メジャーリーグでの大谷翔平の活躍はニュースなどで見て知っていることだろう。大谷のいちばんのすごさは、今シーズン、先発投手として9勝をし、また打者としても46本のホームランを打ったことだ。もし投手としてあと1勝していれば「1シーズンで2ケタ勝利と2ケタ本塁打」を達成したことになる。これは、野球の神様と呼ばれるベーブ・ルース以来、100年以上ぶりの快挙となるところだった。
「自分ならできる」が快進撃のヒミツ
この大谷の快進撃のヒミツは何なのか。それは「自己肯定感」の高さだと臨床スポーツ心理学者の児玉光雄さんは分析する。「自己肯定感」とは、「自分ならできる!」と自分のことを信じるポジティブマインドのことだ。
「これまでの野球界は、高校や大学で『4番でピッチャー』というチーム一優れた選手でも、プロでは投手か野手どちらかに絞るのが常識でした。しかし、大谷選手は『自分ならできる』という思いからどちらも諦めることなく精進を続け、その結果、投手としても打者としても活躍する前人未到の“二刀流”メジャーリーガーになれたのです」(児玉さん、以下同)
「自分ならできる」というポジティブマインドは、何もプロスポーツ選手だけにとって重要なわけではない。多くの人は自分の能力を過小評価して、「これは私にはできない」と最初から諦めてしまいがちだ。しかし、自己肯定感を高く持ち、「大丈夫、私ならこの壁を乗り越えられる!」と考えるとやる気が出て、自分本来の力を発揮できるようになるのだ。
また、自分だけでなく、子どもや夫にもポジティブマインドを持たせることができれば、大きな目標を実現できるかもしれない。では、どうすれば自己肯定感を高めることができるのか。そのための3ステップを紹介しよう。
ポジティブ思考でケガに負けない
高校野球の名門、花巻東高校からドラフト1位で日本ハムファイターズに入団。大リーグ移籍の1年目から“二刀流”で、大活躍した大谷だが、これまでの野球人生はいつも順風満帆だったわけではない。
高校2年のときには、股関節のケガで投手として出場することが困難な状態に。しかし、大谷は悲観することなく発想を切り替え、投手として練習ができないこの期間に打者として練習を積み重ね、才能を開花させたのだ。
「ケガで投げられないという逆境こそが二刀流のきっかけになったといえます。もし、このケガがなく順調に投手として活躍していたなら、打者・大谷翔平は生まれていなかったかもしれません」
この時期、大谷はこんなコメントを残している。
《その時期は、辛いと思ったことはありませんでしたが、やるべきことは多かったですね。センバツ出場の可能性はあったので、それまでにはしっかりと良い状態でプレイできるようにしたいと思って冬を過ごしていました》(佐々木亨『道ひらく、海わたる 大谷翔平の素顔』扶桑社より)
大谷は、厳しい状況でもつらいと思うことなく、次の目標に向かってポジティブ思考を貫いている。
「多くの人々はよくない出来事をそのまま受け止めて挫折してしまいますが、大谷選手はそのなかでもポジティブな要因を見つけ出し、モチベーションを維持することができるのです」
ポジティブな要因を見つけ出すコツとして児玉さんが教えてくれたのが、ネガティブな出来事をポジティブに「書き換える」ということ。
例えば、コロナ禍での自粛生活も、見方を変えれば集中してスキルを身につける絶好の機会。通信教育などを利用して、英会話や資格取得のための知識を蓄える、あるいは趣味の世界を広げるきっかけにもなるだろう。
ポイントは、頭だけで考えるのではなく、実際にポジティブな言葉を手で書くこと。具体的に目に見える形にすることで、よりポジティブマインドが身につきやすくなる。
高校時代に培った目標達成テク
目標を明確にし、その実現のために練習を積んできた大谷。どんなにつらい練習にも楽しさを見いだして高い目標を達成できた秘訣は、高校時代に作成していた「目標設定シート」だという。
「目標設定シートは、中央のマスに目標を記入し、その周囲に目標を達成するために必要な要素を書き出したものです。このシートを作成することで、やるべきことが明確になるだけでなく、つらい練習にも価値を見いだしながら積極的に取り組む自主性が養われたのです」
また、「目標設定シート」で大きな目標を細かい要素に分けることで、小さな目標を日々達成していくことができ、「自分はできる」「だから頑張ろう」という自己肯定感とやる気が生まれるのだ。
「例えば、あなたが老後資金2000万円を貯めたいと思った場合、ただ漠然と貯め始めるよりも、左の図のように、細かい目標に分けるのがポイントです。まず何をするべきか見えてくるでしょう」
球速165キロが生まれたワケ
細かい目標をつくり、それに向けた行動を始めたら、重要なのは継続することだ。そのためにはモチベーションの維持が大事になってくる。
「モチベーションを高めるためには、目標を『数値化』することが効果的です」と児玉さんは言う。
具体的な数値を入れた目標を立てると、記録が伸びることがさまざまな実験データで実証されている。
「高校時代の大谷選手がプロの選手でもなかなか投げることのできない160キロの球速を目標にしたように、ダイエットなどでも『2キロやせる』と具体的な数字を挙げるほうが、漠然と取り組むよりも俄然やる気が出て、目標達成率が高まります」
大谷が作成した高校1年生の目標設定シートにはしっかりと「スピード160キロ」と書かれている。こうした数値化による目標を常に持っていたことが、日本新記録となる球速165キロの達成につながったのだろう。
ちなみに、小学生の立ち幅跳びの実験によると、目標の10%アップの数値を目指すと最大の効果が得られることがわかっている。
そのため、例えば毎月5万円を貯金しているとして、その額を増やしたいなら、10%アップの5万5千円を目標にすると達成しやすいということだ。
ひとつの目標を達成できれば、モチベーションがさらに高まり、大きな目標の実現に確実に近づくだろう。
大谷翔平流の「ポジティブマインド」は私たちのような普通の人にも役立つものだ。この3ステップを意識して、ぜひ、日々の暮らしに役立ててみてほしい。
【1】「いやなこと」を“書き換え”てポジティブ思考!
●大谷翔平の場合
ケガで投手として出場できない……
→打者としていい状態でプレーできるようにしよう!
●主婦の場合
コロナ禍の自粛でやりたいことができない……
→新しい趣味を始めたり資格を取得するチャンス!
夫の服装がダサい……
→自分好みに改造できる!
ポジティブ思考を貫き、ケガさえのちの“二刀流”のきっかけにした大谷翔平のように、「いやなこと」も見方を変えて捉え直せば、やる気が出て新しい可能性が広がる。
【2】目標設定シートをつくってゲーム感覚で楽しむ!
●大谷翔平の場合
大谷選手が高校1年生のときに作ったシートの一部。実際には例えば「体づくり」は柔軟性やスタミナといった具合にさらに細分化されている。
●老後資金を貯めたい主婦の場合
達成するために必要な要素を挙げていくと、やるべきことが見えてくる。達成できたマス目を塗りつぶしていくとゲーム感覚で楽しむことも。
【3】「数値化マジック」でモチベーションアップ!
小学生にまず何の指示もせず立ち幅跳びをさせたのち、5つのグループに分け、目標なし、1回目の100%、110%、120%、130%の目標を持って2回目を跳んでもらったところ、110%のグループが最も記録を伸ばした。
臨床スポーツ心理学者。追手門学院大学スポーツ研究センター特別顧問。近著に『大谷翔平・羽生結弦の育て方 子どもの自己肯定感を高める41のヒント』(幻冬舎)がある。
(取材/文 村瀬航太)