瀬戸内寂聴さんが亡くなった。99歳。まさに大往生だ。
瀬戸内寂聴さん、愛されるキャラクター
作家であり僧侶であり、そして、お騒がせな人でもあった。2016年には死刑廃止運動をする弁護士たちに向け、
「殺したがるバカどもと戦ってください」
というメッセージを寄せたことで、炎上。その直後に行われた池上彰との対談(BSフジ)では、
「炎上ってやっぱり不愉快ですよね。(略)文脈がわからないのは、教育が悪いんですよ。そこまで言うと、またやられるから言わなかったけど。あ、言っちゃった」
と、ぼやいていた。
そういうキャラクターゆえか、STAP細胞騒動で物議をかもした小保方晴子さんと雑誌で対談したときには、
「あなたがされたことはイジメですよ。あなたは必ず甦ります」
と、励ましたりもした。
そんな寂聴さんにとって、痛恨のお騒がせが20代での不倫だ。夫の教え子と恋に落ち、幼い娘を棄てて家を出た。70年たってもなお、涙をためながら、こう振り返っている。
「“お母さん行ってはイヤ”って言葉も言えないときですからね。むごいことをしました、本当に。それだけがね、私は後悔している」(『クローズアップ現代+』NHK総合)
だが、この出来事は作家としての原点でもある。自らの愛欲を貫き、それについて書き、また、愛欲に苦しむ人たちに寄り添うことを使命のようにして生きたのだ。
それが文学としても生き方としても成立したのは、彼女がある意味、愛されキャラだったからだろう。文壇関係だけを見ても、川端康成のような年上の大家に可愛がられ、辻仁成などの年下の後輩にも慕われた。
後者については、70歳を過ぎてから、文芸誌でこんな発言もしている。
《島田雅彦もハンサム。私、ああいうのみんなごひいき》
《平野啓一郎さんと京都でデートしました。礼儀正しくて、素直で、とてもいい子》
また、前出の池上との対談では、51歳で出家したあとも「モテモテだった」として、こんな裏話を明かした。
「“尼さんってどんなかな?”って好奇心がある男は世の中にいっぱいいますよね。そんなのが言い寄ってくるんですよ」
ただ、出家後は「色恋の煩悩を見事に断つことができた」とも。出家する際「嘘」と「悪口」と「色恋」がよくないと言われ「色恋」だけをやめることにしたのだという。
これはなかなか深い。彼女は現実の「色恋」を断つかわり、小説という「嘘」のなかでそれを愉しみ「悪口」は説法のなかに活かすことでカリスマとなったのだ。現実の「色恋」については出家までに味わった分で満足できたということかもしれない。
最後の連載となった随筆のなかで、彼女はこう綴った。
《結局、人は、人を愛するために、愛されるために、この世に送り出されたのだと最期に信じる》
これは本来、世の摂理だと思われるが、こと男女の愛欲に限れば、最近は淡泊なほうが好まれ、濃密なものは避けられる傾向がある。これから、若い人が彼女のように生きるのはむしろ困難なのではないか。
そういう意味で、彼女の死は、人が愛欲に正直だった時代の終わりを象徴するようにも感じられるのだ。
さて、極楽というものがもし存在するとして、あいにくそこにはまだ若い後輩たちはいない。そのかわり、年上のほうは大勢いるから、彼女は可愛がられ、少女のようにときめいていることだろう。そんな空想もしたくなるような、大往生である。