複雑で派手なモチーフも目立ってきた。上着の色も赤やピンクなどカラフルになり、刺繍の言葉も内面に抱えた思いや文章を詩にしたためて縫いつけるように変わった。

 チームで統一感を持たせた'80年代に比べ、'90年代はデザインをこらし、言葉を考え、自分ならではの1枚をあつらえるように。特攻服におのおのの個性が光っていた。

 令和の今、特攻服はその存在を大きく変化させた。

 神奈川県で30年以上、特攻服などの刺繍や『短ラン』など変形制服を販売してきた青木利夫さんが明かす。

「『打倒・警察』などを刺繍しないようにと指導されたこともありましたが今はそうした依頼自体もない。現在ではテレビ番組の企画や『氣志團』などのバンドの衣装、アイドルのファンやイベントなどでのコスプレ目的の注文がほとんど。みんな暴走族や不良ではありません」

 青木さんによると特攻服の刺繍の注文がいちばん多かったのはバンド『X JAPAN』のファンからだという。

「'90年代には“爆発夜詩危”やファンたちを表す“運命共同体”などの文字を背中に入れた特攻服やメンバーをイメージしたものをライブ前にファンが注文していました」

不良からアイドルに変わる特攻服文化

 さらに最近の傾向を前出・岩橋さんが明かす。

KAT-TUNのメンバー、上田竜也をイメージしてファンが作った特攻服

「アイドルなど、推しへの思いを特攻服に刺繍して表現するファンもいます」

 さらに刺繍は卒業や成人式での『卒ラン』としても盛り上がりを見せている。

「定番は『友情不滅』という言葉。今は親や教師への感謝を刺繍することが多い。中には親がオーダーし、盛り上がる様子を冷めた目で見る子どももいますね」(青木さん)

 週刊女性が取材中、青木さんの店を訪れていた河野龍之介さん(21)は成人式で刺繍を入れた学ランを着たひとり。

「先輩から譲りうけた長ランに先輩や友人の名前や親への感謝の思いなどを刺繍しました。僕1人でしたね(笑)。でも誰よりも目立っていました。以前、先輩たちが着ていたのを見て、カッコいいと思っていたので、思い切って着てよかった」

 と満足そうに語った。青木さんも、「これだけの刺繍だとやっぱり圧巻ですね」と笑みを浮かべる。

河野さん(左)が成人式で身につけた長ランの刺繍は立体感があり、豪華。存在感は抜群(本人提供)

 青木さんによると、卒ラン用の制服も特攻服も全国から注文が入っている。

「一体、何の目的で着ているのか気になっています」

 岩橋さんも語る。

「今や特攻服や刺繍は文化のひとつになりました」

 事情を抱え、孤立していた不良少年たちは、そろいの特攻服を身につけ、自分の居場所を見つけた時代があった。

 令和の特攻服は大事な人に想いを伝えるツールに変化したのかもしれない。

 岩橋健一郎さん ●'80年代に暴走族『横浜連合』に所属、引退後は35年以上、暴走族をはじめとした不良文化の取材を続ける。漫画『ドルフィン』(秋田書店マンガクロス)などの原作や、企画制作に携わる