「『あいのり』MCのオファーをいただいたのは24歳くらいで、当時は映画やドラマなど、演劇の世界での活動が中心でした」
1993年の『ジュノン・スーパーボーイ・コンテスト』で審査員特別賞を受賞してから、ドラマやバラエティーに次々と出演。現在は地元・名古屋と東京を行き来し、芸能活動を続けている加藤晴彦。
1999年10月11日から2006年3月までの約6年半、MCを務めた恋愛バラエティー番組『あいのり』(フジテレビ系)で、加藤の存在は全国に知られることになった。
「バラエティー番組のMCを引き受けたのは、新しいことにチャレンジしたかったからです。同時に不安もありました。でも久本雅美さんや今田耕司さんといった先輩の方と仕事ができるというのが魅力で、始まってみると、とても安心感がありました」
『あいのり』は男性4人と女性3人がラブワゴンという自動車に乗って、さまざまな国を旅する中で繰り広げられる恋愛模様を視聴者に見せてきた。
旅の途中で参加者は日本行きのチケットを渡すという形で意中の異性に告白する。成功するとカップルで帰国し、振られると1人で帰国というシビアな現実が待っている。加藤にとって、『あいのり』とはどんな番組だったかを聞いてみると、
「特に10代後半の視聴者が注目してくれて、放映の翌日に登校すると、前夜の『あいのり』から1日の話題が始まるという社会現象が生まれたことに、驚きとともに、身が引き締まるような思いになりましたね。
あの番組の魅力は相手に告白するまでの過程を通じて、人間の怒りや悲しみ、悔しさや喜びなど、喜怒哀楽がぎゅっと凝縮していくさまが見えることなんです。SNSのようなバーチャルな世界にはない、人間関係のアナログな部分を詰め込んだような濃い内容でした」
iPhoneが発売されたのが2007年。当時はネットの世界で人と人が今のように、簡単につながれる時代ではなかった。恋愛というテーマを通じて、人と人との間に湧き上がってくるさまざまな感情を、カメラがとらえていく。フィクションをも凌駕(りょうが)した世界に、加藤さんは襟を正して臨んだという。
「スタジオでの収録は3週間分のロケの映像を見ながら語り合います。僕は事前にVTRを見ることはなく、いつも本番で見ながら、ガチで所見を語ることにしていました。視聴者と同じように、そのときに初めて男女の喜怒哀楽を感じたかったからです。視聴者と同じ位置にいることによって、一緒にこの番組の世界観を共有したかったからですね」
加藤自身もロケに同行したこともあった。さまざまなカップルを見ていく中で、告白した女性がなぜ振られてしまったのかを考えたこともある。
「性格のいい女の子が振られてしまって、がっかりした表情など忘れられないシーンがありました。女の子が悪いのではなく、タイミングや相性の問題でしょうね」
恋愛は理屈では割り切れないもの。だからこそ人間の情感が高まっていく。それがリアルに伝わる番組だったと彼は振り返る。
「収録が終わるとどっと疲れました。僕だけでなく、久本さんや今田さんも同じように“すごかったよね”“こんなことがあるんだね”と、男女の恋の行方に口をそろえて。他人の恋愛とわかっていても、のめり込んでしまっていました。
あのときのような喜怒哀楽がフル回転した感覚が、今のテレビにはないのかな、と感じることもあります。そういう意味ではとても寂しいです。またこういう感覚を共有できる番組が出てきてほしいですね」
(取材・文/夏目かをる)
初出:週刊女性2021年11月23日号/Web版は「fumufumu news」に掲載