山崎育三郎(35)が夏の甲子園の開会式で『栄冠は君に輝く』を独唱した。元・野球少年がミュージカル俳優となり、朝ドラ『エール』に出演。劇中でこの曲を歌ったことから実現したものだ。
そして、この日は彼の妻・安倍なつみの誕生日でもあった。モーニング娘。の初代メンバーとして16歳でデビューした“なっち”も40歳。時の流れにしみじみする人もいるだろう。
波乱万丈だった安倍なつみ
初期モー娘。といえば、クローゼット不倫の矢口真里をはじめ、何かと注目されるOGが多い。実は安倍もそうで、激太りが騒がれたり、交通事故を起こして書類送検されたりした。なかでも、2か月間の活動自粛という事態をもたらしたのが2004年の盗作騒動である。
その発端は、自身のエッセイ本などに掲載した詩が小室哲哉やaikoらの作品に似ていると指摘されたこと。本人も「昔から、自分で“素敵だな”と思った詩やフレーズをノートに書き留めて」いて「詩を書くときに、そのノートを参考にしながら書いたりして」いたとして、
「結果、人の詩やフレーズに勝手に手を加えた形で発表してしまいました。本当に軽率な行動だったと深く反省しています」
と、謝罪した。これにより、ユニット『後浦なつみ』として出場予定だった『紅白』も辞退することになる。
とはいえ、この騒動、彼女にとってはプラスの転機にもなった、というのが、なっち推し歴24年の筆者の見解だ。
その理由はまず、それまでの勝ち組っぽさがここでリセットされ、世間のやっかみ感情が薄まったこと。そして、これが本来「自信のない」タイプだった彼女にとって、自分を見つめ直すことにつながったのではということだ。
そもそも、芸能界に憧れたきっかけからして、中学時代に受けた「いじめ」だったりする。自殺も考えるほど悩んでいたとき、彼女はジュディマリの歌に励まされたのだという。
また、前出の激太りにしても、デビュー直後に始めた自分磨きのためのダイエットの反動だった。'03年のエッセイ本では、グループのエースだった時期について《自信のあるなっちはいなかった》《もう毎日の自分を保つのに、せいいっぱいせいいっぱいで》などと振り返っているほどだ。
実際、モー娘。が国民的グループに飛躍するのは、後藤真希が加入してからのこと。ダンスナンバー主体に快進撃を続けていくが、この路線変更についても「アベは踊りが得意じゃないんで」と消極的な発言をしていた。
そんな葛藤を経て、グループ卒業後はソロアーティストに転向。しかし、1年後に盗作騒動が起きる。彼女がますます自信を失ったことは想像に難くない。
ただ、これが芸能活動への謙虚さをもたらしたと考えられる。2011年にミュージカルで知り合った山崎に惹かれたのも、表現者として高く評価され始めた彼への尊敬が大きかったようだ。
'15年の結婚時には「彼の人生を支えることができるよき妻であることを何よりも心がけ」たいと宣言。子どもも2人生まれ、内助の功に徹している印象である。
もっとも、ここでまた勝ち組っぽさが強まると、世間のやっかみ感情も復活しそうだが──。表舞台への登場はほとんどないうえ、山崎が妻の話をまったく語らないことが幸いしている。出ない杭は打たれない、のだ。
次の参院選にまた出馬することを表明した市井紗耶香などは、見習ってみてはどうだろう。