※画像はイメージです

 10月1日からのたばこ税増税によるたばこの値上げが話題だ。2018年から始まった段階増税の最後の回となる。

1,000本あたり15,244円と昨年10月に値上げされた14,244円から1,000円の引き上げとなり、1本あたり1円、通常の1箱20本入りなら単純に20円の値上げとなる。

35年間でたばこ価格は約3倍に

 例えば、現在1箱540円のメビウス(旧マイルドセブン)は、2003年7月に270円になってから20年弱で約2倍となり、今回の値上げで580円となる。35年前は200円だったことを考えると、およそ3倍という価格に大きく近づくことになった

 35年間の値上がり分の約6割強は増税分。そもそもたばこの価格の大半が税金で占められているのはご存知だろうか。

 メビウスでいえば今回の増税の結果、1箱580円のうち305円、60%以上を税金として支払っていることになる。

 数十年にわたり段階的に引き上げられてきたたばこ税。さぞ税収が高くなっているのだろうと思いきや、実はそうではない。

 たばこ税はここ30数年間、おおむね2兆円前後で推移している。税金は高くなっているのに、税収が増えていないのは、喫煙者の減少が原因だ。

喫煙率、たばこの販売本数、販売金額ともにここ30年で大きく減少した(データ出典:厚生労働省、日本たばこ協会の各Webサイト)

 厚生労働省の成人喫煙率調査では、平成元年、55.3%だった男性の喫煙者は令和元年までのおよそ30年間で27.1%、半分にまで減少した。

 それなのに、税収は下がってはおらず、ほぼ横ばいで推移している。つまり、吸い続けている人の単純な負担増となっている。

たばこ税の税収額の推移。2兆円前後で推移しているのがわかる(データ出典:財務省Webサイト)

 税収2兆円は東京オリンピック・パラリンピックの予算と匹敵し(公式発表による予算は154億ドル(約1兆7000 億円)だが、日本の会計検査院によると、総支出額は200億ドルを超えている)、その規模は決して小さいものではないことがわかる。

財政と社会に貢献するたばこ税

 2兆円規模の税収を誇るたばこ税はいったい何に使われているのだろうか。

 たばこ税は、(1)国税、(2)地方税、(3)特別税の3つに分けられ、国税と地方税では「一般財源」として徴収されている。

 一般財源は、国や地方自治体が自由に使える税金のことで、その使途は多岐に渡る。その他の税金も一般財源とされることが多いため、たばこ税だけがというわけではないが、その恩恵は喫煙者・非喫煙者に関わらず社会保障や公共サービスの充実など“知らないところで”享受されていることが少なくない。

 具体的にたばこ税が非喫煙者にも目に見える形で使われた例としては、消費税の軽減税率だ。10%に引き上げられた消費税のうち、食料品などの一部商品は8%据置となった。その差2%の穴埋めの一部としてたばこ税から2360億円が使われている。

 これだけを見ても、たばこ税は吸わない人の生活の向上にも役立っているということがわかる。

 ただ、だからと言ってたばこ税の税率を闇雲に上げていっては、喫煙率はどんどん下がり、いくら税率をあげたとしても2兆円という税収は確保できなくなっていくだろう。

 もし、たばこ税がなくなってしまったら、国民の税負担は増えるのだろうか。経済評論家の森永卓郎さんに聞いた。

森永卓郎氏

「約2兆円の税収がなくなってしまうのは国としても痛手です。昨年の税収がおよそ60兆円ですから、たばこ税はそのうちの3%ほどを担っていることになります。簡単に穴埋めするのなら、消費税でしょう。昨年の消費税収は20兆円ほどですから、1%増税すれば2兆円の穴埋めはできるということになります。ほかにも所得税だったり、酒税やガソリン税値上げで不足分をまかなう、ということになるかもしれませんね」(以下カギカッコ内は森永さん)

 さらに、たばこ特別税の負担も、たばこが無くなると国民全員に負担がいく可能性もある。

「たばこ特別税は、利子も含めた旧国鉄の債務約28兆1千億円と、国有林野事業特別会計の負債3兆8千億などの債務処理のために課税されているものです。国の事業の負債を、喫煙者に払わせているんですよ

 いまだに旧国鉄の債務は16兆2,628億円(令和元年時点)、国有林野事業特別時会計の負債は1兆 1,866 億円(令和2年時点)が残っていると財務省が発表している。

経営破たんした国鉄の長期債務の一部をたばこ特別税として負担している ※画像はイメージです

この負債もたばこ税がなくなったら、他の税金の値上げなどで国民全員が負担することになる可能性が高いと思います

 たばこ税と同じく個別に税金がかかる商品と比べても、アルコールにかかる酒税は最高でもビールが50%弱、ウィスキーは約30%、日本酒などの清酒は10%ほど。ガソリン税も1リットルあたり60円弱。時期や地域によって価格変動があるものの、ガソリン価格はここ数年1リットルあたり120円を下回ることはほぼないため、負担割合として50%を超えることはまれだ。

 たばこ税は間接税の中でもダントツの税率であり、喫煙者はそれだけ納税をしているということになる。

コロナ禍+五輪で喫煙者はますますのけ者に

 ところが、喫煙者は一層肩身の狭い思いを余儀なくされている。

「オリンピック招致決定に伴い、国は健康増進法を改正し、メーン会場となる東京都では『東京都受動喫煙防止条例』を制定しました。これによって、公共性の高い施設は敷地内禁煙、喫茶店やレストランなどの飲食店も原則禁煙となり、たばこを吸うことのできる場所、空間は東京を中心に急速に減っていきました

 ただでさえ少なくなっていた喫煙空間に追い討ちをかけたのがコロナウイルスの流行だ。密な空間は避けるべきとされ、駅前やビル内などに設けられていた喫煙所が次々と封鎖されていった。緊急事態宣言を機に再開の時期を決めずに閉鎖され、宣言解除後もそのまま利用が再開されない喫煙所も多い。

コロナ禍で密を避けるため閉鎖される喫煙所 ※画像はイメージです

 喫煙所が減ったこと、またコロナ禍でテレワークが推奨されたこともあり、在宅率が上がったことから、外では吸わず、家で吸う喫煙者も増えたが、集合住宅ではたばこのにおいや煙が隣人トラブルの原因になることが以前から多く、また家族が非喫煙者だったり、小さい子どもがいたりする環境では家で吸うことも決して好ましいとは言えないだろう。

 さらに喫煙所が減ったことで新たな問題も起こっている。一部のマナーの悪い喫煙者が、自宅や勤務先、閉鎖された喫煙所などの周辺で路上喫煙をし、吸い殻のポイ捨てが目立つようになったことだ。数少ない喫煙所も、そこに人が多く集まってしまい、密状態になるなどの感染症対策の面でも問題が持ち上がっているほか、喫煙所に入り切らない人達が喫煙所の外で喫煙をしてしまい、受動喫煙や周辺環境の悪化を加速してしまっている事例も見受けられる。

 SNSでは、そうした一部喫煙者のマナーに対し否定的なコメントも多いが、一方で、こうした喫煙環境を鑑みて「喫煙所が少なすぎる、もっと設置すべきだ」という意見がたばこを吸わない人からも増えてきている。

「たばこ税」を使って吸わない人との共存を考える

 喫煙者のマナーの問題も大きいが、喫煙所の閉鎖・撤去は路上喫煙やポイ捨てを助長してしまう可能性が高い。少なからず税で全体に貢献する喫煙者に対し、やみくもに喫煙所をなくし、喫煙者を社会からすることが社会の方針として、はたしてベストの策だといえるのだろうか。

とにかく分煙を徹底することが大事だと思います。現状の健康増進法では、例えば飲食店では食事する席でたばこを吸うことが許されていない。喫煙者専用の喫茶店があったりしますが、そういった取り組みがもっと増えてもいいと思います。吸わない人がにおいや受動喫煙などの迷惑を被りたくないというのは理解できるが、そういった空間から喫煙者を排除しようとする動きは、ある意味では差別とも言える。お互いが不快な思いをしないような社会を作っていくためにも、きちんと議論をする必要があるんじゃないかと思っています

 駅前などの単に「たばこを吸える場所」として区切ってあるだけの喫煙所は、パーテションの隙間や開放されている情報から煙やにおいがもれ、以前から非喫煙者にとって苦痛の種となっていたことは否めない。しかし、分煙を徹底するために排煙や換気がしっかりとしている喫煙所を設置するには、ただ区切られた喫煙所を作るよりも余計に費用がかかる。

「そういったことに税金を投入すればいいと思います。たばこ税の全額をただ自由に使える一般財源としてだけでなく、喫煙者に還元できるよう、目的税とすればいいんです

 目的税とは、あらかじめその使い道を特定した上で課税する税金のこと。かつてガソリン税や自動車重量税が「道路特定財源」として高速道路網や一般道の整備に使われていたように、たばこ税も喫煙者に還元できるような施設や設備を設置するための税金として使われれば、結果的にたばこを吸わない人にも還元できるという。

 折しも令和3年度税制改革大綱では「望まない受動喫煙対策の推進や今後の地方たばこ税の継続的かつ安定的な確保の観点から、地方たばこ税の活用を含め、地方公共団体が駅前・商店街などの公共の場所における屋外分煙施設等のより一層の整備を図るよう促すこととする」と前年度(令和2年度税制改革大綱)に続き地方自治体に喫煙所の整備を促す内容が盛り込まれている。

例えば換気や排煙の設備がしっかりとなされたコンテナ型の喫煙所などを設置するための財源として使われれば、受動喫煙も防止できます。たばこを吸う人は決められた空間で人目を気にせず、リラックスしてたばこを吸うことができるし、たばこを吸わない人はにおいや煙を気にしなくてよくなる。結果的に分煙の環境が向上し、吸う人吸わない人、お互いがもっと暮らしやすい社会になっていくと思うんです

コンテナ型の喫煙所で徹底した分煙をすれば、吸わない人へのメリットにもなる ※画像はイメージです

 どうすれば喫煙者と非喫煙者がもっと共存しやすい社会を作っていけるのか、たばこを吸う人と吸わない人が意見をぶつけ合い、断絶や拒絶ではなく、お互いを尊重し、協調できる社会の実現を、税金の面からもいま一度考えていくべきではないだろうか。