新宿・歌舞伎町にある新宿区役所近くの雑居ビル屋上で40代の男性が死亡しているのが見つかった。男性と容疑者が出会ったのは「シネシティ広場」(広場)。最近では、広場に集まる未成年を中心とした若者たちも含めて、“トー横キッズ”と呼ばれることもあり、彼らが絡んでいるかのように報じられた。彼らに何が起きているのか─。この春からトー横の若者を追い続けた渋井哲也氏によるルポ。
「亡くなった被害者は歌舞伎町で暮らしていたホームレスで、『シネシティ広場』(広場)に集まる若者たちから“アキラ”と呼ばれ慕われていました。この事件で繊細な子どもたちが傷ついたと思うと心が痛い」(歌舞伎町関係者)
事件は11月27日午後2時過ぎ。新宿区役所通りにある「星座館ビル」の屋上で起きた。数人から殴られている男性がいると、近くのビルから目撃した女性による110番通報が入った。警察官が現場に駆けつけると、職業住所不定の氏家彰さん(43)が意識不明の状態で倒れていた。刺し傷はなかったものの、その後、病院に運ばれ午後4時過ぎ、死亡が確認された。
傷害致死容疑で逮捕されたのは、関口寿喜容疑者(26)と少年2人。3人は容疑を否認している。このほか、一緒にいたとされる亀谷蒼容疑者(24)を傷害致死容疑で全国に指名手配した。現場近くの防犯カメラに、同日午前7時55分ごろから、氏家さんと関口容疑者ら計7人がビルに入る映像が映っていた。残る2名は未成年とみられ、警視庁は行方を追っているという。
関係者によると、氏家さんは「広場」でゴミを拾うなどのボランティア団体「歌舞伎町卍會」に協力していた、という。関口容疑者と氏家さんは「広場」で出会って、何らかのトラブルがあったといわれている。この春からトー横界隈を取材している筆者も9月ごろに氏家さんを初めて見たが、ゴミ拾いをしながら、若者たちの輪の中に入っていたのを覚えている。
「氏家さんを殺害したのがトー横キッズなどと言われていますがそれは違う。年齢もそうですが、この夏ごろから来るようになった輩です」(歌舞伎町関係者)
指名手配の亀谷容疑者はその後、出頭し逮捕された。
“トー横”と“広場”の違い
昨年ごろから映画館が入っている「TOHOビル」の東側の路地に集まる若者たちが話題になっていた。「TOHOビル」の横であるため、「トー横」といわれるようになり、集まる人数が増えるにつれ、場所も「広場」に分散したり、人間関係も細分化していった。
一方、もともと「トー横」の反対の西側にある「広場」にはたくさんの若者が集い、路上でお酒を飲んだりしていた。「トー横」と「広場」は別の人間関係がつくられていたが、「トー横」が話題になるにつれ、「広場」に移動する若者たちも出てきた。最近では警察も注目し、声かけや補導も始めた。
歌舞伎町でフィールドワークをしているライターの佐々木チワワさんはこう説明する。
「『トー横』はもともと“自撮り界隈”の子たちの待ち合わせの場所のことで、漠然と若者たちが集まっていました。自らを『トー横メイツ』とか『新宿メイツ』と呼んでいました。でも、お金がなく、ホストクラブなど夜のお店に行けないけれど、歌舞伎町を味わっている子どもと揶揄して、周囲から『トー横キッズ』といわれ始めました」
SNSで自撮りをする若者たちのほか、「TikTok」やInstagramでの動画投稿が話題になっていく。路上で前転をしたり、側転を繰り返したり。「ハヤシビル」を背に、音楽に合わせて踊るというものなどがあり、流行の発信地としての一面も見せていた。
バラバラになった“トー横四天王”
「トー横界隈」の呼び名をつくったのが20代前半のバーテンダーの男性で、「雨宮ただくに」を名乗り、「トー横の王」を自称していた。筆者は以前、取材したが、気軽に応じてくれた。
「この界隈(居場所のないキッズたちのコミュニティー)をつくったのは僕です。2年ほど前から集まっていました。安く飲めればいいかな、と思って呼びかけたのが始まり。若い子も多いですが、20代も30代もいます。昼は中学生もいます。友達に会いたいから、という理由で来ている人が多いみたい。メンツの入れ替わりは激しいです」
などと語っていたが、SNS上で彼の評判はよしあしが分かれている。「雨宮さんに会いたい」と言ってトー横に来るきっかけになっている人もいる。一方で、未成年の買春に関する斡旋の噂まであるが、雨宮本人は否定する。
「ただくにさんはわからないけど、周囲の人は斡旋にかかわっているはず。有名な話です」(夏までトー横にいた女子高生)
多発する事件
若者たちの一部では、市販薬の過量摂取(オーバードーズ)が流行っていく。市販薬と、ストロング系のチューハイやエナジードリンクと一緒に飲み、さらに、テンションを上げる若者もいた。
トー横がSNSなどで盛り上がりを見せていた5月11日、18歳の専門学校生と14歳の中学生の2人が歌舞伎町のホテルから飛び降りて、死亡した。翌週も、同じホテルで19歳の男性が飛び降り自殺した。このことで、「トー横」は、メディアに注目されていく。
学生2人の自殺の理由ははっきりしない。亡くなった男性のものと思われるTwitterには、飛び降りる数時間前に《(一緒に亡くなった中学生と)付き合ったカモ〜》との投稿がされていた。最後の投稿は、死亡する約1時間前の《お幸せになるが〜!》というものだった。
3人の自殺があり、警察や行政は「トー横」や「広場」の取り締まりを強化した。
「トー横四天王」の1人といわれていた、八重樫海渡容疑者が5月以降、中学生や高校生との性交を撮影したことで児童買春・児童ポルノ禁止法違反(児童ポルノ製造)などの疑いで逮捕、再逮捕された。
6月には、15歳のRという少年がホームレスの男性を暴行し、傷害の疑いで書類送検された。「トー横の王」と呼ばれた彼もまた四天王の1人だった。
逮捕事件が相次ぎ、夏休みに入ったころ、新宿署は制服の警察官だけでなく、私服警察官も投入。補導も強化した。新宿区は民間の警備員を配置した。また、大々的に、未成年の飲酒の取り締まりもした。さらに「広場」でも未成年飲酒で検挙した。その結果、夏ごろには「トー横界隈」の若者たちが減り「広場」に移った人もいた。
その後、「雨宮」が「グリ下」(大阪のグリコ看板の下)での動画投稿で見かけられたり、トー横創成期メンバーで人気のあった女性が札幌のイベントに顔を出したという話もあるが、「トー横」や「広場」で見かけられることはなくなった。9月某日、「トー横」にいた10代後半と思われる女性は、友達と待ち合わせをしていた。
「私は『トー横』じゃない。ここは『トー横』だけど、『トー横』の子はここにはいないよ。最近は『広場』のほうに行っているみたい」
今年の夏が終わるころには「トー横界隈」とされた集まりは事実上、融解し、「広場界隈」へと変化していく。
「日本各地に『界隈』ができ、中心メンバーは、大阪や横浜、大宮、名古屋などに遠征しています。(氏家さんが死亡した)傷害致死事件が起き、『広場』にいる若者も含めて『トー横キッズ』と報道されましたが、成り立ちからして違和感があります。逮捕された男は26歳だし」(佐々木さん)
家庭や学校に居場所がなかった若者たちが今でも歌舞伎町に集まっている。初期の「トー横」を知らない人ばかりになりつつある。
「10代の若者がかつての“トー横”を目指して来てももう今のトー横は犯罪の温床になっていて、居場所のない若者の傷を癒す場所ではない」(歌舞伎町関係者)
歌舞伎町という場所であることやコロナ禍であること、事件・自殺が起きたこともあり、入れ替わりも激しい。かつて「高校を卒業しても、ここに来ると思う」と言っていた女子高生の姿をもう見ていない。
〈取材・文/渋井哲也〉