料理家の村上祥子さん 撮影/廣瀬靖士

 終わりの見えないコロナ禍。この2年間、誰もが自分や家族の健康を守ることに向き合ってきたのではないだろうか。

ハッピーな人生の記憶を遺したい

「これほどまで、命について考えた日々はありませんでした。命は、身体の中にあるもの。“ちょうだい!”と言われても、誰にもあげることはできません。だからこそ、自分で身体のことを考えて、ちゃんと食べてほしいんです

 そう語るのは、料理家の村上祥子さん。シニアでもおひとりさまでも、好きなことを諦めないその生き方に注目が集まっている。

「ちゃんと、といっても、難しいことはしなくていいんですよ。私の人生には“~せねばならない”というルールはありません。できないことには目をつぶって、忘れていくぐらいでないと、人生100年時代は生きられませんから

村上祥子さん 撮影/廣瀬靖士

 そう笑う村上さんが、80歳の節目を目前にして、「遺言」を冠したレシピ本を上梓した。

 超高齢社会に突入した中、その先頭に立つようにキャリアを更新し続ける村上さん。今年もコロナ禍ながら5冊の本を著した。その締めくくりとなるのが、料理家人生50年の集大成ともいえる『村上祥子 80歳 遺言レシピ』だ。

「私自身は、遺言を書くつもりはありませんでした。自分の死後について、指図をしようとは思わないからです」

 だがコロナによって世の中がすっかり変わってしまった今、次世代に伝えておかなければ、と思うことがある。

 今年は予定していた多くの講演が中止・延期に見舞われたものの、料理教室や講習会は徐々に再開。

「その中で、多くの人が求めている食の形が、私のルーツとなる“1970年代の食事”に通じるものだと実感しました。それは、免疫力が強く、生活習慣病の疾病率が低かった時代。特に1975年ごろの食生活は、ユネスコの世界無形文化遺産に登録された『日本食』の理想形と言われています。今まさに、必要な食習慣なのです

 遺言というシリアスな言葉。しかしそれを前向きにとらえ、強いインパクトで人々の心に響く本に、と考えた。

闘病生活で食の大切さを痛感

「きちんと食べることが、命を守ることにつながる」という村上さん 撮影/廣瀬靖士

 遺言は書かない、死後のことを考えるよりも、最後まで前だけを向いて景気よく生きたい。そう語る村上さんだが、コロナ禍に突入する前から、自身の命や終活について、考えるきっかけはあった。

「今まで数十年の間に書きためてきたレシピや研究資料は膨大な量になっていました。子どもたちはそれを揶揄して“お母さんの紙くず”なんて呼んでいましたけれど(笑)」

 その数なんと50万点。仕事場になんとか保管していたが、年を重ねるうちに“自分にもしものことがあったら”という思いがよぎるように。

「私がこれを残して、パッと逝ってしまったら、さぞみんな困るだろうなと……。そう思って、主人が亡くなったときに終活の中締めとして、整理を始めました」

 研究資料は、福岡女子大学に寄贈。4トントラック2台で運ばれ、現在は『村上祥子料理研究資料文庫』として一般公開されている。食を学ぶ次世代へと受け継がれたのだ。

 そうやって身仕舞いを整えつつも、続けているライフワークがある。「ちゃんと食べて、ちゃんと生きる」、その大切さを伝えること。

「私が“食と命”の重要性を考えるきっかけになったのは、30代で患った顎の病気でした。完治までは4年かかり、10回の手術で18本の歯を抜く壮絶な体験。歯のない顎では十分に食事もできない、それでも生きなければと思ったとき、命を守るには何よりも“食べる”ことだと身にしみて感じました」

撮影/廣瀬靖士

 簡単で質素なものでいい。この本では、毎日のごはんの積み重ねこそが大切だと伝えたかったという。

「煮魚も、ふろふき大根も、電子レンジで手軽に作れる。お出汁も1分でとれる簡易出汁で十分! 頑張らなくてもいいから、この味を知ってほしい。それがきっと、“健康に生きていく”ことにつながると思うんです」

 昭和、平成、令和と、時代とともに歩み続け、料理家としての人生は半世紀を数える。

「好きなことを仕事にすることができ、私の人生はとてもハッピーでした。料理を作ることは仕事でもあり、生活の一部でもあった。だから、そこで生まれた楽しかった会話、幸せだった記憶とともに、その料理を遺したい」

 言葉どおり、本の中には料理にまつわるエピソードがちりばめられ、懐かしい昭和の風景とともに思い浮かぶ。幸せな食の思い出と、健やかな人生は切り離せないのだというメッセージが込められている。

本の中身を少しだけご紹介!

<健康長寿のヒケツ1>
朝ごはんはしっかり

「生涯現役!」とパワフルな村上さんも、今まで不調を知らなかったわけではない。40年前に大病を患い、10回の顎骨手術を経て、食の大切さを見直したという。

特に朝ごはんは大事です。毎朝習慣づけることで、体調が劇的に改善しました。残りものでも、ワンパターンでもいいんですよ」(村上さん)

【タンパク質食材を毎食100gとります】

卵1個と納豆1パックでおよそ100g。もちろん、肉や魚でとっても。魚をあまり食べない人も増えていると思いますが、さばやあじなどの青背魚は、生活習慣病予防のため、積極的に食べてほしいです

卵1個と納豆1パックでおよそ100gのタンパク質食材を摂取できる 撮影/廣瀬靖士

 本でも、手間なくできる魚介のレシピを多数掲載。“魚料理は面倒”という苦手意識が変わってくる。

【作り置きを活用してラクしてもいい】

「野菜で作る常備菜は切らしません。仕込むときは多少面倒に思えても、忙しい朝の一品になったり、おかずの味がすぐ決まったりと、結局はラクになるからです

野菜で作る常備菜や自作の調味料は作り置きで切らさない 撮影/廣瀬靖士

 例えばきゅうりのピクルスは、常温で2~3か月保存可(レシピは本の中に)。爽やかな酸味が身体を目覚めさせてくれる。

時短レシピで健康生活!

<健康長寿のヒケツ2>
昭和の食生活を“令和風”に

「いま、文部科学省を中心に、経済成長期に突入したころの“1970年代の日本の食事”を見直す動きが進んでいます。これをぜひ取り入れてほしい」(村上さん)

 本では、昭和の食卓を引き継ぎながら、無理せず続けられる時短レシピを紹介。電子レンジも活用!

【たった3分の加熱で本格煮物が完成!】
さばのみそ煮

3分で完成!さばのみそ煮 撮影/廣瀬靖士

<材料(2人分)>
・さば(半身)……1枚
・ピーマン……2個
・(A)みそ・砂糖・酒……各大さじ2

<作り方>
(1)さばは骨を除き、皮の中骨の位置に切り目を入れてから半分に切る。ピーマンは種とワタを除き、縦4等分に切る。

(2)皮を上にして耐熱皿にさばを置き、よく混ぜた(A)をかける。ピーマンを添えてふんわりとラップをかけ、600Wの電子レンジで3分加熱する。器に盛り、煮汁をかける。

<MEMO>
 電子レンジなら、すばやく内側から加熱するので、魚の臭みが出にくい。臭み消しのしょうががなくてもおいしく作れる。

【切り方も調理器具も時短イズベストでカンタンに】
乱切りふろふき大根

時短でできる乱切りふろふき大根 撮影/廣瀬靖士

<材料(2人分)>
・大根……8cm(200g)
・(A)
  ゆずの皮(みじん切り)……小さじ1/2
  みそ・砂糖……各大さじ1
  ゆずの果汁……小さじ1

<作り方>
(1)大根は、皮をむいて縦4等分に切ってから、5~6cm長さの乱切りにする。耐熱のポリ袋に入れて口を閉じずに耐熱皿にのせ、600Wの電子レンジで10分加熱する。

(2)器に(1)を盛り、よく混ぜた(A)をかける。

<MEMO>
電子レンジは食材のとがったところに電磁波が集まって火が通る。乱切りにすることで加熱時間を短縮できる。

電子レンジ調理やシニアごはんなどの著書を重ねる村上祥子さんが、コロナ禍を機に命について考え、本当に遺したいレシピをまとめたレシピ本。親しみ深い家庭料理を中心に75品を収録。料理にまつわる小エッセイもあり、読み物としても楽しめる。12月10日(金)発売・主婦と生活社/本体価格1300円(記事の中の画像をクリックするとAmazonの詳細ページにジャンプします)
●村上祥子(むらかみ・さちこ)●料理家・管理栄養士。福岡女子大学客員教授。昭和17年福岡県生まれ。テレビや雑誌などの各種メディアで活躍するほか、栄養指導や治療食開発、料理教室など、全国を股にかけて50年以上活動を続けている。著作は500冊を超え、累計977万部以上を発行。