NHK『カムカムエヴリバディ』ヒロインの上白石萌音

「あ、ザ・朝ドラって感じだな」

 まずは、そう感じながら見始めた新・朝ドラ『カムカムエヴリバディ』。まっすぐで健気なヒロインと、戦時下での純愛を軸とした展開は、朝ドラとしては、かなり既視感の強いものである。

 それでも既視感を安心感・満足感が上回る理由として、まずはヒロイン・上白石萌音の存在がある。朝ドラの主役として、抜け落ちているポイントのまったくない「ザ・朝ドラヒロイン」。国語算数理科社会オール5の優等生という感じ。

 2つのTBSドラマ『恋はつづくよどこまでも』(2020年)、『オー!マイ・ボス!恋は別冊で』(2021年)で見せた純真無垢なキャラクターそのままに、与えられた世界観を見事に演じきる姿は、「なぜ、これまで朝ドラヒロインに選ばれなかったのだろう?」と思わせるものだ。

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 また、ヒロインとの純愛の相手役(現段階では)の松村北斗が、見事な掘り出し物だ。ジャニーズ発のユニット「SixTONES(ストーンズ)」からの抜擢。

 SixTONESは、YOSHIKI作の『Imitation Rain』でデビューするなど、これまでのジャニーズの方向性に囚われないユニットだと解釈していたのだが、そこから出てきた松村北斗は、非常にオーソドックスな魅力を持っており、言わば「ザ・朝ドラ」に見事にハマる「ザ・朝ドラヒロインの相手役」。

 若い頃の江口洋介をさらに精悍にしたような感じで、またせりふ回しも板についており、例えば昭和30年代だったら、日活映画の主役として重用されただろう。

「朝ドラ革命」を感じさせる3つの要素 

 と、脚本、ヒロイン、相手役、その他まとめて「ザ・朝ドラ」という安心感の『カムカムエヴリバディ』だが、その表面を剥ぎ取ってみると、とても野心的な要素にあふれている。大げさに言えば「朝ドラ革命」のような要素が埋め込まれているのだ。

「あ、早ぇ……」

 第2回を見て私はそう感じた。『カムカムエヴリバディ』の「革命ポイント」として、まず挙げられるのは「高速展開」だ。それを最初に感じたのが、ヒロインの子ども時代がたった1日で終わり、上白石萌音が第2回で登場したとき。

 従来の朝ドラでは、普通1週間、長ければ数週間、子ども時代が続くものだが、今回はたった1日。また、2週目でヒロインが相手役から求婚されるのというのも、かなりせっかちだ。

 MANTANWEB(11月13日)の記事で、制作統括の堀之内礼二郎氏はこう発言している――「多くの方がおっしゃっていることですが、ヒロインがお三方いらっしゃるので」「展開は3倍速で進むというより、3倍濃いと思っていただきながら、見ていただけたら」。

 かつて私はこの連載の『大河「いだてん」からそれでも目が離せない理由』(2019年2月)という記事で、大河ドラマ『いだてん』(2019年)の魅力を「スマホをいじりながら見ることができないドラマ」と書いた。テレビの眼前の敵であるスマホから目を奪うような「情報洪水」が『いだてん』の魅力だと断じたのだ。

 ご存じのように『いだてん』は、世帯視聴率的には盛り上がらなかったものの、その内容には、今後のメディア界におけるテレビドラマのあり方についての、濃厚な示唆があったと考える。その点、『カムカムエヴリバディ』は明らかに『いだてん』を引き継いでいる。

「100年3ヒロイン戦略」の効果

「革命ポイント」の2つ目は、先の堀之内氏の発言にもあるように、ヒロインが3人いて、トータル100年を1作に詰め込むという「100年3ヒロイン戦略」である。

 これは、今回の脚本における最大のポイントだ。現在の上白石萌音を継いで、その娘役の深津絵里と、さらにその娘(つまり上白石の孫)の川栄李奈が、それぞれ昭和30年代の大阪、昭和40年代の京都を舞台としたヒロインとなる。

 私が特に注目したいのは川栄李奈だ。また手前味噌で恐縮だが、『川栄李奈が「CM女王」以上の女王になる希望』(2018年6月)という記事で私は、「川栄がドラマの中にあらわれると、画面の中に『普通の風』が吹く感じがする」と彼女を絶賛した。

 川栄李奈の持つ、この「普通力」、言葉を開けば「ありふれた日常を再現する力」を生かす場として、朝ドラは絶好の舞台だと思うのだが。

 話を戻すと、最近はたった1クール(3カ月)の連ドラでも、その中を「●●編」「▲▲編」と2~3個のパッケージに分割する手法がよく使われる。

「100年3ヒロイン戦略」で全体を3つに区分し、ヒロインと時代と舞台を変えながら、その中を「高速展開」で埋めていくという手法は、鮮度の維持という意味で有効なのではないか。

 そして最後の「革命ポイント」は脚本家・藤本有紀の起用である。私は彼女が手掛けた朝ドラ『ちりとてちん』(2007年)のけれん味たっぷりの脚本や、さらに、そのけれん味を極限まで高めて、第34回向田邦子賞に輝いたNHK『ちかえもん』(2016年)に、かなり入れ込んだ。

 上品な世界観の中に、ウイット、いや「くすぐり」をたっぷりと振りかけた「藤本有紀ワールド」。現段階ではまだ、その「藤本有紀ワールド」は見えにくいが、ドラマが戦後に入れば、途端に「くすぐり」が炸裂することだろう。期待したい。

「革命」という大仰な言葉を使うのは、『カムカムエヴリバディ』だけでなく、今年のNHKのドラマ作品全体に、大きな地殻変動を感じたからだ。平たく言えば、今年のNHKのドラマは攻めていた。

 まずは朝ドラの前作『おかえりモネ』。朝ドラ久々の「現代もの」だったが、冷静で淡々としたタッチの中に、東日本大震災ほか、現代社会のさまざまな断面を組み込んだ脚本は見事だった。

 現代社会のさまざまな断面――例えば、ヒロインの百音(清原果耶)による「もし、助けてもらってばっかりだったとしても、それはそれでいいっていう世の中の方がいいんじゃないかな」というセリフは、「自助」が安易に取り沙汰される時代へのメッセージだと、私は受け取った。

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 朝ドラ以外では、特に「土曜ドラマ」「金曜ドラマ10」枠が野心作ぞろいで、特に『六畳間のピアノマン』『きよしこ』『今ここにある危機とぼくの好感度について』『ひきこもり先生』(以上「土曜ドラマ」)、『半径5メートル』(4~6月)、『オリバーな犬、 (Gosh!!) このヤロウ』(以上「金曜ドラマ10」)などの攻め攻めな作りには目を見張った。

 また、新しいところでは、「PMS(月経前症候群)&生理と向き合う私たちの、『言えない言葉』と『言わない気持ち』が交差するポップ&ハートフルな“雨の日”のドラマ」(公式サイト)=『雨の日』(11月3日放送)には、腰を抜かすほど驚き、感心した。

NHKドラマの野心的なたくらみ

 全体に、(民放ほどには)視聴率に縛られないことが奏功しているのだろう。今年のNHKドラマには、野心的なたくらみを強く感じた。今、NHKで最も攻めているジャンルは、報道やバラエティではなく、ドラマだ。

 野心的なNHKドラマは、内容のすご味ほどには話題になっていないかもだが、それでも静かなる「無血革命」、テレビの名誉を取り戻す「名誉革命」が進行していると言っていい。

 NHKドラマで進行中の「革命」を受けて、その象徴である朝ドラ『カムカムエヴリバディ』が発進した。「高速展開」「100年3ヒロイン戦略」「藤本有紀」の3本の矢を携えた「朝ドラ革命」が起きると信じる。

「革命」を推進力として、『カムカムエヴリバディ』は「ひなたの道」(On the Sunny Side of the Street)を歩いていくだろう。雨は降らないだろうか。大丈夫、前作の気象予報士・百音が、天気をずっと見ていてくれるだろうから。


スージー鈴木(すーじー すずき) Suzie Suzuki ◎評論家 
音楽評論家・野球評論家。歌謡曲からテレビドラマ、映画や野球など数多くのコンテンツをカバーする。著書に『イントロの法則80’s』(文藝春秋)、『サザンオールスターズ1978-1985』(新潮新書)、『1984年の歌謡曲』(イースト・プレス)、『1979年の歌謡曲』『【F】を3本の弦で弾くギター超カンタン奏法』(ともに彩流社)。連載は『週刊ベースボール』「水道橋博士のメルマ旬報」「Re:minder」、東京スポーツなど。