「人の命の尊さを、改めて今、感じなきゃいけない。すごく考えさせられました」
8月13日(金)放送の終戦ドラマ『しかたなかったと言うてはいかんのです』。主演の妻夫木聡が真剣に語る。
葛藤の日々
1945年5月、西部帝国大学医学部助教授の鳥居太一(妻夫木)は、米兵捕虜の手術を手伝う。しかし、それは“生体解剖”だった……。原案は、熊野以素氏による『九州大学生体解剖事件 70年目の真実』。実話をもとにした物語となっている。
「非常に難しいところなんですが、自ら加害者になろうと思った話ではなくて。知らずに手伝わされたというか、そして教授の命令には絶対従わざるをえないという時代感もあるんですよね」
教授に中止を進言するも、手術は続行される。計8名の捕虜が死亡。
その後の戦犯裁判で、首謀者にされた鳥居には死刑判決が。ゆがめられた真実。それを明るみにすべく妻・房子(蒼井優)が奔走する中、鳥居は自分自身の罪と向き合っていく……。
「僕は、役と自分自身を重ねたりしないタイプなんですが、今回は鳥居太一という役の精神になって、ずっと考えていましたね。罪とは何だろう? 自分は死ぬべきなのだろうか? 何が自分の中での答えなんだろうっていう葛藤が、ずっとありましたね。芝居の中でも葛藤することのほうが多かったです」
そんな中でも唯一、気持ちが明るくなった瞬間があった。
「僕の子ども役の子、2人に会ったときですね。幸せな日々のシーンは一切ないんですけど(笑)、でも少しでもそれを感じたくて2人を抱きしめさせてもらったんです。そしたら2人が“お父ちゃん”って呼んでくれて。もう、それだけで泣きそうになりましたね」
子どもが父親にさせてくれている
今回、珍しく自身と役を重ねたのは、私生活で父親になったことも関係しているのか?
「大いに関係していると思います。やっぱり結婚する前、自分ひとりで生きていたときにはまったく考えなかったことだったので。自分に家族ができて、“もし自分がいなくなったとしたら”とよぎってしまって。極論ですけど、自分が死ぬのは構わない。けれども、家族に悲しみだけじゃなく、さらに罪をかぶせることになったら、それだけは許せない。鳥居はたぶん、それ以上のものを背負っていただろうと思います」
人生の階段を上り、自分だけの命ではなくなった重み。演技にもさらなる広がりや深みが加わった実感があるのでは?
「実感はないですね。自分自身の芝居の評価や実感って、周りが判断してくれるものなのかなぁと思うので。映画の賞と同じで、自分自身だと意外とわからないことなのかもしれないです。ただ、人を見ているとそう思う瞬間っていうのはあるんですよ。(永山)瑛太とか小栗(旬)とかに子どもができて、“なんか父の顔になったな”って思った瞬間があったんですよね、僕の中で。ひとつ大人になったというか、男の顔になった気がして。
でもたぶん、本人たちは意識してないし、わかってないと思うんですよ(笑)。それは感覚でしかないし。僕も同じような感じなのかなぁ? たぶん、父になるっていうのは、結局、子どもが父にさせてくれているんだなって思いますね。
子どもって、なんで笑っただけで幸せがめぐってくるんだろうと不思議なんですよね。ただ歩いているだけで可愛いな、命って尊いなって思える。子どもを育てるのは精いっぱいだけど、すごく子どもに学ぶことも多い。だから、これから子どもにもっともっと成長させてもらおうって期待をしています」
終戦から76年、俳優としてできること
「難しい質問ですね(笑)。うーん。代弁者、まで言ってしまうと、そんなに僕たちは偉いものじゃないと思うんですよ。だけど、伝えていかなきゃいけないことって山ほどある。過去を過去で終わらせちゃいけないこともいっぱいあると思うし。そういう意味では、僕たちは、ある種、そういう使命感を負っていていいのかなっていう思いはあります。
このドラマは正直、見てもらえれば絶対に届くという自信があります。この作品を通じて、自分自身にもっとできることがあるんじゃないかとか、もっとこういう人間になりたいとか、何か少しでも心の中に芽生えるものがあったら、僕たちはすごく幸せです」
終戦ドラマ『しかたなかったと言うてはいかんのです』
8月13日(金)夜10時〜(NHK総合)
出演/妻夫木聡、蒼井優、永山絢斗 ほか
スタイリング/片貝俊