※画像はイメージです

 一時期は東京都で1日5000人を超える新規感染者が報告された、新型コロナウイルス感染症(以下、新型コロナ)。しかし10月28日の感染者数は、全国で268人と、第5波は収束したと言えるだろう

 新型インフルエンザ特措法に基づく緊急事態宣言とまん延防止等重点措置が全国で解除され、飲食店に出されていた自粛要請も解除。だが、厚生労働省に新型コロナウイルスの対策を助言する専門家組織が、北海道や沖縄では下げ止まりやリバウンドの傾向があると指摘するなど、第6波の到来が懸念されている

第5波収束も第6波の心配

 第5波の教訓は激増する感染者の受け入れ病床が不足し、入院が必要な感染者が自宅療養を強いられ、死亡者が発生したケースがあったことだ。厚生労働省のまとめでは7月以降、9月15日までに自宅療養中に亡くなった新型コロナ患者は全国で37人。現在集計中のため、この数字はさらに増える可能性もある。今後の第6波にどう備えるべきか?

9月以降の新型コロナ往診はゼロですが、8月は中旬までほぼ毎日往診でした

 そう語るのは、世田谷区の桜新町アーバンクリニック院長の遠矢純一郎医師。保健所から委託された地元医師会経由で新型コロナ自宅療養者の診療に従事している。

 第5波真っただ中の8月中に対応したのは、保健所による経過観察中に症状が悪化した18人。うち14人に往診を行い、13人は翌日までにコロナ病床を持つ病院へ入院した。

 新型コロナでは、「酸素飽和度(SpO2)」のクリップ状の測定器を指にはめて測り、その数字で重症度が決まる。SpO2は全身に酸素を運ぶ赤血球の中に含まれるタンパク質・ヘモグロビンのうち何%が酸素を運んでいるかを示す数値だ。正常な人での数字は96%以上。

 厚生労働省の『新型コロナウイルス感染症 診療の手引き』では、SpO2が96%以上は軽症、94~95%は呼吸困難の訴えが始まる中等症I、93%以下は呼吸不全が起き、酸素吸入開始が必要な中等症IIと分類。原則、中等症I以上は入院が推奨されている。

 遠矢医師が診察した18人の重症度内訳は軽症が28%、中等症Iが17%、中等症IIが55%。実に7割以上は本来ならばすでに入院していてしかるべき患者だった。しかも、3割弱の軽症者もかなりハードな状況だったという。遠矢医師は次のように語る。

「軽症と中等症の線引きは、呼吸の苦しさがあるか否か。私が診察した20~30代の軽症者の中には、呼吸の苦しさはないものの、39~40度の熱が1週間も続いた人もいました。食事もとれず脱水症状があり、動けずにげっそりした状態です。

 何も知らない人が見たら、死にかかっていると思うでしょう。『軽症』と聞いて多くの人が想像する軽度の風邪のような症状とはかなり深刻度が異なるのです

潜在的な糖尿病の人も中等症以上に!?

 遠矢医師によると、中等症以上に進行する人は、従来から指摘されているように何らかの持病(基礎疾患)を持っている人が多いという。

「例えば糖尿病や腎臓病、あるいは心臓や肺の病気がある、若い人でぜんそく持ちなどです。また、ひとつ特徴的だったのは、糖尿病と診断されたことはない小太りの若い感染者で、念のため血液検査をすると、血糖値が高い潜在的な糖尿病の人が散見されたことです

酸素飽和度を計測する器具や体温計などが、一時期手に入りづらい状況にもなった

 一方で新型コロナが厄介なのは、一部の感染者では肺炎が緩やかな速度で進行したため、重度の呼吸不全状態にもかかわらず、本人はまったく自覚がない『ハッピー・ハイポキシア(幸せな低酸素症)』に至っているケースがしばしばあることだ。

「人間の臓器は血中から酸素が供給されることで機能しているため、SpO2が90%を下回ると心臓や腎臓などにダメージが及ぶというのが医学の常識です。ところが往診した患者でSpO2を測定すると、88%と日常的にはありえない、驚くような数値となる人が結構いるのです。

 この状態はかなり危険なのですが、本人は“別に苦しくないけど、言われてみればトイレに行くと、少し息がハアハアするかもしれない”と言うだけ。これがまさにハッピー・ハイポキシアの怖さです」(遠矢医師、以下同)

 こうした自宅療養者への往診でできる治療は、脱水症状に対する点滴による輸液、SpO2が低下例への酸素吸入と肺炎を抑えるための経口のステロイド薬の処方など。だが、時にはこれらの治療すら難航したという。

「東京都特有の現象なのでしょうが、お盆前後の感染者発生ピーク時には酸素吸入用の酸素濃縮器やステロイド薬が不足しました。私もある時に1日3件の往診依頼があり、診断の結果、すべての患者で酸素吸入が必要だったにもかかわらず、酸素濃縮器を調達できたのは1件目のみ。

 2件目以降は酸素濃縮器を供給できる都内の約10社に順番に電話をしましたが、どこも在庫なし。東京都が独自で約500台の酸素濃縮器を確保していると聞いていたので、そちらにも連絡をとりましたが、そこでも在庫が尽きていました」

 結局、残る2人の患者には「なんとか頑張ってください」と言うしかなく、非常に申し訳ない気持ちでいっぱいになったという。遠矢医師は現時点ではやはり新型コロナの自宅療養はなるべく避けるべきとの考えだ。

「感染症専門医によると、新型コロナは適切な時期に承認ずみの抗ウイルス薬などで治療を開始すれば、死亡リスクをかなり回避できるようになっています

 しかし、これらの治療は現在、コロナ病床がある病院でしか行えません。その意味から中等症以上では入院が最も望ましいのですが、第5波では入院できずに治療タイミングを逃した結果、死亡した不幸な事例も報告されています。

 率直に言って、私たちが行った自宅療養者への酸素吸入やステロイド薬の処方は、入院までの時間稼ぎにすぎず、本質的治療とは言い難いのです」

第6波の備えは?

 また、自宅療養をなるべく避けるべきもうひとつの理由が家族内感染の防止のためだ。遠矢医師が回診、往診した事例でも7割で家庭内感染が発生していたという。

「そもそも自宅内にいればトイレや風呂の共用は必然となりますから、完全な隔離状態をつくるのは難しい

 特に住居が狭めの都市部では隔離は無理な話です。結局、家庭内感染が必発となって無用に感染者を増やし、医療や行政の現場を逼迫させてしまいます」

 もっとも遠矢医師は「日本はコロナ病床が少なすぎるという声もありますが、そもそも対応できる人材を簡単に増やせないのですから、病床を急に増やすことはできないのは当然」と語り、新型コロナ病床のさらなる確保は容易ではない現実に理解を示す。

 では第6波にどのように備えればいいのか? 遠矢医師は、まず望むのが現在コロナ病床のある病院にほぼ限定されている抗ウイルス薬の使用を、在宅医療など幅広い医療現場で使えるようにすること。そして、もうひとつが回復期にある感染者の転院先となる病床の確保だと話す。

「中等症以上で入院した人も適切な治療が行えれば、悪化のピークを無事に超え、本人もある程度動けるようになります。

 ところがそうした回復が確定的な人がコロナ病床に入院したままなため、今まさに悪化しつつある人が入院できないという事例もあるのです。地域の医療機関がこうした回復期の人の転院先になるといった役割分担も必要だと思います」

 一方で私たち自身もできることは、ワクチン接種だ。

往診先では同居家族がいると、家庭内感染でみなバタバタ倒れるのですが、その中で無事な人に共通していたのがワクチン接種ずみという点。ワクチンが守ってくれるのだと、肌でも感じました」

 これからくるかもしれない第6波まで残された時間はそれほど多くない。いま私たちに求められているのはこうした現場の声を、それぞれの立場でどれだけ身をもって対策に結びつけるかだろう。

10月28日時点、国内のワクチン接種で2回目まで終えた接種率は70%以上に
お話を聞いたのは……遠矢純一郎医師(とおや・じゅんいちろう)●桜新町アーバンクリニック院長。総合内科専門医、日本在宅医学会指導医。

(取材・文/村上和巳)