SNSで蔓延する盗撮アカウント

 佐賀県の商業施設で、女性のスカートの中にカメラ付き腕時計を差し向けて盗撮した疑いで57歳の無職男性を逮捕。愛知県の31歳の小学校教師が、授業中にしゃがんでいた女子児童をスマホで盗撮していたことが発覚して懲戒免職。京都府で開催された高校生の陸上競技大会で、女子選手の下半身を盗撮した疑いで47歳の会社員男性を書類送検。熊本県の41歳の郵便局員が、職場の更衣室に録画状態のスマホを置き、同僚女性の着替えを盗撮した疑いで逮捕……。

 これらはすべて、ここ10日あまりの間に報道された盗撮事件の一部だ。ネットニュースを検索すると、ほぼ毎日のように盗撮で誰かが逮捕されていることがわかる。実は、盗撮の検挙件数は平成22年の1741件から令和元年の3953件と、この10年で倍増(警視庁生活安全局調べ)。痴漢に次ぐもっとも身近な性犯罪なのである。

盗撮の実態に初めて迫った 

 そんな盗撮が、実はアルコールや薬物、ギャンブル依存症と同じく、やめたくてもやめられない「依存症」の一種だと語るのは、先頃『盗撮をやめられない男たち』(扶桑社)を上梓した大船榎本クリニック精神保健福祉部長の斉藤章佳氏(精神保健福祉士・社会福祉士)だ。アジア最大の依存症治療施設である榎本クリニックで、これまでに2000人以上の性犯罪加害者の治療に携わり、代表作である『男が痴漢になる理由』(イースト・プレス)、『小児性愛という病-それは、愛ではない』(ブックマン社)などの著書でその実態に迫ってきた。

 盗撮をはじめ、痴漢や下着窃盗といった性犯罪は、得てして被害者である女性にばかり自衛策や注意喚起が求められたり、「男はスケベでしょうもない生き物だから」といったノリで軽く扱われたりと、加害者の存在が透明化されがちだ。しかし本書では、521人の盗撮加害者へのヒアリング調査を分析するなど、徹底して盗撮を「加害者側の問題」として取り扱い、その犯行の実態や、動機などの加害者心理、行動依存としてのメカニズムを解き明かしていく。

 なかでも興味深いのは、実際の盗撮加害者へのインタビュー取材が収録されている点。クリニックで性犯罪の再発防止プログラムを受講し、今も性依存症からの回復への取り組みを続ける彼ら。その口から語られる経験や現実の歪んだとらえ方(認知の歪み)は、性依存症を理解するうえでの貴重な証言となっている。

Hさん(仮名・50歳)の場合

 妻と娘2人を家族に持つ営業職のHさん(仮名・50歳)。ごく普通のサラリーマンだった彼が盗撮に手を染めたきっかけは、営業先でスマホに入っている「無音アプリ」の存在を知り、興味本位でダウンロードしたことだったという(以下、加害者の発言はすべて『盗撮をやめられない男たち』より引用)。

Hちょうど7年前、ジョギングをしているとき、前を走っている女性のタイトなジョギングウェアのお尻に目がいってしまい、つい試しに無音アプリを試してみたらうまく撮れてしまったんです。後ろ姿なのでバレることもありませんでした」

 著者の斉藤氏いわく、盗撮を始めるきっかけの多くは、Hさんのように興味本位の軽い気持ちから。世間でよくイメージされるような「性欲が抑えきれなかった」といった動機は、実は少数派なのだとか。しかし、そこでなんらかの達成感や充実感を脳が学習してしまうと、やがて盗撮行為に耽溺(たんでき)していき、次第にやめられなくなっていくのだという。

 Hさんも、成功した達成感が罪悪感を上回り、やがて通勤中の電車内でも女性のお尻やスカートの中を狙って盗撮を繰り返すようになった。

H「仕事でイライラすることがあったときやヒマなときも盗撮したくなっていました。特に、ぽっかり空いた時間がいちばん危ないんですよね。日曜はヒマで時間を持て余していたので、お酒を飲んで気分を高揚させてから電車に乗って、下着の見えそうな女性の前に座るという行動を繰り返していました」

 このように、盗撮をはじめとする性依存症は、性的な快感にハマって依存するというよりも、日常のストレスやむなしさといった苦痛から、一時的に逃れるための手段として耽溺していくのが特徴。「仕事で嫌なことがあったとき」「お酒を飲んで気が大きくなったとき」など、特定の状況が犯行のトリガー(引き金)になることも多い。

 結局、Hさんは最初に盗撮に手を染めてから5年後、犯行を目撃していた人に取り押さえられ逮捕される。しかし起訴はされず、弁護士を経由して示談金70万円を支払った。

 これは盗撮の示談金としてはかなり高額なほう。初犯なら大抵は10〜30万円の示談金で解決できてしまい、起訴されることはまずない。たとえ起訴されても執行猶予がついたり、罰金刑などの略式命令で刑事手続きが終わることが多い。そのため、懲りずに再犯を繰り返す人が後を絶たないのだという。

盗撮や痴漢は「依存症」

 示談が成立した後、Hさんは弁護士に紹介されて榎本クリニックを受診した。

H 「警察や弁護士から“絶対に病気だから専門病院に行け”と強くすすめられて。榎本クリニックで専門の再発防止プログラムを受けて、自分の認知の歪みに気づきました。以前の自分は“撮った画像をネットに上げるわけでもなく自分で楽しんでいるだけだから、人には迷惑をかけてない。相手を傷つけているわけではないから何をしたっていい”と思い込んでいたのですが、そうではないことにはっきりと気づけました」

 性依存症には適切な治療が必要であり、残念ながら刑罰を課したり反省を促したりするだけでは再犯を防ぐことはできない。にもかかわらず、Hさんのように最初の逮捕を機に治療につながるケースは、実際には珍しいのだとか。

 そんな彼ですら、最初の犯行から受診につながるまで5年もかかっている。その間、被害者が毎日のように生まれ続けていたと考えると、盗撮がいかに暗数(主に犯罪統計において、警察などが認知していない実際の発生件数のこと)の多い性犯罪であるかがうかがい知れるだろう。

 Hさんは、クリニックを受診して2年以上経つ現在も、再発防止プログラムを継続して受講している。

H「今は、トリガーになるような性的な雑誌や動画は見ないようにしています。お酒もトリガーになるので外では飲まないようにし、家にいるときも妻が夜勤でいないときは禁酒しています。

 また、ヒマになってしまうのもいけないので、スケジュールをしっかりと組むようにしました。特に以前は日曜がヒマだと盗撮に出かけてしまっていたのを、今はペースはゆっくりですが1日8時間ほどかけてジョギングするようにしています

 通常の感覚だと、「つべこべ言わずに盗撮なんて今すぐやめろよ」と思ってしまうが、一度盗撮に依存してしまった人にとっては、盗撮をしなくても済む習慣を身につけ、盗撮したくなってしまったときどう具体的に対処するか決めておくなど「盗撮のやめ方」を学び、自分の行動やリスクを管理するためのプログラムが不可欠なのだ。

Oさん(仮名・45歳)の場合

 本書には、もう1人の盗撮加害者が登場する。メーカー勤務の会社員だったOさん(仮名・45歳)だ。彼は17年前に盗撮行為を始めてから、なんと3度の逮捕と2度の懲役刑を受けている。

 もともと盗撮系のアダルトビデオを好んで見ていた彼は、自分でも撮ってみたい欲求に駆られ、大型ショッピングモールや書店などで、靴に小型カメラを仕込み女性のスカートの中を撮影するようになった。

O「盗撮しているときは悪いことをしているとわかっているのですが、それよりも盗撮したいという気持ちのほうが上回って感覚がマヒしている状態でした。そして、週に一度だった盗撮の頻度がどんどん増えてほぼ毎日になっていったので、“あれ? これはちょっとおかしいな”“自分で行動をコントロールできなくなってきているな”と気づきました。でも、もうそのときには、意志の力ではやめられなくなっていたんです」

 盗撮の反復性・常習性の強さを端的に表した発言だ。「何か自分の中で大きな不思議な力が働き、誰にもできないことが自分にはできるという高揚感や全能感のようなものが芽生えていました」という言葉からも、盗撮が単なる性欲に由来するものではなく、支配欲や承認欲求に駆られてハマっていくものであることがわかる。

 31歳で最初の逮捕をされた彼は、初犯としては珍しく起訴され裁判となり、懲役1年・執行猶予3年の判決を言い渡される。しかし、その執行猶予期間中だった33歳のときに再犯してしまい、2度目の逮捕。結果、1年3か月の実刑判決が下されて服役することになる。

 出所後は、榎本クリニックで再発防止プログラムを受け、順調に回復への道を歩んでいるかに見えたOさん。盗撮行為の代わりに打ち込める健全な趣味を作ろうと地元のダンスサークルで活動を始めるが、そこに思わぬ落とし穴が待っていた。

カメラを壊して「やめ続ける」しかない

『盗撮をやめられない男たち』(扶桑社)※記事内の画像をクリックするとAmazonの詳細ページにジャンプします

O「そのダンスチームでは、練習や大会のたびにメンバー同士で記念撮影をして、それをLINEのトークグループで共有する習慣がありました。私は、スマホを持ったらそれが“再発(リラプス)”のトリガーになるだろうという自覚があったので、あえてカメラ機能のないガラケーを使っていたんです。

 でも、メンバーはもちろん私が盗撮加害者だったことを知りません。“なんでこの人、今どきガラケーなんだろう”と思われるのが気まずかったし、何よりせっかくメンバーとして認められたチームで、私も写真を撮ったり撮られたりして、もっとみんなとつながりを深めたいと思ってしまったんですよね」

 サークル活動の仲間ともっと交流したい。そんな純粋な思いから、ついカメラ付きのスマホを購入してしまったOさん。これをプログラムでは、リスクが高まりやすい条件のひとつである「一見重要ではない決定」と呼んでいる。タイミングの悪いことに、最初の服役を機に転職した職場がかなり劣悪な労働環境で、仕事にストレスを抱えていたことも災いした。

O「気がついたら、動画モードをオンにしたままエスカレーターに乗り、女性のスカートの中を撮影していました」

 こうして39歳で実に3度目の逮捕。10か月の実刑判決を受けた彼は、41歳で出所して現在に至る。「理解されないかもしれませんが、本当にやめたいけどやめられない状況でした。もう自分でもどうしていいかわからなくなっていました」と語る切実な口ぶりからも、依存症がいかに深刻な病かがわかるだろう。

 実際のところ、依存症の治療過程で「再発」はつきものだという。このようにトライ&エラーを繰り返しながら、依存症に「完治」はないことを受け入れ、1日また1日と「やめ続ける」ことにしか回復への道はないのだ。

O「あれ以来携帯電話をスマホからガラケーに戻して、万が一、盗撮したくなったときのためにカメラのレンズを壊してコーティングしています。これで、カメラを起動しても撮ることができません。周りから“今どきガラケーなの?”といじられた場合は、“ゲームに課金しすぎちゃってガラケーに戻した”と言い訳するようにしています」

 一度依存症になってしまったら、そうまでしないと「やめ続ける」ことはできないのである。

* * *

 もちろん被害者の感情に寄り添えば、「性犯罪者は二度と塀の中から出てくるな!」と思うのももっともだ。

 だが、彼らも自ら望んで性依存症者になったわけではない、と本書の中で斉藤氏は述べる。言い換えれば、私たちもふとしたきっかけで、いつ盗撮や痴漢などの犯罪行為にハマってしまうかわからないのだ。そこに依存症の真の恐ろしさがあるといえる。

 だからこそ、私たちは性犯罪や性依存症のメカニズムを正しく理解し、その治療や回復、あるいは予防や再犯防止に社会全体で取り組む必要がある。いわば本書は、盗撮という身近にある性犯罪を通して、この社会が抱えているより大きな問題を提示しているのである。

福田フクスケ(ふくだ・ふくすけ)
編集者&ライター。週刊誌の編集を経て現在は書籍編集。またライターとして田中俊之・山田ルイ53世『中年男ルネッサンス』(イースト新書)、プチ鹿島『芸人式新聞の読み方』(幻冬舎)、松尾スズキ『現代、野蛮人入門』(角川SSC新書)などの構成に参加。雑誌『GINZA』で連載コラムも。Twitterやnoteにて、恋愛・セックス・ジェンダー論の発信もしている。