東京・中央区の晴海選手村はパラリンピック閉幕3日後のきょう9日8日に閉村する。海外161か国・地域と難民選手団のアスリートは順次帰国の途についており、選手村のベランダにいくつも掲げられた各国選手団の国旗も閉幕翌日にはほとんど姿を消した。
期間中に訪れたときはポルトガル、中国、韓国、ギリシャ、キューバなどの旗が潮風にたなびき、無観客で自国開催感がわかないパラリンピックをほんの少しだけ身近に感じられたものだった。
大会関係者は、
「国旗がはずされ、選手が村を去って、終わったなあという寂しさが込み上げてきます」
としみじみ。
しかし、通行規制が続く周辺道路の辻々に一眼レフカメラを構えた人がここにも、あそこにも。
僕が狙っているのは
どの国のどの競技のパラリンピアンを“出待ち”しているのか尋ねると、
「いや、パラリンピアンではないんです。選手らを乗せたバスが通るのを待っているんです。このあたりでカメラを構えているのはほとんどバスマニアだと思いますよ」
と意外な答えが返ってきた。
そう教えてくれた男性はカメラを手に、金網越しにうかがう選手村内のバスの動きから目を離さなかった。
そんなに珍しいバスが走っているのだろうか。
カメラを構えた別の男性は言う。
「僕が狙っているのは、地方から来た路線バスのバリアフリー改造車体やリフト付きの観光バスです。地方では車いすのまま乗車できるバスはまだまだ少なく、本来走っているエリアに遠征しても撮るのが難しい。パラリンピックのために一堂に集められたいまはチャンスなので全国からバスマニアが集まっています。バリアフリー車体がいちばんの狙いでしょうね」(千葉県の20代男性)
撮影した画像を見せてもらった。この男性の場合、東京都内を走っていることがわかるように地名表示板などを同時に映し込むアングルで狙っているという。大会期間中の雨の日も撮影に来たといい、カメラの中には地方から集結した色とりどりの大型バスが収められていた。
「バスは営業区分が決まっているため、地方のバスが都内を走っていることじたいあり得ない構図なんです」
と男性。
「共生社会」と「希少価値」
帰国ピークが過ぎた7日にはカメラを持つ人も減ったが、それでも辛抱強くシャッターチャンスを待つ人がいた。
「バスの往来はぐっと減りましたね。私はバリアフリーのバスのほか、いまでは走っていない旧式のバスを狙ってきました。全国からパラリンピックのためにかき集められているんです。特に乗降口に階段のないリフト式のバリアフリー車体は希少価値がある。持っている会社はそんなに多くないから」(都内の30代男性)
ちなみにバスマニアはパラリンピックに関心がないわけではない。前出の千葉県の男性は「車いすバスケの迫力に驚いた」と興奮。別のマニアは「マラソンには感動した」と話し、バスが好きなこととパラリンピックへの関心は共存している。
東京2020組織委員会によると、パラリンピックの選手や関係者の輸送用に確保されたのは、車いす対応のリフト付き観光バス約270台と、車いすのまま乗車できて座席がスライドして乗り移れる小型ミニバン150台、ほかに低床型路線バスなど。
国際パラリンピック委員会(IPC)がパラスポーツを通じて目指す共生社会の実現には、少なくともバスマニアがバリアフリー車体を「珍しい」と感じる現状を変えていかなければならない。
◎取材・文/渡辺高嗣(フリージャーナリスト)
〈PROFILE〉法曹界の専門紙『法律新聞』記者を経て、夕刊紙『内外タイムス』報道部で事件、政治、行政、流行などを取材。2010年2月より『週刊女性』で社会分野担当記者として取材・執筆する
※誤字を修正しました(9月8日19:30更新)