女子シングルス3回戦で敗れた大坂なおみに一部から批判の声が上がっている

 大坂なおみは7月23日の東京オリンピック開会式で、トーチを持って聖火台に点火する役に抜擢された。「日本の顔」に選ばれることは、すばらしい名誉であり、日本で多様性が増していることを示している。SNSでは驚きの声と同時に、喜びの声も多く上がっていた。

 ところが、この日からわずか4日後、大坂は一部の日本人から厳しいバッシングを受けることになる。テニス女子シングルスにおいて、チェコ共和国のマルケタ・ボンドロウソバにストレート負けを喫し、3回戦で敗退したからだ。

当記事は「東洋経済オンライン」(運営:東洋経済新報社)の提供記事です

「聖火点灯は断れた」という前提

 大坂の敗退を伝えるニュースが出た途端、ツイッターなどSNSに非常に不快なコメントがいくつか投稿された。聖火点灯ランナーになったことが負けた原因だとして批判する人もいた。点火式の準備に費やした時間とエネルギーを、オリンピックの過酷なスケジュールへの準備と休養に使うことができただろうにというのである。この理由で彼女を責めるのは、「そんな栄誉は断ることができた」ということを前提としている。

 ほかの理由で大坂が聖火を点灯することを疑問視する人もいた。「いまだに彼女が聖火台点火役になった理由を理解できない」と、ある投稿者はヤフーニュースのコメント欄に書いている。「大坂は、自分は日本人だと言っているが、あまり日本語がうまくない」。そのコメントと同じように大坂を厳しく批判するいくつかのコメントには、ヤフーのユーザーから、1万以上の「いいね」が付いていた。

 大坂は金銭的な利益のために日本国籍を利用していると非難する者もいた。

#大坂なおみ 日の丸の下の星条旗を見せろ。 お前は日本国民ではないし、私欲のために日本国を利用した貴様を許さない。お前こそ 差別主義だ。さっさと米国へ帰れ。ここは お前が来るところではない。

 大坂が自分の精神状態について明かしたことを信じられないと言う人もいた。

 聖火点火の時、ドヤ顔でノーマスクやるくらいなら、病気治せよ。うつ病という名の仮病を。

 都合よく〈うつ病〉になり、都合よく治り、最終聖火ランナーの栄誉は有り難く与り、肝心の試合はあっさりと負ける……スポーツを舐めてるとしか言いようがない。

 大坂は、うつ状態と戦ってきたのは2018年以来のことで、時に公の場で対立することもあるような記者会見は苦手であると説明した。アメリカではほぼどの家庭にもさまざまな精神疾患を持つ家族がいるという事実を受け入れ、精神疾患はある程度普通のことになっているのに対し、日本ではいまだに精神疾患は大きな偏見の目で見られていて、見過ごされているケースも少なくない。こうした背景から、大坂のうつ症状は「仮病」だと見る向きがあるのもあまり驚くべきことではない。

開会式の演出はやりすぎだったのか

 大坂が先の全仏オープンなど2大会を欠場し、プレーを再開するかまだ不明だった3月に聖火点灯を依頼されたことに驚く人は少なくなかった。

 私自身も驚いた。日本に住んで17年にもなると、オリンピック聖火台に黒人女性が点火し、黒人男性が旗手を務めるというイメージが示唆するよりずっと日本が「多様化」していないことを承知している。実際、日本が多様化の認識向上に力を入れていることを示す方法がーー例えば日本の少数民族にスポットを当てるなどーーほかにもあったかもしれない、とも思っている。

 しかし、日本のオリンピック委員会(JOC)は、肌の色で人種差別をしない国であることを世界にアピールしようと試みた。そして調子外れの、それこそ「空気を読めない」演出をすることで、今の日本はその状況にないことを無残にも露呈してしまった。

 日本に住み、日本を知り愛する人ならだれでもわかったことだが、開会式で示された日本は、議論の余地はあるが、現在の日本が憧れるような日本の姿ですらなかった。あまりにもやりすぎだったし、あまりにも時期尚早だった。

 それを踏まえると、反発が起こるのは驚くことではなく、大坂が多くの人の期待通りのことを行わず、彼女がすべての人の期待を裏切って日本に金メダルをもたらさないことで、彼女はこの敵意の格好の標的になってしまった。

 日本では他民族の血を引く有名人は、以前からネット荒らしの攻撃の標的になってきた。もちろん大坂もその標的に何度もなっている。特に全米オープンを政治問題化し、公に世界的な反人種差別運動への支持を始め、アメリカの警察権力による黒人の殺害に抗議した時だ。この瞬間、彼女への攻撃が解禁状態になったのだ。

はっ!浅はかすぎる思考をもとにBLM運動に同調してしまった大阪なおみが、見事オリンピックでの敗北を喫したようですね笑。まあ、スポーツに政治を持ち込むことで自己陶酔していたようですから、五輪で負けても自業自得ですね。これからはもっと、アメリカ政治のお勉強に励むように!(原文ママ)

 八村塁もまた標的になってきた。実際、塁と阿蓮の八村きょうだいの今年5月の一連のツイッター投稿によれば、2人とも差別的なコメントを投げかけられている。阿蓮によると、彼のインスタグラムに当てられたメッセージには、彼と兄は「間違って生まれた」のだから「死ぬべきだ」と書かれていた。これに対して、塁は「そんなメッセージは毎日のように届くよ」と返している。

攻撃の対象になりやすいグループに属している

 それでも、大坂がなぜこんなにもそのような罵りの標的にされるのかは、答えるのに複雑な問題だ。その理由はおそらく、彼女が、しばしば恐怖や憎しみ、そして無知を基盤にする集団の攻撃対象になるいくつかのグループに属する注目の人物だということだろう。

1. 彼女は女性で、アメリカや日本では、女性嫌悪(ミソジニー)が依然として残っている。

2. 彼女はアジア人で、#StopAsianHateに同調するアジア系に対する人種差別撤廃の運動に対する関心は高まっているが、この問題を緩和するにはほど遠い状況だ。

3. 彼女は異人種の両親を持っており、ということは、彼女は無知、差別、自覚なき差別、そして阻害化の標的になりやすい。

4. 彼女は精神疾患、つまりうつ症状を患っている。したがって、彼女は精神疾患にかんする無知や誤解、こうした病気を患う人への差別的な視線に耐えなければならない。

 一方で、SNS上には大坂に対するねぎらいやサポートの声もかなり多く、否定的なコメントの数は比較的少ないように思われる。

そんなに勝ちっ放しってありえないですよ。負けるときだってあってあたり前にです。だからこそ強くなれるんでしょう。良く参加してくださった。頑張ってくれてありがとうございます。ゆっくり休んで、次に備えて下さい。

 大坂は9月の全米オープンに出場する見通しであり、早めにオリンピックを離脱したことは残念ではあるが、全米オープンでのタイトル防衛に向けた肉体的、そして何より精神的な準備の時間をより多く取れることになる。

 私はこれからも彼女を応援するし、少なくない日本人がそうするはずだ。こうしたことに積み重ねが、日本が開会式で見せようとした多様化につながっていくことを願っている。


バイエ・マクニール Baye McNeil  作家
2004年来日。作家として日本での生活に関して2作品上梓したほか、ジャパン・タイムズ紙のコラムニストとして、日本に住むアフリカ系の人々の生活について執筆。また、日本における人種や多様化問題についての講演やワークショップも行っている。ジャズと映画、そしてラーメンをこよなく愛する。現在、第1作を翻訳中。