いまや2人に1人ががんになる時代。いつ誰がなってもおかしくない。もしかしたら、自分や家族が明日、がんになる可能性だってある。がんと診断されたら、治療や闘病への不安と同時に湧き起こるのがお金の心配だ。
「最近はがん治療の進歩で生存率が上がっています。その分、治療が長期化して検査費や治療費が高額化しているのです」と教えてくれたのは、自らも乳がんの経験を持つファイナンシャルプランナーの黒田尚子さん。入院や手術費、仕事ができなくなったときの生活費、さらには家事や介護を誰がやるのかといった不安は尽きない。そんなとき、助けてくれるのが公的な保障制度だ。
「がんにかかるお金は高額になっていますが、治療中や退院後に使える国や自治体の制度がたくさん用意されているので心配ありません」(黒田さん、以下同)
どんな制度があるのかを知っておくことで、いざというときに慌てなくてすむ。また、金額の目安がわかっていれば、貯蓄や民間の保険などで備えることも可能だ。
あなたや家族を助ける多彩な制度
頼りになる制度だが、存在を知らない人も多いという。
「これらの制度は基本的に、自分から申告しないと受けられません。自分で積極的に調べないともらいそびれてしまうのです」
また、がんの保障制度は頻繁に改正されるので、日ごろからニュースを気にしておくのもポイントだ。
「今年4月から東京都で、若い世代のがん患者を対象にした卵子凍結保存の費用を助成する制度など、これまでにはなかったものも始まっています」
がん医療が進むと同時に、がんを取り巻く状況も刻々と変化している。
次のページから、がんになったときにあなたや家族を助けてくれる代表的な公的制度を詳しく紹介する。
ケース1 夫が大腸がんになったら 〜一家の大黒柱にがん宣告。収入が途絶えるも支えてくれる制度あり〜
家族の収入を支えていた夫ががんに。真っ先に心配になるのが夫の身体とわが家の家計。しかも、検査を進めると、がんは進行していることが発覚し、仕事をしばらく休むことに。手術で人工肛門にする可能性も出てきた……。
一定額以上は払わない「高額療養費制度」
がんになって、いちばんお金がかかるのが治療費だ。医療の進歩で選択肢が増えた分、中には超高額なものもある。
医療費が高額になったときに支えてくれるのがこの制度だ。年齢や所得に応じて1か月の自己負担額に上限が設けられ、それを超えた金額が後日戻ってくる。
「69歳以下で平均的な年収で3割負担の人の場合、1か月の上限は約8万~9万円。費用がかさんでも、上限が決まっているので安心です」
ただし、一部の高度な治療や差額ベッド代など対象にならないものもあるので要確認。さらに、事前に「限度額適用認定証」を申請しておくと、自己負担額を超える金額を一時的に立て替える必要がなくなるので便利だ。誰でも利用できる制度なので、大腸がんに限らず、がんと診断されたら忘れずに申請しよう。
給与の一部がもらえる「傷病手当金」
がんで仕事を休んで給料がもらえないときや減額されたとき、お金が支給される制度。給与の3分の2が最長1年6か月間支給される。
「来年1月からより使いやすくなります。これまでは『支給開始日から1年6か月間』でしたが、今後は『通算して1年6か月』になるので、お金が必要なときにもらうことができるようになります」
この制度は、企業の健康保険が財源なので、会社員や公務員だけが対象となる。
がんで退職したらもらえる「失業給付」
がんで仕事を続けられなくなった人が、再就職までの間、一定のお金を受け取れる制度。雇用保険に加入していた年数に応じて支給される。
「失業給付と傷病手当金は同時に受給できません。傷病手当金は退職しても、一定の要件を満たせばもらい続けることができるので、まずそれを全額もらってから失業給付の申請をするといいですよ」
障害が残った場合の保障「障害年金」
人工肛門や、抗がん剤の副作用で起こるだるさやしびれなど、がんが原因で障害が残り仕事や生活がつらい……そんなときに助けになる制度がある。
「年金というと高齢者になってからのものと思われがちですが、この制度は65歳未満でも受け取ることができます」
もらえる金額は、加入している年金の種類や等級によって異なるが、厚生年金に加入して障害等級3級の場合、最低でも年に58万5700円受け取れる。日常生活や仕事が困難なら迷わず申請したい制度だ。
■もらえるお金メモ
高額療養費制度
①誰がもらえる?
→一定額以上の医療費がかかった人
②いくらもらえる?
→平均的な年収の人の場合8万7430円を超えた医療費
③申請先は?
→勤務先の健康保険組合、国民健康保険の場合は各自治体
傷病手当金
①誰がもらえる?
→会社員や公務員など健康保険の加入者
②いくらもらえる?
→給与の3分の2
③申請先は?
→健康保険組合、協会けんぽ
失業給付
①誰がもらえる?
→雇用保険に一定期間加入していた人
②いくらもらえる?
→年齢と賃金日額に応じた額の約5~8割
③申請先は?
→ハローワーク
障害年金
①誰がもらえる?
→障害等級1~3級に該当し、公的年金に加入して、保険料の納付要件を満たす人
②いくらもらえる?
→年58万5700円(厚生年金に加入、障害等級3級の場合)
③申請先は?
→各自治体
ケース2 自分が乳がんになったら 〜手術後にも出費がかさみがちだけど助成が〜
パートで働いていたが、即入院し、手術で左胸の乳房を全摘出することに。さらに抗がん剤治療もすることになった。いろいろ心配は尽きないが……。
ウイッグの費用を負担「医療用ウイッグの助成金」
抗がん剤治療中、副作用で髪が抜けてしまうことがある。そんなとき、見た目や気持ちを変えてくれるのが医療用ウイッグだ。このウイッグを購入した人のための助成がある。
「今のところ医療用ウイッグは公的な保険の対象にはなっていませんが、市区町村を中心に、自主的に助成金制度を設けている自治体もあります」
助成内容や条件は自治体によって異なるが、中には最大5万円を支給するところも。住んでいる自治体が助成を実施しているか確認してみよう。
乳がんを手厚く助成「乳房補整具の助成金」
乳がんで全摘出などの手術や放射線治療を受けたあと、一般的なブラジャーを使うと痛みやむくみの原因になることがある。専用の補助パッドや下着を購入したときに受けられるのがこの助成だ。
「これも自治体ごとに助成内容や条件が異なります。女性の9人に1人がかかるという乳がん。手厚い助成があるのでぜひ活用を」
■もらえるお金メモ
医療用ウイッグの助成金
①誰がもらえる?
→治療の副作用で脱毛し医療用ウイッグを購入した人
②いくらもらえる?
→最大5万円(自治体によって異なる)
③申請先は?
→各自治体
乳房補整具の助成金
①誰がもらえる?
→がん治療の乳房切除などで補整具が必要な人
②いくらもらえる?
→最大5万円(自治体によって異なる)
③申請先は?
→各自治体
ケース3 義母が胃がんになったら 〜障害が残り要介護となってもサポートあり〜
悪いことに胃がんがかなり進んでいて、手術で胃を全部切除することに。医療費がかさみ、また体重が著しく低下して要介護状態に……。
高額医療費で税金還付「医療費控除」
年間の医療費が高額になったとき、申請すると税金が優遇される制度。どのがんでも適用できる。
「保険適用外の治療費や薬局で購入した薬代、通院や入院のための交通費など、さまざまなものが対象になります」
家族全員の医療費を合算して10万円を超えると申告でき、最高で200万円が控除の対象になる。
この制度は、確定申告をすれば誰でも利用することができる。会社員の場合は年末調整とは別に申告が必要だ。
手厚い支援が受けられる「介護保険」
がんが原因で介護や日常生活の支援が必要になった義母。このような場合に、さまざまな介護サービスを約1〜3割の自己負担で受けられる制度がある。
40歳から64歳までは特定疾病のみ介護保険サービスが利用でき、これにがんが含まれる。介護福祉士や訪問介護員による介護、介護用品の貸し出し、住宅改修費の支給などが用意されている。
「在宅で介護する場合、手すりやスロープを取りつけるリフォームが必要になることも。同一住宅、同一人につき原則20万円までが支給されます」
家族の介護で休職したら「介護休業給付金」
がんになった義母の介護のために娘の自分が仕事を長く休むことになり、収入が激減。そんなときにもらえる給付金がある。
「2週間以上休む必要があり、給料が2割以上減ってしまった場合、復職を条件に、給与の67%が通算最長93日間、3回まで支給されます」
家族の介護には大変なことも多いが、休業中も収入が保障されるのは心強い。
介護の対象は配偶者、父母、子、配偶者の父母、祖父母、兄弟姉妹など幅広いので、いざというときに活用したい制度だ。
■もらえるお金メモ
医療費控除
①誰がもらえる?
→確定申告した人
②いくらもらえる?
→最高200万円が控除対象
③申請先は?
→税務署
介護保険
①誰がもらえる?
→40歳以上の人
②どんな支援?
→20万円まで介護保険でリフォームできる。
自己負担1割(世帯収入が多い場合は2〜3割)で各種介護サービスが受けられる
③申請先は?
→市区町村
介護休業給付金
①誰がもらえる?
→雇用保険に一定期間加入していた人
②いくらもらえる?
→給与の67%
③申請先は?
→勤務先管轄のハローワーク
教えてくれた人は……黒田尚子さん
●ファイナンシャルプランナー。セミナーや講演の講師、新聞・書籍・雑誌・Webサイト上での執筆、個人相談など幅広く行う。『がんとお金の本~がんになった私が伝えたい58のアドバイス』(ビーケイシー)など、著書多数。
〈取材・文/後藤るつ子〉