※写真はイメージです

 柔軟剤は近年、香りが長続きするものが増え、香りの種類も多くなっている。ところが、その香りのせいで頭痛や吐き気など体調を崩す人が増えており、職場や学校でトラブルに発展するケースも。自分にとって快適な香りでも、周囲には迷惑になっているケースがあるのだ。重度の「香害」に悩まされている女性に話を聞いた。

ある日突然頭痛や吐き気が……

電車の中などで服から柔軟剤の強い香りがする人に近づくと具合が悪くなります。頭痛から始まって気持ちが悪くなり、動悸も速くなって、しばらく動けなくなってしまうんです……

 と話すのは、柔軟剤の香りがきっかけで重度の化学物質過敏症になってしまった藤森由希子さん(仮名、40代)。もともと香りに対して敏感というわけではなかったが、強い香りの柔軟剤を使っている人に会ううちに、突然症状が出るように。

 それまでは自分でも柔軟剤を使っていたため、まさか原因が柔軟剤の香りとは思いもよらなかったという。いまから思い返せば、当時ときどき起こっていた頭痛やのどの痛みも香りが原因だった可能性が高いと話す。

具合が悪くなっても最初のうちは我慢していたんですが、症状がひどくなって病院に行ったところ、重い化学物質過敏症と診断されました。それまではなんともなかったので、自分がそんな病気になるなんて思ってもみませんでした」(藤森さん、以下同)

 実は、ここ10年ほどの間でこうした香りによる健康被害の相談が大幅に増えており、問題になっているのだ

「香りつきの商品を一度使い始めると、徐々にそれに慣れてしまって、より香りの強いものを使う人もいるようです。そういう人たちからすると、私のように香りに敏感な人のことはなかなか理解できず、気にしすぎだと言われることもあります……」

 と藤森さんは嘆く。

 実際に香りによる健康被害に悩まされている人はどれほどいるのだろうか。NPO法人ダイオキシン・環境ホルモン対策国民会議理事を務める水野玲子さんに話を聞いた。

2010年前後から、国民生活センターに柔軟剤などの香りに関しての相談が数多く寄せられるようになりました。香りによる健康被害を『香害』と呼んでいますが、その問題に取り組んでいる『香害をなくす連絡会』でアンケートを行ったところ、9000人を超える回答が寄せられました。

 その結果、香りつき製品によって具合が悪くなったことがある人は、全体の8割近くの7000人にのぼり、男女別では、女性が85%、男性が56%でした

新技術で長い時間香りが残るように

 アンケートでは頭痛や吐き気などさまざまな症状が挙げられたが、これらの症状は、更年期障害やストレスによる不調と重なる部分も多い。

「香りによる不調でも疲れやストレスなど、ほかの原因を疑うことも多く、香りが原因だと気づいていない人も多くいるのではないかと考えられます」

 なかには、前出の藤森さんのように突然ある日症状がひどくなるケースもある。香りによる体調不良は、一部の香りに敏感な人だけに起こる問題というわけではないのだ。

●体調不良の原因となった香り製品は? (複数回答)

・柔軟剤      86.0%
・香りつき合成洗剤 73.7%
・香水       66.5%
・除菌、消臭剤   56.8%
・制汗剤      42.5%
・アロマ      28.5%


出典:「香り被害についてのアンケート」結果(香害をなくす連絡会)

 アンケートで香りによる被害のいちばん多い原因として挙げられていたのが柔軟剤だ。香りつき柔軟剤の生産量が国内で増えたのは、2009年にアメリカから輸入された柔軟剤が消費者に受け入れられたことがきっかけで“香りブーム”が起こったから。

 国内メーカーは香りを強調する商品を次々に開発し、それに伴い、香りを長持ちさせる技術開発もすすんだ。そして使われ始めたのが「マイクロカプセル」という新技術だ。

 マイクロカプセルは、プラスチックなどでできた薄い膜の中に香料などが閉じ込められていて、摩擦などでカプセルが壊れるたびに中から香りが発生する仕組みになっている。すべてのカプセルが壊れるまでは、新鮮な香りが放出され続けるため、“香りが長持ち”するのだ。

製品評価技術基盤機構の調査によると、54・6%の人が日常的に柔軟剤を使用しています。そのため、柔軟剤の香りがする衣服を着た人にさまざまな場面で遭遇することになり、またその香りがマイクロカプセルによって長持ちするからこそ、柔軟剤が香害の原因になりやすいと考えられます」(水野さん)

香りが原因でさまざまな健康被害が! ※イラストはイメージです イラスト/マスダアキ

まわりへの配慮が大切

「マスクをしていてもつらいので、人が集まるところでは、強い香りのする柔軟剤を使わないなど、みなさんにちょっとした配慮を心がけてもらうととてもありがたいです」

 と話すのは、冒頭で紹介した藤森さん。藤森さんのような香りによる健康被害者の声を受け、新しい動きもある。

消費者庁、文部科学省、厚生労働省、経済産業省、環境省の5省庁連合で製作された啓発ポスター

 今年の7月に「カナリア・ネットワーク全国」という被害者の全国規模の組織ができ、また8月には、消費者庁、文部科学省、厚生労働省、経済産業省、環境省の5省庁連合で、「その香り 困っている人がいるかも?」というコピーが大きく書かれた啓発ポスターが制作されたのだ

「今まで香りの被害に関しては、好みの問題で片づけられてしまうことが多かったので、このポスターは大きな進歩といえます。

 香りで困っている人がいることをまずは知ってもらいたいです」(水野さん)

 何げなく柔軟剤を使っている私たちが思う以上に、柔軟剤の香りに困っている人がいるのだ。

 香りが原因で起こる下のような体調不良の中に思い当たるものがあれば、柔軟剤をやめたり、香りが弱いものに変えてみると、症状が軽減する場合も。また、満員電車など多くの人が集まるところに行くときは、香りが弱い柔軟剤にすると、香りに困っている人を減らすことにつながる

 香りが控えめな柔軟剤を探すときは、「微香」、「無香」などの言葉が使われているものを選ぶのがポイント。また、メーカーのホームページに香りの強さの目安が掲載されていることも多いので、一度確認してみよう。使う際には、パッケージに記載されている量を守ることも忘れないようにしたい。

◆香りが原因でさまざまな健康被害が!

・のどの痛み、味がわからない
・目の痛み、充血
・皮膚のかゆみ、湿疹
・頭痛、集中力の低下
・吐き気、気持ちが悪い
・めまい、耳鳴り

お話を伺ったのは……水野玲子さん
NPO法人ダイオキシン・環境ホルモン対策国民会議理事。7市民団体からなる「香害をなくす連絡会」で活動中のサイエンスライター。著書に『「甘い香り」に潜むリスク 香害は公害』など。

〈取材・文/濱田麻美〉