“猿ドン”という言葉をご存じだろうか。数年前流行した、男性が壁際にいる女性に対し“ドンッ”と手をつき迫る胸キュンアクション“壁ドン”ではない。
フジテレビで8月21日に放送された番組『芸能人が本気で考えた!ドッキリGP』で行われたドッキリだ。
“猿ドン”への批判が殺到
「番組は東野幸治さんがMCを務め、Sexy Zoneの菊池風磨さんらがドッキリクリエイターとして出演。“猿ドン”は、ニホンザルを使ったドッキリで、タレントが歌唱中のところを背後からサルが飛びかかるというもの。21日の放送では、韓国のオーディション番組の合格者で結成されたアイドルグループ『JO1』の河野純喜さんが猿ドンされました」(スポーツ紙記者)
『JO1』のデビューは'20年と、これから人気が加速していくだろうグループ。テレビ露出自体を喜ぶファンも多かった。その一方で……。
「ファンの方が露出を喜ぶのはもっともですが、動物の研究者、そして一般の方などから批判の声も上がりました。それは“動物を使ってのドッキリ”という部分です」(動物愛護団体職員)
《猿に人を攻撃させてその様子を楽しむ…?見ている人、楽しいの?》
《人に危害を加えることのないように細心の注意を払っているのに、人への攻撃を指示するなんて。しかも動画を見ると事故一歩前です》
《パニックになって叫んだ人にストレスを感じた生き物が襲ったり怪我させる危険性もあるし本当に良くない》
ネットではこのような声が散見された。
今回だけでなく、これまでの放送回を確認すると、サルは背後から“飛び蹴り”のような形で飛びかかり、それを知らされていないタレントは突然の背後からの衝撃につんのめるようになり、歌唱中ということもあり、マイクに激突しているような回もある。数メートル離れた場所からの飛び蹴りの衝撃は相当ではないだろうか。
「このような番組での野生動物の利用は不適切だと考えます」
ニホンザルなどの霊長類を研究する神戸大学の清野未恵子准教授は今回のサルドッキリについてそう話す。
サル保有のウイルスが感染することも
「近年、ニホンザルによる農作物食害や家屋侵入など人間の生活エリアへの出没が相次いでメディアで取り上げられ、ニホンザルに対する“恐怖”や“嫌悪”といった感情を抱く方々がおられ、ニホンザルを捕獲・殺傷することを望む声があります。
一方、信仰の対象とされ、大事にされてきた文化があります。ニホンザルとの適切な距離を保ってニホンザルも人間も住み続けられる社会を創ることが現代の日本人に課せられた課題です。
ニホンザルが攻撃的であるかのような映像を用いると“ニホンザルは怖い、危険、危ない”といった印象を持たれてしまったり、特に農村など近くにニホンザルがすんでいるエリアにお住まいの方々は、映像のようにニホンザルが飛び蹴りするのではないかと勘違いされるかもしれません。ニホンザルに対する誤った認識を誘発してしまう点が問題だと思います」(清野准教授、以下同)
また、ニホンザルには特有の“ウイルス”があるという。
「ニホンザルは『Bウイルス』を保有しています。これはニホンザルが保有する分には問題はありませんが、人に感染すると、重い中枢神経感染症性疾患(Bウイルス病)を発症することがあります。
猿回しのプロの方が監修されているので問題はないかもしれませんが、“知らない人間に飛びつく”という行為をする流れでサルの攻撃性が刺激され、噛んだりする行為が引き起こされたとすれば、ウイルスに感染する危険もあるかと思います。
躾の行き届いたニホンザルを今回のイベントに用いていると思われますが、ニホンザルが予想もしない行動をとる可能性もあり、撮影に際して、(調教師であるプロは)不安な気持ちもあったかと思います」
日本のバラエティーは動物を番組に使い続けており、サルだけでなく、それが批判されることも多々ある。
「ニホンザルは何の理由もなく人間に飛びかかったり襲ったりする動物ではありません。ほかの動物についても、自身に危険が及ばない限りは向かってこない。ニホンザルを含む野生動物に対する誤った印象を植えつけてしまいます」
該当箇所だけ“全カット”の謎
『ドッキリGP』を放送したフジテレビは、サルについては“前科”がある。'13年まで同局で放送された“相反する「絶対に○○なもの」同士を戦わせて決着をつける”人気番組『ほこ×たて』。'12年10月21日放送回での、“サル対ラジコン”。
これについて番組出演者が、《猿がラジコンカーを怖がって逃げてしまうので、釣り糸を猿の首に巻き付けてラジコンカーを引っ張り、猿が追い掛けているように見せる細工をしての撮影でした》と告発。動物虐待とヤラセが報じられ、局側は事実を認め、結果的に打ち切りに。
「8月24日に、放送倫理・番組向上機構『BPO』は、“痛みを伴うことを笑いの対象とするバラエティー”について審議入りすることを決めました。“出演者に痛みを伴う行為を仕掛け、それをみんなで笑うような、苦痛を笑いのネタにする各番組”に批判が集まっているそうです。
批判の1つに“男性芸人の下着にハッカ液をぬり悶え苦しませる”ドッキリがありましたが、これは『ドッキリGP』ですね。動物に飛び蹴りさせるのも、“痛みを伴う”笑いだと思うのですが……。
また不思議なのは、現在民放番組は基本的に放送後から1週間『TVer』で見逃し配信されますが、“猿ドン”該当箇所だけなぜか全カットになっているんですよね。残したくない理由でもあるのか……」(テレビ誌ライター)
“猿ドン”やBPO、見逃し配信について、フジテレビに問い合わせたが、以下のみの返答だった。
「制作の詳細はお答えしておりませんが、専門家の指導を受けながら安全対策に配慮して制作しております。BPO青少年委員会の審議に関しては、今後の推移を見守っていく所存です」(広報局)
動物との共生は、古くから問われてきた問題だ。ここで言う“共生”は決して一緒にバラエティー番組に出て、笑いのために攻撃させることではないだろう。