凶悪事件も含め、殺人事件など2000件以上の“加害者家族”を支援してきたNPO法人World Open Heartの理事長・阿部恭子さん。2019年に起きた『野田市小4虐待死事件』で、加害者となった父親・栗原勇一郎の家族の支援を続けている。そして今、その父親に対して“好意”を持って近づいてくる女性たちがいるという。しかもその女性の一人は、『英国人女性殺害事件』(2007年)で逮捕された市橋達也の追っかけ“市橋ギャル”と同一人物。犯罪者との交流を求める人、事件を面白がる人……阿部さんがレポートする。
犯罪者に群がる人々
犯罪報道の過熱は、実にさまざまな反応を引き起こす。重大事件の加害者となった家族の支援では、マスコミや嫌がらせへの対応に加え、事件を面白がる野次馬にも対応しなければならない。一時的にワイドショーの顔となった犯罪者に、好意を寄せる人々も出てくるのだ。アメリカでは「プリズングルーピー」と呼ばれ、いわゆる「犯罪者の追っかけ」である。
「シリアルキラー(※1)」の語源になった米国の連続強姦殺人犯のテッド・バンディは、甘いマスクと雄弁な語り口で女性を魅了し、法廷には多くの女性ファンが詰めかけた伝説の凶悪犯である。
日本では、2007年、英国籍のリンゼイ・アン・ホーカーさんを殺害し、2年7か月にも及ぶ逃亡の末に逮捕された市橋達也受刑者や、婚活相手の男性3人を殺害し、2017年に死刑判決が確定した「平成の毒婦」こと、連続殺人犯の木嶋佳苗死刑囚にも、ファンクラブや追っかけの存在が報道されてきた。
筆者の下にも、犯罪者の情報を求めるこうした人々からしばしば連絡が来る。
2019年に千葉県野田市で起きた、栗原心愛ちゃん(当時小学4年生)が自宅で虐待死した事件。筆者は逮捕された父親・栗原勇一郎受刑者の家族の支援を続けているが、この『野田市小4虐待死事件』の傍聴に訪れ、栗原勇一郎受刑者に好意を抱き情報を集めている女性がいる。
しかも、千葉県に住むその女性は、過去に市橋達也受刑者の追っかけをしていた人物でもある。
「背も高いし、礼儀正しくてかっこいいと思いました」
と、まるでアイドルを語るような口調で話し、彼女と同じように情報を求めている女性が何人かいるのだという。
筆者は公判すべてを傍聴したが、連日、法廷は地獄だった。あまりに惨たらしい虐待に、傍聴席では涙を拭い、休廷中には怒りを表す人々もいた。心愛さんへの虐待の動画が流れ、裁判員が泣き出し一時休廷になる一幕もあった。勇一郎受刑者の母親と妹も検察側の証人として出廷し、「心愛さんを返してほしい」と涙ながらに証言していた。あの法廷で加害者に対してそのような感情が湧くとは想像もできなかった。
滅多に会えない人々との接触は、芸能人と会う感覚にも近いのだという。プリズングルーピーの中には、犯罪者との交流の様子を自身のブログやSNSで発信したり、マスコミに情報提供している人々もいる。犯罪者との繋がりをアピールすることで、注目を集める目的もあるようだ。いずれにしても、プリズングルーピーといった無責任な人々が、更生の支え手になりえるとは思えない。
メディアの取材もグルーピーと紙一重のところがある。重大事件の加害者のなかには、有名番組の担当者が面会に来たと自慢したり、手紙に「メディア出演歴」としてこれまで受けた取材の多さをアピールするなど、明らかに立場を勘違いしていると思われる人々もいる。
座間市で9人を殺害した白石隆浩死刑囚は、取材面会に訪れるマスコミに対して金銭を要求していたと報道されていた。
秋葉原連続殺傷事件の加藤智大死刑囚は、事件直前のSNSで「ワイドショー独占」とつぶやき、つい先日起きた小田急線内の無差別刺傷事件で逮捕された対馬悠介容疑者も、確保前に「有名になると思うんで、握手しておきますか」と見知らぬ人に声をかけていたという。
これら承認欲求の強さも、凶悪犯にしばしばみられる特徴である。
マスコミは、あくまで「取材」として、客観的に事実を聞いていただけかもしれないが、彼らに否定されないことを理解されていると受け取る加害者もおり、そうした経験に慣れてしまうと、厳しい助言は聞き入れなくなってしまうのだ。
社会にいる加害者家族は、一気に自宅に押し寄せてくる報道陣に抗うすべがない。しかし塀の中にいる加害者は、面会相手を選ぶことが可能なのである。筆者が、更生支援を引き受けるにあたっては、家族と支援者との面会をマスコミなどより優先させてもらう約束が必須となる。
利用されて被害に遭うケースも
犯罪者との交流を求める人々は、プリズングルーピーだけではなく、死刑廃止を求めて活動する人々など真剣に犯罪者と関わろうとする人々もいる。犯罪者の不幸な境遇に同情し、更生の支え手となるために獄中結婚するカップルもいる。
前出の木嶋佳苗死刑囚や、'01年に大阪・池田小学校で児童8人を惨殺した宅間守死刑囚('04年に死刑執行)の獄中結婚は記憶に新しい。
ところが、獄中結婚して出所したケースでは、結局暴力を振るうようになって離婚に至ったり、金銭を持ち逃げされたり、新たな事件に巻き込まれてしまった人々もいるのである。
文通や面会での様子から更生に向かっていると感じたとしても、更生したか否かは、社会に出てしばらく様子をみなければ、判断することはできない。DVや虐待で服役した加害者の中には、家族やパートナーに再び被害を与えているケースも少なくないのだ。長期間、刑務所に収容されたからといって、自動的に加害者が更生するわけではないことに注意が必要である。
受刑者がさまざまな人々と交流することは、多様な価値観に敏感になり、社会復帰を促進するうえでも重要な機会である。しかし、好奇心のみで関わるにはリスクも大きく、個人ではなく更生支援団体の協力を得て適切な関わり方を学んでいただきたい。
「写真がほしい」
2019年1月24日、栗原心愛さんが亡くなってから2年半が経過し、受刑者はすでに懲役16年の刑務所生活が始まっている。その家族は、心愛さんが亡くなる直前まで一緒に生活をしていた遺族であり、同時に加害者家族でもあるという複雑な立場に立たされ続けてきた。
お人形のような心愛さんの可愛らしさに、日本中から同情が集まる一方、心愛さんを死に至らしめた勇一郎受刑者には激しい憎悪が向けられてきた。
筆者のもとには、供養をしたいと「心愛ちゃんの写真を頂けないでしょうか」という問い合わせも度々寄せられ、なかには小児性愛を感じさせるような不快な男性からの連絡もあった。被害者・加害者双方への好奇の視線は遺族を悩ませ続けている。
ただでさえ残虐な事件。世間の人々には、心愛さんのご冥福を祈り、加害者の更生を静かに見守っていただきたいと願う。
※1 一定の期間を置きながら複数の殺人を行う「連続殺人犯」のこと
阿部恭子(あべ・きょうこ)
NPO法人World Open Heart理事長。日本で初めて犯罪加害者家族を対象とした支援組織を設立。全国の加害者家族からの相談に対応しながら講演や執筆活動を展開。著書『家族という呪い―加害者と暮らし続けるということ』(幻冬舎新書、2019)、『息子が人を殺しました―加害者家族の真実』(幻冬舎新書、2017)など。