行政書士・ファイナンシャルプランナーをしながら男女問題研究家としてトラブル相談を受けている露木幸彦さん。今回は、酒癖の悪い夫に愛想を尽かした妻が離婚を決意、養育費確保のためにとった秘策を紹介します。
相性最悪の配偶者でも「いたほうがマシ」
突然ですが、質問です。新型コロナウイルスの影響で離婚は増えたでしょうか? 減ったでしょうか? 正解は「減った」です。まずは論より証拠。8月24日に公表された統計(厚生労働省の人口動態統計)によると、コロナが発生する前の2019年の離婚は20.8万組。一方、コロナが発生した後の2020年は19.3万組。
もちろん、減少の理由はウイルスのまん延だけとは言いきれないでしょう。しかし、想像してください。もしウイルスに感染し、重症化し、高熱にうなされ、呼吸が苦しく、立ち上がれない状態になったとき、配偶者と離婚してひとり暮らしだとしたら……病院に連れて行ってもらうことも、薬局で解熱剤を買ってきてもらうことも、そして119番をしてもらうこともできないので絶望的です。
しかも8月以降、自宅療養中の現役世代(20~50代)が亡くなったというショッキングなニュースが相次いでいます。そんな報を耳にしたら、どうでしょうか?
もし、気に食わないことだらけ、口を開けば不満ばかり、ついつい外で悪口を愚痴ってしまうような相性最悪の配偶者でも「まだ、いたほうがマシ」でしょう。そんなふうに夫婦が不仲なのに、思いとどまった「離婚待機組」が統計に反映されているのではないでしょうか。それでも離婚に踏み切ろうとするのは「よほど」の事情があるに違いありませんが、今回の相談者・祥子さんはそんな1人です。「あいつはいないほうがマシなんです!」と声を荒らげます。
夫:信也(38歳・会社員・年収750万円)
妻:祥子(36歳・会社員・専業主婦)☆今回の相談者
長女:麗美(10歳)信也と祥子との間の子ども
長男:玲央(8歳)信也と祥子との間の子ども
夫の父:光男(75歳・年金生活)
「本当はもっと早く、先生に相談したかったんですが、主人がコロナにかかって、家族が濃厚接触者になっちゃって……」
相談に訪れた祥子さんの第一声は謝罪だったのですが、夫が感染したのは1か月前。同居中の祥子さん、小学生の娘さん、息子さんは保健所から濃厚接触者に認定され、外出の自粛を強く求められたため、不要不急ではない筆者への相談のタイミングが遅れたのです。
「死ぬほど嫌でした!」と祥子さんは振り返りますが、例えば、夫のためにお粥を作ったり、夫が用を足したトイレを消毒したり、夫が所望するバナナやプリン、アイス枕を買いに行ったり……。日々の家事、育児に看病が上乗せされるのだから祥子さんが「地獄でした」と言うのも納得です。
コロナの看病を通して家族のありがたみを実感し、夫婦の結びつきが復活するケースもあるので、筆者が「二人の絆を再確認したんじゃないですか?」と尋ねると祥子さんは首を横に振ります。「主人が感染しようとしまいと離婚するつもりでした」と。そのため、縁を切りたいほど嫌っている相手の世話をさせられたことが苦痛で仕方なかったようです。なぜ、ここまで夫のことを憎んでいるのでしょうか?
トラブルメーカーとの11年間の結婚生活
「主人が逮捕されたんです!」
祥子さんは離婚を決断した理由を挙げてくれましたが、これは2年前の出来事。酔っぱらった夫はたまたま施錠されていなかった他人の家に侵入。勝手に風呂に入り、シャワーを浴び、全裸のままリビングで爆睡したのですが、そこに家主が帰ってきたので大変。当然のごとく110番をされ、駆けつけた警察官におんぶされ、そのまま留置所へ。そして夜中の4時、祥子さんの携帯に警察からの着信が。急いで家を出て、警察署へ向かったそう。祥子さんは深々と頭を下げ、釈放された夫の身柄を引き取ると、そそくさと帰宅したのです。
祥子さん夫婦は結婚11年目。筆者は「今回が初めてなんですか?」と聞くと、祥子さんは「トラブルは多々ありましたが、『警察沙汰』は初めてです」と答えます。こんなトラブルメーカーと11年間も結婚生活を続けてきたのは、夫がその都度、反省し、謝罪し、改心すると誓うから。
例えば夫婦に第一子が生まれたころ、泥酔して帰ってきた際は「もう煙草は吸わないし、酒も飲まない。門限までに帰るし、お前らに迷惑をかけない」と謝罪したと言います。しかも口約束ではなく、一筆を書いてくれたので、まんまと信じてしまった模様。「守れたら守る」という軽い気持ちではなく、必ず守るという強い気持ちがあるのだと。「主人と結婚したとき、まだ20代だったし、私も純粋でした」と祥子さんは回顧しますが、夫の「本性」を知りませんでした。
残念ながら、祥子さんが安心できたのは一時だけ。約束からわずか1か月後、夫は泥酔して帰宅したのです。「仕事で疲れているから」「いろいろストレスが溜まっているんだ」「眠れないからしょうがないだろう」などと言い訳を並べるのですが、夫の意志が弱いのは明らかです。夫があれだけ「守る」と言い切った約束がまんまと破られたことに、祥子さんは大きなショックを受けました。
その後も不毛な展開を何度も繰り返していたのですが、結婚11年でついに警察沙汰という超えてはいけない一線を超えたのです。「怒りを通り越し、あきらめの気持ちが湧いてきたんです。もう無理だって」と振り返りますが、祥子さんも我慢の限界に達したようです。
そんな中、発生したのが新型コロナウイルスのまん延。子どもたちが通う小学校は大混乱で、一斉休校やリモート授業、そして生徒の感染判明等に振り回される日々。祥子さんは「あのときは心身ともに全く余裕がなく、離婚を切り出すタイミングを逃してしまいました」と後悔します。
一方の夫はどうでしょうか。警察に世話になって以降も、相も変わらずという様子。一例を挙げると夫が酩酊状態で寝室のエアコンを操作。真冬にリモコンの冷房ボタンを押したため、夫だけでなく祥子さんも風邪を引いたそうです。そして夫が千鳥足で帰宅すると、玄関前のフローリングを寝室のベッドと間違えて朝までスヤスヤ。そして自粛期間中は家で飲むので程度をわきまえるかと思いきや、やはり飲み過ぎてしまい、トイレで爆睡。祥子さんが夫をトイレから引っ張り、寝室まで連れて行こうとすると「うるさいわ!」と絡んできたので喧嘩に発展。
夫への離婚の切り出し方
そんなふうに祥子さんが夫に振り回されるという日々は変わりませんでした。そしてコロナ禍が1年半に達した今年8月。ついに祥子さんは離婚を切り出す決意をしたのですが、問題は「何をどう切り出すのか」。まずは「何を」です。
夫は誰をどのように傷つけているのかわからないほど無神経な性格。そして自分さえよければいい身勝手な性分。さらに何が良くて悪いのか区別がつかない非常識な思考の持ち主。このような「普通ではない」相手を本当に説得できるのか、祥子さんは心配していました。まず祥子さんは夫婦間で決めるべき内容を「親権」と「養育費」の2つに絞りました。
筆者は「ほかにも慰謝料や財産分与もありますが……」と投げかけたのですが、慰謝料は精神的苦痛の対価。祥子さんは長年、夫に悩まされ、苦しめられ、傷つけられてきたのだから、その代償として慰謝料をもらいたい気持ちはありますが、夫は悪いと思っていません。そのため、「慰謝料? なぜ!?」という反応をするのは目に見えています。
そして財産分与ですが、夫は夫婦の貯金を酒代に使いつくし、カードローンにまで手を染める始末。ない財産を分与することはできません。祥子さんは2つに絞りたかっただけではなく、絞るしかなかったというのが現実です。
次に「どう切り出すか」です。夫のようなタイプは実は二面性の持ち主で、素面では気弱で心配性、シャイで無口なことが多いです。そこで筆者は「昼間は反応が鈍いのではないでしょうか?」とアドバイス。夫は物事を慎重に判断しようと身構えることが予想されます。一方、夜中ならアルコールの力を借り、気が大きくなり、大胆な判断をしやすくなります。筆者は「もちろん、飲酒後はリスク(暴言や暴力、モラハラ)はあります。録音を忘れないでください」と提案したところ、祥子さんは快諾。夫が缶ビールを5杯、飲み干した時点で離婚届を突きつけたのです。
しかし、いざ話を切り出してみると拍子抜けするほど簡単だったようです。「離婚はむしろ、こっちが望むところだ。お前みたいな役立たずはこっちから願い下げだよ。ああ、男に二言はないよ。お前こそ、後で後悔して泣きついてくるなよ」──表現の汚さはともかく、そんなふうにあっさりと離婚を承諾。
次は子どもの親権ですが、これも夫は異論をはさみませんでした。「俺は知らないぞ! お前が責任をもって育てろよ!」と。そして子どもの養育費ですが、家庭裁判所が公表している養育費算定表に夫の年収(750万円)を当てはめると子2人で月13万円が妥当な金額。「金、金って、お前は金のことしか考えてないだろ。養育費を払わないダメ男って陰口を叩かれるのはシャクだ!」と夫は二つ返事で受け入れたのです。
とはいえ、あまりにも事が上手くいきすぎです。祥子さんは嫌な予感がしたそうです。夫はできるかどうかをきちんと考えず、ノリと勢いで安請け合いする気質。実際のところ、今まで何度も禁酒宣言を破ってきた前科があります。「守る、守ると言いながら、本当は守るつもりがないのか?」と疑った回数は数知れません。夫は意志が弱いのは明らかです。最初は威勢のいいことを言っておいて、途中で「できない理由」を並べ、最後は踏み倒すのではないか……。せっかく決めた養育費ですが、完済する前に不払いが発生することが懸念されます。
疎遠になっていた義父に相談に行くと
そこで筆者は「いろいろお話を聞くと、旦那さんの酒癖の悪さは相当根が深いのでは? かなり若いころから、こんな感じだったのではないですか? お父さんに相談すれば、味方になってくれるかもしれませんよ」と助言。
しかし、夫と父親(=義父)がもともと疎遠だったこともあり、祥子さんは夫の実家とは接点が薄く、しかもコロナの影響で盆や正月など長期の連休を含め、2年近く、顔を合わせていない状況。祥子さんはかろうじて知っていた義父のメールアドレスに「お話があります」と送信。翌週に会う約束をすると、久しぶりに義実家の門をくぐったのです。義父の第一声は謝罪。「息子のことで祥子さんには迷惑をかけっぱなしだったこと。お察しします。愚かな息子で本当に申し訳ございません」と。
義父いわく、夫は子どものころ、目立った悪さはしなかったものの、我慢ができない子で、自分の思いどおりにならないと癇癪を起こすこともあったそうです。「息子が酒に手を出したのは高校のとき。アルバイトのお給金で遊び歩くことが増え、私が注意しても聞こうとしませんでした」と義父は核心に踏み込みます。大学生のときはあおるような飲み方で救急車で運ばれたこともあるそう。義父が夫に何か言おうとすると「ぶっ殺すぞ!」と叫ぶのです。「私は怖くなって何も言えなくなりました」と義父は懺悔します。
「あんまりじゃありませんか! お義父さんは結婚するとき、何も言ってくれませんでしたよね? もし、あのときにに反対してくれれば……」
祥子さんは涙ながらに訴えたそうですが、義父は「あんな息子ですが、祥子さんと結婚して子どもが産まれれば、少しは改心すると信じていたんですが……やはり、ですか」とため息をこぼします。義父の話によると今の夫の姿ができあがったのは両親が甘やかしたからです。「すべて私たちのせいです。息子の未熟さは躾がなっていなかったからです。祥子さんが望むことは何でもして差し上げます」と義父は言いますが、何を頼めばいいのでしょうか?
筆者と祥子さんの事前の打ち合わせで、もし、義父が協力してくれる場合、「何をしてもらうのか」を決めておきました。その際、祥子さんは「それならお義父さんに養育費を立て替えてほしいです!」と言いましたが、2人の子の22歳までの養育費の合計は概算で1,700万円。義父は現役時代、各中学校の校長を歴任した人物とはいえ、養育費は本来、夫本人が支払うべきです。さすがに義父に全額を肩代わりさせるのは度が過ぎるでしょう。尻ぬぐいの範囲が大きすぎます。そこで筆者は連帯保証を提案。もし、夫が約束どおりに支払わなかった場合、義父へ請求できるという制度です。
そのことを踏まえた上で祥子さんは当日、義父にこう切り出したのです。「信也さん(夫)にもしものことがあったら、お義父さんが保証してくれますか?」と。すると義父はすぐに承諾。
祥子さんが「そろそろ失礼します」と去る際、義父は最後の言葉をかけてくれたそうです。「覚えていますか? 3年前、私が玄関で転び、骨を折って、入院したときのことです」。義父の知らないところで夫が病院の窓口に来たようで、このまま退院させず、施設に入れてほしいと頼んだようなのです。「入院中、息子は1回も見舞いに来なかったくせに! 息子にとって私は邪魔者でしかないのでしょう。安心してください。私たちは祥子さんの味方ですよ」と義父は誓ってくれました。
ようやく夫という存在からから解放された
そして後日、筆者は離婚、親権、養育費、さらに連帯保証を盛り込んだ公正証書を作成しました。(文例は以下のとおり)。3名(夫、祥子さん、義父)の署名は無事に終わり、離婚届を提出し、ようやく祥子さんは夫という存在からから解放されたのです。
◇ ◇ ◇
■公正証書の文例
離婚給付契約公正証書(案)
**信也(以下、甲という)と**祥子(以下、乙という)は離婚について以下のとおり、合意した。
第1条 甲と乙は協議離婚することに合意した。
第2条 甲乙間の未成年の子・**麗美(平成23年9月9日生まれ、以下、丙という)の親権者を乙とする。
第3条 甲乙間の未成年の子・**玲央(平成25年1月10日生まれ、以下、丁という)の親権者を乙とする。
第4条 甲は乙に対し丙の養育費として令和3年9月から丙が満22歳に達する翌年の3月まで毎月25日に金65,000円を次に掲げる丙名義の金融機関の口座へ振込入金にて支払う。
<振込口座>
*****銀行 *****支店 普通預金 *****
**麗美(**レミ)
第5条 甲は乙に対し丁の養育費として令和3年9月から丁が満22歳に達する年の3月まで毎月25日に金65,000円を第4条に掲げる金融機関の口座へ振込入金にて支払う。
第6条 戊は第4,5条の債務について保証し、甲が第4,5条の弁済条件を履行しない場合は、甲と連帯して履行の責任を負うこととする。
第7条 甲・戊は本書の金銭債務の支払いが遅延した場合は強制執行を受けることを承諾した。
令和3年8月31日
甲 横浜市神奈川区**************
会社員 **信也
乙 横浜市神奈川区**************
無職 **祥子
戊 川崎市幸区**************
無職 **光男
◇ ◇ ◇
今まで筆者が養育費に保証人をつけたケースを扱った中で、保証人を引き受けてくれたのは夫の両親もしくは兄弟姉妹です。もともと祖父や祖母、おじ・おばには孫やおい・めいを扶養する義務はありません。夫が人様に迷惑をかけても、すでに立派な大人なのだから、その責任を親戚が負うのは筋違いですが、夫の悪態があまりにもひどい場合は別で、両親や兄弟姉妹が見るに見かねて手を貸してくれることもあります。
どうしても夫の言葉が信用できず、書面を交わしても、まだ不安が残る場合、試しに夫の親戚を頼ってみるのも1つの手です。
露木幸彦(つゆき・ゆきひこ)
1980年12月24日生まれ。國學院大學法学部卒。行政書士、ファイナンシャルプランナー。金融機関の融資担当時代は住宅ローンのトップセールス。男の離婚に特化して、行政書士事務所を開業。開業から6年間で有料相談件数7000件、公式サイト「離婚サポートnet」の会員数は6300人を突破し、業界で最大規模に成長させる。新聞やウェブメディアで執筆多数。著書に『男の離婚ケイカク クソ嫁からは逃げたもん勝ち なる早で! ! ! ! ! 慰謝料・親権・養育費・財産分与・不倫・調停』(主婦と生活社)など。
公式サイト http://www.tuyuki-office.jp/