行政書士・ファイナンシャルプランナーをしながら男女問題研究家としてトラブル相談を受けている露木幸彦さん。今回は、バリキャリ妻が夫との離婚を決意し、娘の親権を手放すに至った経緯を紹介します。
芸能人の離婚で夫が親権を持つケースが続出
7月に飛び込んできた「市村正親さん・篠原涼子さん夫婦」「有村崑さん・丸岡いずみさん夫婦」の離婚報道。どちらも「おしどり夫婦」として知られていたので驚かれた方も多いでしょうが、筆者が驚いたのは離婚自体ではなく、「子どもの親権」です。
前者の場合、父親である市村さんが親権を持つとのこと。報道によるとお子さんたちの年齢は13歳と9歳。一方、市村さんは72歳です。もともと25歳差の年の差婚とはいえ、現在、男性の平均余命は81歳(厚生労働省の2019年、簡易生命表)。仮に市村さんが81歳までお元気でも、まだ下のお子さんは18歳。心配は尽きないかもしれません。
次に後者の場合も同じく、父親である有村さんが親権を持つと発表されましたが、離婚の原因を作ったのは有村さん側。しかもラブホテルでのセクシー女優との密会をはじめ、女性問題といわれているのに、有村さんに子どもを任せても大丈夫なのでしょうか。さらに丸岡さんは結婚当時すでに41歳。流産、体外受精を経て、代理母出産をしてまで授かった子どもです。それなのに親権を手放すとは意外でした。
筆者は行政書士・ファイナンシャルプランナーとして夫婦の悩み相談にのっていますが、開業した17年前、母親が親権を放棄するパターンは決まりきっていました。たいていの母親は専業主婦で、弱気で声が小さく、低姿勢なタイプ。なぜなら、長年、夫のDVやモラハラ、兵糧攻め(生活費を渡さないなど)に苦しめられてきたからです。そして心身ともにボロボロになり、ついに我慢の限界に達し、家を出ることを決めるのですが、夫が「子どもを連れていったらタダじゃおかないぞ!」と脅しをかけてくるので、仕方なく自分ひとりで逃げ出すのです。
こうして離婚に至っても母親は子どもが手元にいないので不利な状況。何より夫への恐怖心に苛まれた結果、親権を失うのが典型的な流れ。つまり、親権を手放したくないけれど、そうするしかないという「消極的な選択」です。
しかし、最近は違います。親権を放棄する母親は責任ある仕事に就き、まとまった収入を得て、自分磨きに余念がない女性ということが多いです。そのため、親権と“その他”(仕事や趣味、遊びや友達など)を天秤にかけ、“その他”を取った場合、親権を手放します。もちろん、夫ときちんと話し合えば、もしくは家庭裁判所へ離婚調停を申し立てれば、親権獲得において母親のほうが圧倒的に有利。つまり、親権を取ろうと思えば取れるのに夫へ譲るので「積極的な選択」です。
そこで今回は母親が子どもの親権を父親に渡した事例を紹介しましょう。どのような事情で親権を失ったのでしょうか?
夫:晃(48歳・派遣社員・年収330万円)
妻:志保(46歳・会社員・年収950万円)☆今回の相談者
長女:真珠(9歳)晃と志保との間の子ども
絵に描いたように幸せな家庭に見えたが…
「本当にこれでよかったんでしょうか? 娘のことを思うと、今でも胸が苦しくなるんです」
そう複雑な心境を語ってくれたのは相談者の志保さん。どうして夫と離婚する際、かわいい盛りの娘さんを手元に置いておかなかったのでしょうか? 志保さんが筆者宛にLINEを送ってきたのは家庭内で居場所を失い、離婚が不可避な状況に追い込まれた今年2月のこと。
志保さん夫婦は結婚11年目。都心まで電車で50分のところに戸建てのマイホーム(住宅ローンは月10万円)を新築したばかり。外側から見ると、まるで絵に描いたように幸せな家庭のようでしたが、内側に入ると不幸せな家族だということがわかります。娘さんが小学校にあがると、早朝に送り出したり、夕方に学童へ迎えに行くのは夫が担当。しかも毎回です。筆者は「なぜなんですか?」と尋ねると志保さんは苦い表情を浮かべます。
志保さんは国家公務員として得意の英語を駆使し、日本のアニメを海外へ輸出する際、著作権に関するサポートをする仕事に就いていたのですが、相手先が海外です。時差の関係で出勤は早く、退勤は遅いので、娘さんの世話をするのは時間的に無理。一方、夫は介護施設の事務員ですが、派遣社員の立場なので残業はなし。そして職場まで徒歩15分なので、8時30分に家を出ればOKというのも幸いしていました。
「私がいないほうが二人にとっていいんじゃないか」
そして2020年2月、新型コロナウイルスの蔓延が始まり、志保さんは在宅勤務を余儀なくされたのです。筆者は「それなら娘さんの世話ができますね」と聞くと、志保さんは「それが……」と前置きした上で続けます。手慣れた様子で食事や着替えを用意し、ランドセルの準備をし、「気をつけてね」と声をかける夫の姿を見るたびに気後れしたそう。そして「私の出る幕はないわ」と躊躇(ちゅうちょ)したのです。すでにできあがった夫と娘さんとの関係を前に臆してしまったと話します。
さらに志保さんは家庭内で孤立していきます。2020年5月、志保さんの部署で感染者が発生したのですが、判明したのはたまたま志保さんが出勤した日。しかも、感染者は隣のデスクでした。濃厚接触者に認定されなかったものの、何があるかわかりません。志保さんは家族へ感染させないために2週間、ホテルに宿泊するという隔離を自主的に行ったのです。
筆者は「旦那さんと娘さんは上手くやれたんですか?」と質問すると、志保さんはまた「それが……」と答えます。隔離先で志保さんはどうしても娘さんのことが心配でした。そこで「様子はどう?」と尋ねると夫は「寂しがったりしていないよ」と返し、「元気にやっている?」と聞くと「何の問題もないよ」と答えるのです。志保さんは夫と娘さんの二人の生活が成り立っていることにショックを受けたと言います。
「むしろ私がいないほうが二人にとっていいんじゃないかって」
そして帰宅した志保さんは娘さんとの溝を埋めるべく、二人きりで再開したばかりのディスニーランドへ遊びに行ったそう。「今までごめんね」と謝る志保さんに対して、娘さんはよそよそしい態度で「早く帰りたい」とこぼすのです。もしかすると夫が志保さんの悪口、愚痴、不満を吹き込んだのかもしれませんが、志保さんは娘さんが夫側の人間だと感じざるをえませんでした。
追い打ちをかけたのは娘さんの何気ないひと言です。突然、「離婚するの?」と聞かれたそう。志保さんはただただ驚くしかありませんでしたが、志保さんは反射的にこう尋ねてしまいました。「もしそうなったらママとパパ、どっちと暮らす?」と。筆者はこのようなシチュエーションで子どもは大半の場合、母親を選ぶことを知っています。しかし志保さんによると、娘さんは「パパと暮らす」と答えたのです。ついに志保さんは娘さんが自分より夫との絆が強いことを確信したのです。
志保さんが親権を持てば、娘さんから父親を奪うことになります。もちろん、志保さんが親権を渡せば、娘さんは母親を失うことになりますが、どちらがいいのか。何回、何十回と自問自答しても頭が整理できず、筆者に助けを求めてきたのです。志保さんと筆者はLINEを十数回往復した末、最終的には親権を譲ることを決めたのですが、それは心理的な理由だけでなく、経済的な理由も大きかったのです。
妻が親権を持った場合、今の収入を維持できない
夫はもともと東大卒で大手製薬メーカーへ入社したエリートで、結婚時は釣り合いがとれた夫婦でした。ところが結婚2年目、夫は激務に耐えきれず、心身のバランスを崩し、休職せざるを得なかったのですが、志保さんはちょうど妊娠中。出産後、夫が退職したことで、志保さんが夫の看病と長女の育児を同時に行わなければならず、「気が狂いそうでした」と振り返ります。それから2年後、夫は定時で帰れる楽な職場がいいと今の仕事に就いたのです。学歴に見合わない仕事ですが、途中から夫が育児の役割を取って代わり、今に至ります。
そんなわけで夫は志保さんの年収(950万円)の3分の1(330万円)の年収しか稼いでいなかったのです。筆者は「娘さんのことを考えると、離婚するからといって環境を変えないほうがいいですよ」とアドバイスしました。娘さんが住み慣れた家、使い慣れた部屋、そして通い慣れた通学路と、気心の知れた担任と友達。それらを守るには今の家に住み続けるしかありません。
もし、仮に志保さんが親権を持った場合、現在の収入を維持できるでしょうか? 今まで夫が担ってきた家事や育児を一手に引き受けなければなりません。離婚しても「元夫婦」で家事や育児を分担するのが理想ですが、現実は違います。離婚後、籍を抜き、別々に暮らし、最低限の連絡しかとらない中、「元夫」がわざわざ手伝いに来るケースはほとんどありません。実際には「面会」という名のもとに毎月1回程度、子どもと会い、食事をしたり、買い物をしたり、公園で遊んだりするのが関の山。つまり、志保さんが親権を持った場合、現在の勤務形態を維持することは難しく、時短勤務へ移行するしかありません。
志保さんが試しに職場へ確認したところ、毎月の手取りは8万円も下がるそうです。そして今まで夫が負担していた食費(月5万円)も払わなければなりません。もちろん、夫に対して養育費を請求することは可能ですが、家庭裁判所が公表している養育費算定表にお互いの年収を当てはめると月2万円が妥当な金額です。養育費を決めるにあたり採用する年収は原則、今年ではなく去年です。筆者は「奥さんの年収は時短後ではなく前の数字を使うので、養育費はこんなに安いんですよ」と助言しました。
夫から少々の養育費をもらっても、収入減や支出増のほうが大きいので、今と比べて11万円もマイナスです。今の生活水準を維持するのは難しいでしょう。つまり、志保さんが親権を持った場合、買ったばかりの家を持ち続けることは難しく、離婚したら出て行かなければなりません。
「育てる自信がないよ」と弱音を吐く夫
一方、夫が親権を持つ場合はどうでしょうか? 志保さんは「真珠のことはあなたに任せたいの」と提案したのです。夫は志保さんからの打診を受け、てっきり諸手を挙げて喜ぶと思っていたのですが、そうでもなかったようで……。「俺の稼ぎを知っているだろう? 育てる自信がないよ」と弱音を吐いたのです。
同じ算定表を使うと妻から夫への養育費は月9万円が妥当な金額です。それを踏まえた上で志保さんが「養育費はちゃんと払うから」と言っても、夫は「今の生活を変えたくないんだ」と首を縦に振りません。「まさか娘さんの親権を譲り合うなんて……厄介者みたいな扱いじゃないか」志保さんからの報告を聞き、筆者は開いた口がふさがりませんでしたが、「旦那さんが気にしているのは住宅ローンでしょう」と言い当てました。
結婚生活のなかで食費以外はすべて志保さんが負担してきました。志保さんが出て行くからといって食費しか負担してこなかった夫がいきなり住宅ローンを返済するのは無理があります。しかも食費は志保さんがいなくなったからといって単純に3分の2になるわけではありません。
そこで志保さんが「それなら、いくら払えばいいの?」と投げかけると、夫は「ローンを払ってくれるなら」と言い出したのです。住宅ローンは月10万円。養育費と合わせると月19万円なので大きな負担です。もし、この条件に応じた場合、志保さんの手元に残るのは新卒の月収程度。筆者は「離婚後、ご実家に戻らずにひとりで暮らすなら、ほとんど手元に残りませんが、それでもいいのでしょうか?」と念押ししました。
しかし、すでに夫婦の溝は修復困難で離婚が確実なため、娘さんに今の家を残してあげるには、夫が親権を持ち、志保さんが夫の言い値を払うしかありませんでした。さらに志保さんは家族の蓄えとして11年間かけて450万円を貯めてきたそうですが、「真珠のためなら」と月9万円の養育費、月10万円の住宅ローンに加え、この450万円も渡すことを約束したのです。娘さんを守るため、自らを犠牲にすることをいとわなかったのは勇気ある決断です。
親権と自分の人生を天秤にかける母親は増える
ここまで母親なのに離婚時、わが子の親権を手放したケースを紹介してきました。今まで子どもは何者にも代えがたい唯一無二の存在でしたが、今は違います。近年、女性の社会進出により、十分な収入と一定の貯金、そして仕事に対するやりがいやプライド、そして縦横の人脈を手に入れました。さらに男性の育児参加により、余った時間を趣味や美容、交友関係に振り分けることもできます。
全体でみると母親が親権を放棄する割合はわずか10%に過ぎません(2019年度の司法統計、離婚の調停や審判において定める親権者は夫が1,727件、妻が17,358件)。もし、夫との離婚を避けられなくなった場合、仕事や趣味など“その他”の部分を維持しつつ、子どもの親権を獲得し、どちらも両立することができればいいでしょう。
しかし、両立できなかった場合、どちらを取るのかを検討しなければならず、その結果、親権をあきらめる母親が増えても不思議ではありません。子どもの親権と母親の人生が比較される対象になったのは確かなので、離婚時にまた新しい悩みが増えたと言えます。ただし、親権を手放しても、子どもの親としての役割をきちんと果たすことは決して忘れてはいけないでしょう。
露木幸彦(つゆき・ゆきひこ)
1980年12月24日生まれ。國學院大學法学部卒。行政書士、ファイナンシャルプランナー。金融機関の融資担当時代は住宅ローンのトップセールス。男の離婚に特化して、行政書士事務所を開業。開業から6年間で有料相談件数7000件、公式サイト「離婚サポートnet」の会員数は6300人を突破し、業界で最大規模に成長させる。新聞やウェブメディアで執筆多数。著書に『男の離婚ケイカク クソ嫁からは逃げたもん勝ち なる早で! ! ! ! ! 慰謝料・親権・養育費・財産分与・不倫・調停』(主婦と生活社)など。
公式サイト http://www.tuyuki-office.jp/