不明瞭な給与形態、労働基準法を無視した過労死レベルの時間外労働─。引っ越し業界最大手『サカイ引越センター』のブラックな一面が浮き彫りになった。同社の20代の社員らは給与や労働環境の改善を求めて労働組合を結成。会社との交渉に乗り出したのだが、現状は熾烈を極めていて……。
繁忙期は月100時間を超える時間外労働も
パンダのキャラクターや「勉強しまっせ」や「まごころ」などのCMでおなじみの引っ越し業界最大手の『サカイ引越センター』。
リーズナブルな価格と、きめ細かなサービスがウリで、引っ越し件数は業界第1位をキープし続ける。しかし──。
「実態は給与形態は不明瞭で基本給は6万~8万円。繁忙期には120時間を超える時間外労働。横行するパワハラ、事故や労災隠しなどが常態化しているんです」
と言うのは同社で働くサカイ引越センター労働組合執行委員長の大森陸さん(25)。
大森さんは今年5月、給与面や職場環境の改善を求め、神奈川県川崎市にある宮前支社のメンバーを中心とした労働組合を立ち上げた。
「僕は前職も引っ越し業界。サカイは一部上場企業だし、それなりにちゃんとしているのか、と思い中途採用で就職しました。ですが勤務時間のわりに給与は低く、これらを疑問に思うことがありました。
上司に尋ねても“本社に聞いておく”とか“また今度”などとはぐらかされ、回答をもらえませんでした。そこで同僚たちと話し合ったところ、きちんと説明してもらい、不明瞭なものに関しては会社と交渉するため労働組合を結成することになったんです」
メンバーは大森さんはじめ、20代の若者たち。社会運動とは縁遠かった若手従業員と会社との闘いが始まった。
「長時間労働や給与形態などこれまで何人もの従業員が訴えてきても改善されないままなんです。今回も私たちが問題にしているひとつに時間外労働の長さがあります」(組合関係者)
支社や個人によって異なるが平均月80時間を超え、繁忙期には月100時間以上の時間外労働はざら。
「最高で120時間を超えたことがあります。中には150時間という人もいました」(前出・大森さん)
疲労困憊、死亡事故も
これは過労死レベルをはるかに超える時間。労働問題に詳しい代々木総合法律事務所の鷲見賢一郎弁護士も憤る。
「過重労働なんてレベルじゃないですよ。完全に労働基準法違反ですよ。150時間働かされている証明は必要ですが、労働基準監督署に申告すれば調査に立ち入り、会社側に指導をします。場合によっては検察に送って刑罰対象にしてもおかしくない。こうした状況は改善しないとだめです」
当然、スタッフは疲労困憊。居眠り運転で事故を起こすケースは後を絶たない。
「事故を隠す管理職もおります。高速道路で工事車両に突っ込んだり、物損だけでなく、人身事故を起こし、亡くなった人もいます」(前出・組合関係者、以下同)
24歳の男性社員は長時間の深夜勤務を終え、バイクで帰宅中に疲労から居眠り運転。電柱にぶつかる単独事故で亡くなった。21歳の助手の男性はトラックのバック誘導中に車と電柱に挟まれて亡くなった。踏切で立ち往生して列車と衝突した接触事故も発生するなど同様の事故が何件も起きている。
「特に残業が長いのはトラックのドライバーと主任など中間管理職と営業職。営業職は業務外でも対応しろ、と言われていて休日でも深夜でも業務用携帯で仕事をしている。“見えない鎖につながれている”なんていう人もいます。
“仕事が忙しくて夫が帰ってこない”と心配する従業員家族も少なくありません」
必死で長時間、働かざるをえない理由もある。
「給与は6万~8万円の固定給+歩合です。1日の引っ越し代金の中から数パーセントが上乗せされるシステムなんです。そこにさまざまな手当がプラスされ、支給されます。どれだけ件数をこなすかで給与は左右されます。
それに入社時、残業代は1分単位でつくと説明されていましたが結局15分単位。これも労働基準法違反ですよね。残業手当や深夜手当などの計算方法も不明瞭で支社や個人によってバラバラ」(前出・大森さん、以下同)
年2回のボーナスも支給されるが金額は1回に10万円に満たない。おまけに顧客の荷物を破損させたり、事故を起こした場合には減額され、積み重なるとボーナスの支給自体がなくなるという。
「みんな給料を取るか、自分の時間を取るかの選択を迫られているんです。会社はどんどん低価格化を進めており、そうなると従業員の給与も必然的に減るんです。人手不足で数もこなさないと手取りで20万円ももらえません。勤務中に休憩時間を削ってでも1件でも多く現場を入れようとするのは珍しいことじゃない」
前出の鷲見弁護士が解説。
「一般的に基本給6万~8万というのは労働基準法27条に違反する疑いがあります。厚生労働省の解釈で基本給は、“少なくとも平均賃金の6割程度を補償することが妥当”と言っています。また、保障給がない場合は刑罰対象になります。保障給部分を上げるように組合で運動していくことが重要」
従業員が抱える不満、パワハラの温床にも
長時間労働と給与の不満は多くの従業員が抱えている同社の根深い問題だ。
会社側が勤怠を操作しているケースもあったという。
「威圧的で怒鳴り散らす上司からのパワハラによって心の病になってしまう人もいます。上からパワハラを受けて業務にあたっていた若手が管理職になったとき部下に同じことをする。負の連鎖が起きています」(前出・組合関係者、以下同)
さらに問題なのが従業員が留守の間に社員寮に無断で立ち入り、室内を撮影するなどの行為だ。完全なプライバシー侵害にもかかわらずこれまで黙認されていた。
「会社の言い分としては部屋をきれいに使っているかの確認、だそうです。会社の弁護士も会社の管理物件だから問題がないと言いますが……」
社員寮では新型コロナ陽性者が出たこともある。濃厚接触者が複数名いるにもかかわらず、会社側は「うちは(PCR検査は)やらないんで」との回答を聞いた人もいる。
各地で労災隠しも横行しており、次から次へと出てくる問題の山……。
実は部下と会社の間に入る管理職も上の顔色をうかがいながら仕事をしているという。
「左遷をちらつかされているんです。本社で部長クラスであっても会社にたて突くと見せしめのように一支店の支社長に異動させられることがあります。肩書も給与も下がる。その恐怖を管理職は持っていると話す人もいます。役職を上げたり下げたりして意思をコントロールしている。同じ支社で落とされるのは管理職にとってキツイ。これも会社からのパワハラではないでしょうか」
こうした背景に見えるのが経営者らのやり方だ。
「こうした前時代的な会社経営を続けている原因はトップダウンの親族経営であることも理由として考えられる。本社の役員会が機能しておらず、これまでの問題が改善・再発防止されていない。会社は社員ではなく株主のことしか考えていない」
社員の幸せはいずこへ
同社にはある社訓がある。
「“社員の幸せを求めて”とあるんですが何を言ってるんだと思ってしまいます。労働時間が長いため家庭を顧みられない、給与が低いなどの事情から離婚に至った社員も多いそうです」(前出・大森さん、以下同)
組合は長時間労働や労災隠しなどを、神奈川県の労働基準監督署に申し立てを行っている。
だが環境を改善するために立ち上がった組合員たちに会社の風当たりは強い。
「会社の弁護士は“宮前支社に労基署から長時間労働の指導が入り、今後は全社で長時間労働がないようにする”と言っています。ですが組合員以外の社員は変わらず80~90時間の残業。組合員だけが残業が極端に減りましたが同時に引っ越し現場も割り振られないので給与の支給額も減り、手取り20万円以下の組合員もいます。
それに組合員は組合員だけで仕事をさせられたり、担当エリアもはずされたりとか、あからさまな“組合差別”を受けています」
この状況が続けば退職もやむをえない、と考えている組合員もいるという。
「子どもが生まれたばかりの組合員がおり、いくら早く帰れても20万円に満たない手取りでは生活できません。社員は副業禁止なのでバイトもできない。これは僕たちに死ねってことなんですかね。会社は僕たちを解雇するのではなく、自主退社をうながそうと圧力をかけているんです」
こうした状況を尋ねるため同社に取材を申し込むと、
「交渉中のため取材は控えさせていただいております」
それ以上の回答は得られなかった。ただ、社員の幸せを願う社訓に反しているのではないかと質問すると、「それはないです」と本社の担当者は反論の姿勢を示した。
そのさなかの11月11日。同組合とサカイ引越センターとの第2回団交が行われた。
給与や労災隠しなどについて議論されたというが……。
「会社側からは残業しないことで現場が減り、落ち込んだ給与への補償はない、と言われました。14万でも頑張ってもらわないと、と……。歩合給が7割の現状で僕たちもこの給与額では生活が厳しい。せめて手取りで20万円はもらえたら……」
組合では今後も給与の改善などを求めて会社側と話し合いを続けていくという。
さらに、全国からも組合に加入したいとの問い合わせが増えているという。
「PANDA BAMBOO LEAF JAPAN(通称・笹の葉会)という支援団体も立ち上がり、活動を支えてくれています。厳しい状況ですがみんなで乗り越えたい」(前出・組合関係者)
鷲見弁護士は訴える。
「経営者はきちんと法律を守らなければなりません。8時間労働でちゃんとした金額の給与が支払われ、家族との時間や自分の将来を考える時間を過ごせるように、企業も変わらなければなりません。労働基準法を守るのは当たり前。ですが、それすら守っていない企業は、その規模を問わず多いのが現状です」
そして大森さんも願う。
「お客様に直接“ありがとう”って言ってもらえるこの仕事にやりがいは感じています。でも1日に何件も引っ越し現場が入るとやっぱり集中力は切れていきます。トラックの運転、大きな荷物の運搬、常に事故やケガと隣り合っているのも僕たちの仕事です。ほかの社員のためにも会社の方針を変え、一緒に仕事を続けていきたいんです」
若者たちのまっすぐな眼差しに経営者たちは何を思うのだろうか。
まだまだ「勉強」しなければならない点が山積みのようだ。