10月3日、和歌山市を流れる紀の川にかかる六十谷(むそた)水管橋が崩落し、約6万世帯が断水となるなど、市民生活に大きな影響をもたらした。1週間後の10日午後4時ごろ、同市は全世帯の断水が解消したと発表したが、多くの人に「水道」について不安を与える事態となった。
全国で起こる「水道の老朽化」
厚生労働省によると、水道の漏水・破損事故は年間2万件を超えており、その多くが高度経済成長期に整備された施設の老朽化が原因と指摘されている。事実、和歌山市の六十谷水管橋は1975年に完成したもので、耐用年数は48年。2023年までは使用可能なはずだったが、46年目に崩落してしまった。
整備などに不備はなかったのか? この点を、和歌山市役所の上・工業用水道管理課に尋ねると、
「年1回の定期点検および月1回の巡視点検を行っていました」
との返答が。そのうえで、「水管橋の点検で一部腐食を確認していましたが、部材が川へ落下するようなことはないものと考えていました」
と、一部腐食があったことを認めつつも、“想定外”の事故だったと説明する。
だが、「水管橋の維持管理の考え方そのものを見直す必要が出てきているのかもしれない」と、今回の崩落事故に疑問を呈すのは、水道事業を中心とした水供給分野において技術・経営面のコンサルティングを行う水道技術経営パートナーズ代表、山口岳夫さん。
「六十谷水管橋は鉄橋なので錆びていきます。風雨にさらされれば、当然劣化も早まる。なので、サビを抑制しなければならず、早ければ3年に1回ほどのペースで塗り直すといったメンテナンスが必要になります。
しかし水管橋の写真を見る限り、崩落につながった金具部分の防サビをどれくらいしていたのか疑問を感じます」
自治体としては、きちんとメンテナンスしていたという認識かもしれない。だが、崩落したということは事実。
また、7日夜に首都圏を中心に最大震度5強の地震が発生した際には、各地で漏水が相次いだ。
東京都水道局によると、都内23か所で漏水が発生するなど、水道管の老朽化に改めてスポットが当たった形に。だが、山口さんは、「過度に不安視する必要はない」として、こう語る。
「水道管の上を大きなトラックが日常的に走る、あるいは大きな地震が起きるなどの特別な負荷がかからない限り、基本的には耐性は十分でしょう。逆に言えば、そういった負荷がかかるところは劣化も早い。そういうことも考慮し、定期的なメンテナンスを行っていくことが必要です」(山口さん、以下同)
また、日本の水道事業は、水道料金の中に修繕費が含まれる形で徴収しているので整備にお金を回しやすい。
人口減で水道が維持できない
「ただし、人口が減っていくと施設の維持管理のためのお金が不足してしまいます。値上がりする背景には、そういった事情もある」
自治体によって水道料金が違うのはこのためで、人口の多い都市部は比較的料金が安定、かつ十分な修繕費の積み立てがあるということになる。
また、富士山麓に位置する静岡県長泉町や静岡県小山町というように、水源の豊かな場所も設備のコストを抑えることができるため水道料金が安くなる。反面、北海道の非都市部のような場所は、供給するための水道管も長くなり、管理・維持コストがかさむ。前出の県で比べてみると、静岡県では2351円、北海道では4279円と、1か月で約2000円も違うのだ。
「水道事業は、配管の取り替え費用などを見積もっているので、計画的に更新ができる体制になっています。しかし、高度経済成長期よりももっと前の時代に水道管を通した場所、例えば線路の下にある水道管などは、取り替えようにも取り替えることが難しいところもある。水道の事故が起きる多くは、こういう限定的な部分です」
たびたびテレビで見かけるボロボロの水道管は、まさにこういったケースだと指摘する。
「旧式の鉄の配管は、サビ止めを施したライニング管に交換するなど順次対策が進んでいます」
と山口さんは、水道管の管理などに過度に不安を持つ必要はないと話す。
むしろ、危険なことは、人口減少に伴う水道事業のジリ貧化だ。
「東京都のように完全に自立している大きな水道事業体がある一方で、自治体がなんとかやりくりするような小さな水道事業体もある。そういった自治体は、収入が不足すると削減しやすい水道事業にかかわる人件費などを優先してカットしてしまう傾向がある。長年、地元の水事情を見てきた熟練者が減るばかりか、後進の育成もままならなくなる」
老朽化に対しては対策を講じることができる反面、人口減少は各自治体の水道事業者だけでどうにかなる問題ではない。そして人材が減った結果、水道料金は高くなる。2043年には全国平均で43%もアップするという試算もある。“負のスパイラル”だ。
「業界全体として、人口減少に伴う問題に強い危機感を持って向き合っています」
その解決策のひとつが、昨今盛んに叫ばれている水道の民営化だ。水道管の老朽化が著しい大阪市が、水道管交換事業を民間移譲する意を示していたが、採算が取れないことを理由に頓挫したのは記憶に新しい。
また、大阪市のように水道管交換事業のみの民営化を考えるケースもあれば、自治体が施設の所有権を持ち、運営権を民間に委ねるコンセッション方式を導入した宮城県のようなケースもある。民営化といっても、自治体によって任せる範疇(はんちゅう)が異なるので、同一線上で考えられないのだ。
水道事業民営化は問題ない?
「海外では民間企業、あるいは官民連携で水道事業を行うことが珍しくありません。特に途上国などでは、役所に水道を運営するだけのノウハウがない。人材育成もできない。そのため、水道事業のプロである民間企業に委託する。
一方、日本の場合は自治体がきちんと仕事をしてきたノウハウがあるため、必ずしも民営化する必要はない。あくまで選択肢のひとつです」
では、どうして宮城県のように民営化を選ぶ自治体があるのか?
「例えば、設備投資やITのシステム投資をするなど資金が必要な場合、民間企業であれば資金調達の方法に長けていて、人事の自由度もある。お堅い役所ではできないことが可能になる」
また、民間になるからといって、料金が急騰することもないと、こう付け加える。
「よほど自治体が杜撰(ずさん)な仕事をしていて、ふたを開けたら水道管がボロボロだった──という状況なら別ですが、先述したように水道料金には修繕費が含まれている。
日本は水道料金の回収率が世界でもまれに見る高さです。ほとんどの人が提示された料金を支払う。水に加え、国民の質という意味でも世界トップレベル」
長年培ってきた基盤があるため、官民連携になったからといって、簡単に“崩落する”ようなことはなさそう。
「国際的な民間水道企業でフランスの『ヴェオリア社』は、管理システムを統一し、フランスに居ながらにして、自分たちが管理する世界の浄水場を運営しています。
外資が参入するというのはそういうことです。新しい設備投資をしなくても、高度な管理システムが入ることで、コストの削減につながる」
民営化の問題が叫ばれるとき、もう少し視野を広げて考えてみる必要がある。
「自治体は自分の町しか管理できません。しかし、民間企業はA町、B町、C町という具合に展開し、広域化することでメリットが出てくる。水道事業は、巨大な資金が必要なのに、料金はなるべく安くしなければいけない、それがいちばんのボトルネックです」
危ないのは水道管ではなく、日本の水道事業そのものが曲がり角を迎えているのだとしたら……。われわれも水に対する考え方を“メンテナンス”する時期なのかもしれない。
(取材・文/我妻アヅ子)