「コロナ禍で学費や生活費に困窮する学生がどれだけいると思っているのか。学費を稼げず奨学金を申請せざるをえなくなった友人もいる。彼らのことを考えると事件は腹立たしいし、辞任は当然」
と日本大学法学部3年の男子学生(21)は言い切る。
地位を利用して業者から引っ張ったリベートなど約1億2000万円の収入を隠し、約5300万円を脱税したとする所得税法違反の疑いで逮捕された同大学の理事長・田中英寿容疑者(75)。12月1日の臨時理事会で辞任が承認され、13年の長きにわたる独裁体制が終わった。
「理事長を降りたといっても、田中容疑者は容疑を認めたわけではない。そんなカネは受け取っていないし、従って脱税もしていないと主張している。不当逮捕ながら、身柄拘束によって理事長の職責を果たせないためとする辞意表明だった。理事職は続けるつもりだったようだが、3日に解任され、すべての役職を失った」(全国紙社会部記者)
約1億2000万円の裏金
手錠をかけた東京地検特捜部は約1億2000万円の出どころについて、日本大学板橋病院をめぐる巨額背任事件で起訴された理事長側近の元理事・井ノ口忠男被告(64)らを介した関係業者からのキックバックや、医療法人『錦秀会』前理事長・籔本雅巳被告(61)から受け取ったリベートなどとみている。
「9月に明らかになった約4億2000万円背任事件の関係先の家宅捜索で、田中容疑者宅から1億数千万円に上る大金が見つかった。特捜部は背任罪の共犯での立件は見送ったものの、井ノ口、籔本の両被告が『誕生日祝い』や『理事長再任祝い』などの名目で田中容疑者に現金を渡したとする供述を得ており、巨額脱税で刑事責任を問えると確信している」(同・記者)
冒頭の男子学生は地方から上京し、スーパーマーケットのレジ打ちのアルバイトを3年続け大学に通っている。時給は1100円。
「僕は働けるだけマシ。飲食店バイトの友人は緊急事態宣言で雇い止めになってしまい、金欠生活を送っている。働かずに大金を得ようなんて間違っている」(男子学生)
バイトで疲れた足を引きずってひとり暮らしの部屋に帰り、スーパーでもらった売れ残りのお惣菜で晩ごはんを食べるのが楽しみだという。
法学部4年の女子学生(22)は、事件発覚前に就職が決まり悪影響を回避できた。
「アメフト部の悪質タックル事件(2018年)に続き、背任事件、脱税……。世間からは“また日大がやらかしたな”と言われてしまう。コロナ禍によってキャンパスを使わなかった側面もあるので、それも考慮して払い込んだ学費の一部を返還してもらいたい」(女子学生)
カフェのバイトは時給1100円。授業がない日は12時間働き、翌日は出かける気力も残らない。
納めた学費が回り回ってその懐に入った疑いが持たれている田中容疑者に対し、多くの学生が嫌悪感を示す。
理工学部1年の男子学生(19)はこう話す。
「学費を返して」 保護者がブチギレ
「高い学費を払っているのに、そういうことに使っていたのかと親は憤慨していますね。“学費を返してもらえ”って。僕に言われても困りますが、そう言いたくなる親の気持ちは理解できる」
日大が公表しているデータによると、理工学部(数学科以外)の初年度学費は、入学金、授業料、実験実習料、施設設備資金、後援会費、校友会準会員年会費を合わせ177万円。卒業までの4年間で計630万円になる。ちなみに法学部は4年間計438万円で、学問を究めるために捻出した金が容疑者の懐に還流していたとすれば怒りが込み上げて当然だろう。
「納税は国民の義務ですよ。みんな苦労して納めているのに、脱税の疑いをかけられるなんて恥ずかしい」
と先の男子学生。バイトを掛け持ちし、塾講師は1コマ1750円(80分)、スーパーのレジ打ちは時給1100円。1日立ちっぱなしで「ひざにきて動けなくなる」という。
友人の理工学部1年男子学生(18)は居酒屋のホールスタッフのバイトをしており、時給1100円。
「トイレ掃除では嘔吐物の後始末もしなきゃいけない。僕はすごいのには遭遇してなくて、飛び散った嘔吐物の拭き掃除ぐらいだけど、働くとはそういうこと」(友人の学生)
薬学部5年の女子学生(23)はバイトをする余裕などないという。
「留年すれば余計にお金がかかる。勉強に専念しなさい、と親から言われているので国家試験突破に向けて猛勉強中です。正直、理事長逮捕に関心を持つ時間ももったいない」(女子学生)
教職員は不祥事に平謝り…
一方、教職員からはこんな声も。
「学生には申し訳ない気持ちでいっぱいですよ。事件は学生とは関係ないわけだし、学生に悪い影響が出ないようにしたい。大学はいい教育を受けるための場所ですから。われわれ教員もみな心を痛めているんです」
教職員有志は大学トップの逮捕を受け、理事長辞任と大学執行部の刷新を求めてネット署名活動を展開。加藤直人学長が理事長を兼任し、それ以外の理事全員が辞任することが決まったという。
全国最多の学生数7万3635人(5月1日時点)と卒業生121万5371人(3月時点)を誇るマンモス大学だけに、事件の受け止め方もさまざま。達観したかのような学生も見受けられた。
法学部2年の男子学生(20)は、妙に感心する。
「大学の設備は充実しているので、裏金が戻ってくるならば競技部の活動費に充ててほしい。それにしても、巨額の金を吸い上げるシステムを作り上げた田中前理事長の能力はたいしたもの」
経済学部3年の男子学生(21)はあっけらかんと言う。
「悪質タックル事件の影響で受験倍率が下がり、むしろラクに大学に入れたと思っている。学生生活のうえで事件はチョーどうでもいい話。校長が交通事故を起こしたのと何ら変わりませんよ」
学生の怒りや呆れる声は田中容疑者に届くか。