藤井風(ふじい・かぜ)というシンガーソングライターをご存じだろうか。
2019年にシングル『何なんw』、『もうええわ』を配信し、2020年1月に正式にデビュー。その後、数々の音楽賞を獲得するなど、その評価はうなぎのぼり。
甘いルックスの藤井風が放つ岡山弁
彼を知らないという人も、車 (ホンダ ヴェゼル)のCMで彼の歌が流れているから、楽曲は耳にしたことがあるという人は多いのでは。
注目すべきは彼の曲の多くが岡山弁で書かれ、さらに普段の話し言葉も岡山弁丸出しだということ。
甘いルックスから放たれる、やや舌ったらずな「ワシは言うたが」「何じゃったん」。
新鮮で心地よく、藤井風をきっかけに岡山弁に親しみを持った、という人も多い。
エンターテイメントの視点から方言について考察している芸能ライターの田辺ユウキ氏は、
「かつては、方言はかっこ悪い印象を持たれる時代がありました。上京したら、まず標準語をマスターしなければ“田舎臭くてモテない”なんてこともあったかもしれません。T.M.Revolutionの西川貴教さんも、ご自身の書籍で、東京に出て言葉の壁を感じたと語っていらっしゃいます。
それが1990年代中盤以降になって、インターネットが普及し、人と人がコミットしていく方法が変わりましたね。発信する側も受け手側も、それぞれの個性を認め合い、方言もその人のパーソナリティとして受け止められるようになっていきました」
確かに生まれ育った土地の言葉は、自分の気持ちをダイレクトに表現できる。地方出身者にとって自然にスッと出てくる言葉が、方言なのはあたりまえ。方言を標準語に直せば、別モノになってしまう感は否めない。
たとえば、前述の藤井風の歌詞にしても「ワシかてずっと一緒におりたかった」を標準語にして「僕だってずっと一緒にいたかった」では、心に刺さる強さ、切なさ、優しさが違ってくるというものだ。
日本のどこにいても欲しいものが手に入り、ビジネスができる時代。
いわゆる“方言を話す=田舎者”のイメージではなく、アイデンティティーを示す1つの手段へと変化しつつあるのかもしれない。
地方出身者は方言と標準語のバイリンガル
地方出身者の多くが、なんとか標準語をマスターしなければと苦労しているときに、関西弁使用者は、東京であろうと、はたまた日本のどこに行っても、関西弁を使い続けている人が多いと感じる。それは関西人の地元愛なのか、東京に対する対抗意識なのか、それとも標準語は話せないという居直りなのか。
滋賀県出身で、大阪在住の田辺氏に聞いてみると
「僕はよく、『関西出身なのに関西弁が出ませんね』と言われます。標準語で話すこともあれば、関西弁で話すこともあるわけで、両方使い分けられるんです。地方出身者の中には標準語と方言を使い分ける人は少なくないと思います。そのときの場面や相手によって、話しやすいほうの言葉で話しますから。ただ関西弁圏の人間は、地元以外では関西弁を使わないようにしようという気はさらさらないので、口から出る率が高く、目立つということでしょうね」
関西弁を標準語と同じくらいメジャーにしたといわれる明石家さんま。関西弁漫才で東京に乗り込んできたダウンタウンの松本人志と浜田雅功も、東京在住歴が長くなりプライべートでは標準語で話をしていると聞く。
「関西弁の面白さって、ゆっくり話すと、相手は“なめられてるんじゃないか”と感じたり、語気を強めると“怖い”と感じたりするんですよね。話すスピード感やテンションで、聞こえ方が違ってくるのが、お笑いに向いているんじゃないでしょうか。
もう少し分析してみると、江戸では100万人の人口のうち半数が武家だったそうで、身分の上下が厳しくあり、言葉もまた上下関係に即して使われてきていたそうです。一方、大阪は商人の街で、人と人とは対等に接するという文化があった。しかも商売をするために、立場に関係なく親しみやすい言葉で人々が接してきた。“言葉をも商売道具に”というルーツがあるんだと思います」
岡山弁は“クセがちょうどいい”
漫才ブームとともに、親しみを込めて全国区として受け入れられた関西弁。
そして2021年になって突然、注目を浴びているのが岡山弁だ。
なぜ岡山弁がここまで人気になったのか。
田辺氏は、お笑い芸人の千鳥の影響も大きいと語る。昨年からは冠番組も多く組まれ、今や押しも押されもせぬ大人気芸人だ。
「先日、M-1グランプリの1回戦を見てきたのですが、素人出場者の中に千鳥っぽい口調のコンビがけっこういました。皆が岡山出身とも思えませんので、“な~んちゃって岡山弁”だと思いますね(笑)」
これまでも方言人気ランキングが次々に発表されてきたけれど、その基準はたいがい「女子が使ってかわいい方言」であることが多い。
女子の口から出る方言が「ちょっと田舎っぽい」「あかぬけていない」ところがかわいいというものだ。言ってみれば男性目線からのかわいい方言なのだが、岡山弁はむしろ女性からの好感度が高い。
田辺氏は、
「言葉はきつくて強いけれど、イントネーションが優しくて、押しつけがましさがないですよね。千鳥は岡山弁を話す自分たちのことを“クセが強い”と言いますが、むしろ岡山弁は“クセがちょうどいい”という女性たちがいるんだと想像しています。
女性は一般的に人間の機微に敏感で、個性とか、本音を察知する力に長けていると思うんです。岡山弁という言葉の中に、そうしたものを感じ取っているのではないでしょうか」
藤井風のルックスと方言のギャップ萌えした人も多いなか「このルックスだから許せるけど、ブサイクだったら絶対に嫌」「しゃべり方を聞いた瞬間に嫌になった」「友達ならいいけど会社にいたらいや」などなど賛否両論あるのもまた事実。
藤井風や千鳥人気にあやかって、なんちゃって岡山弁を使ってもモテるわけではなさそうだ。
〈PROFILE〉
田辺ユウキ:大阪を拠点に芸能ライターとして活動。映画、音楽、アイドル、お笑い、YouTubeネタなどを幅広くリサーチ&考察する。
初出:Webメディア『fumufumu news』(主婦と生活社)