「仕事がなくなって、生活が不安です」
「ひとりぼっち。死にたい」
孤独や絶望を抱えた人たちの声が集まってくる「いのちの電話」。1953年にイギリス・ロンドンで自殺予防のための電話相談として始まった。日本でも'71年からスタート、現在では全国に50のセンターがある。相談員は全員がボランティアだ。
コロナ禍で休止“苦渋の選択”
そんな“命の砦”が今、危機に揺らいでいる。「三重いのちの電話」(以下、三重)は、今年の8月27日から相談を休止した。昨年4月に続き2回目だ。
「急激に新型コロナ感染者が増え、三重県でも再度、緊急事態宣言が出されました。“こういうときだからこそ頑張ろう”という声もありましたが、相談員の感染不安を考えて休止したのです。解除されたら、すぐ対応できるようにします」(事務局長の古庄憲之さん)
ほかのセンターもコロナ禍の影響により、今年は相談員の稼働数が例年より減少している。
「コロナで失業し、体調も悪い。助けも得られない。死にたい」と、20代男性から悲痛な電話が寄せられたのは「北海道いのちの電話」(以下、北海道)。'20年2月から、相談種別に「コロナ」を加えた。深刻な相談が集まる一方、対応できる数は限られている。
「去年の3月に緊急事態宣言が出され、稼働する相談員が半減しました」(事務局長の杉本明さん)
相談員のいるブースを限定し、部屋の一角には大型の空気清浄機を設置するなど感染対策を行っている。しかし、公共交通機関を利用する相談員には感染不安から通えなくなった人が少なくない。
「千葉いのちの電話」(以下、千葉)にも、「飲食店の売り上げが落ちて苦しい。死にたい」という女性から相談が寄せられている。失業や収入が減り困窮した人のほか、コロナ禍で外出が減ったためか、家族間のトラブルに悩む人たちが増えた。
事務局長の斎藤浩一さんはこう話す。
「相談者は女性が多く、なかでも50代が最多。気持ちや苦しさを受け止めることが相談支援の基本です。“誰かとつながっていたい”という人もいますし、“死にたい”と話す一方で気持ちが揺れている人もいます。死にたいと訴える人には、1時間でも2時間でも落ち着くまで話を聞くので、相談時間を一概に決めるのも難しい」
電話相談を受けるブースは感染対策で1席開け、1時間に1回の換気も怠らない。だが、それでも感染不安から稼働する人数は減った。「千葉」では最盛期に約350人の電話相談員が在籍していたが、現在は実働160人に減少。相談員の9割が50代~70代だ。高齢化が進み人手不足が問題となっていたところへ、コロナが拍車をかけた。
「活動を開始した1989年から24時間の相談体制を維持してきましたが、昨年4月17日から夜間の相談を休止しました。自殺を考えている人は明け方に亡くなるケースが多い。本来は途絶えることなく相談を受けるべきで、苦渋の選択です」(斎藤さん、以下同)
遠方から通ってくる相談員も多く、感染拡大が起きている地域で電車を乗り継ぐことはストレスになる。感染を心配した家族の反対で通えなくなった相談員もいる。
「電話が鳴ってもすべては取れないのが現状。救える命があったのではないかと思うと、もどかしいです。緊急事態宣言が解除されれば、徐々に24時間体制に戻したいと思っています」
「電話受けたくても受けられない」
相談員の稼働数減少は受信数の減少にもつながる。「北海道」では、'20年の受信数は1万3423件。月平均に換算すると1000件ほどになるが、3〜5月はそれを下回った。相談員を確保できなかったためだ。だが今年は1000件以上を維持している。
「シフトをあけないことが大原則です。24時間体制は死守しようと思っていますが、それでも、相談員を確保できない時間帯ができてしまっています。電話を受けたいのですが、受けられない状態のときもあり、10日に1日は維持できない状況です」(北海道・事務局長の杉本さん)
コロナ禍だったこともあり、昨年は相談員を募集しなかった。人手の確保は積年の課題でもある。相談員になるための1年8か月の研修期間を短縮できないか検討中だ。
「千葉」でも、受信件数が落ちている。'19年は1万7000件ほどあったが、'20年は1万767件と減少した。夜間の電話を取れなくなったことが大きい。
「千葉の場合、相談員は1年半の研修を経てようやく独り立ちします。時間がかかるうえ、コロナの影響で研修に通えなくなり、中断したり、途中でやめたりする人も出てきている。できるだけ多くの電話を取りたくても、しばらくは現状維持で精いっぱいです。ただ、県や市も(いのちの電話とは別に)相談窓口を置き、手分けして対応してくれています」(千葉・事務局長の斎藤さん)
警察庁によると、'20年の自殺者数は2万1081人。前年比で912人増えた。自殺者が増加に転じたのはリーマンショック後の'09年以来、11年ぶり。なかでも目立つのが若者や女性の自殺だ。
SNSや動画など、相談・PRに工夫
「いのちの電話」では、若年層の相談を受け入れたい思いがあるが、広報や相談体制が課題だ。
「北海道」は、札幌市内を拠点に活動するロックバンド「ナイトdeライト」とコラボレーションして、若者向けのメッセージ動画を制作し、DVDを4000枚作り、全道の中学・高校に配布した。また、バンドのメンバーに牧師がいることから、全国のミッション系の学校にも配布。動画制作にはクラウドファンディングを利用、完成したDVDを返礼品として送った。提供された楽曲はユーチューブで公開している。
こうした取り組みが地元メディアで取り上げられ、その影響か、今年の相談員募集には例年より多い50人ほどの応募があった。
「20〜30代の応募者も10人ほどいました。若い世代がこれほど応募してくるのは極めて異例で、研修では雰囲気が違いますね」(北海道・事務局長の杉本さん)
いかに若年層に相談を意識してもらうか。「茨城」では今年5月からLINE相談を始めた。受付時間は、第5週を除く日曜日の午後4時~7時50分と、第2火曜日の正午~午後3時50分。全国のセンターの中では初めての試みだ。1人1日1回、50分まで利用できる。
「若者の自殺が目立つ中で、若者に“電話してきてください”と言うのではなく、若者が日常的に使っているツールを利用しようということになりました。相談員の若返りも期待しています」(事務局長の多田博子さん、以下同)
若者の就労支援を行う「サポートステーション」やハローワークで広報したことで、LINE相談には5月末から8月までに35件の相談が寄せられた。
「自殺傾向がある人からの相談は、近年は8%でしたが、今年は11.8%と多くなっています。ただ、LINE相談では少ないですね。初めて連絡したという人や、“電話相談にかけたけれど、つながらないからLINEにアクセスした”という人もいました」
また「茨城」では、既存の電話相談員から希望者を募り、厚生労働省や行政などがSNS相談を委託しているNPO法人「東京メンタルヘルススクエア」で研修を実施。インターネット相談をしているNPO法人「OVA」の講演も開いている。
「広報が十分ではないので件数は少ないですが、相談にLINEという窓口が増えるのはいいことだと思います」
コロナ禍という逆境の中にあっても、「いのちの電話」はさまざまな方法で悩める人々に寄り添い続けている。
各地の相談先は「日本いのちの電話連盟」ホームページhttps://www.inochinodenwa.org/lifeline.phpに掲載。
「日本いのちの電話」では毎日午後4時~9時、また毎月10日は午前8時~翌11日の午前8時まで、0120-783-556で相談を受け付けている。