日本沈没という未曾有の危機に立ち向かう人々を描いた「日本沈没―希望のひと―」(TBS系)の放送が残り2回となり、クライマックスを迎えようとしています。同作の主人公で環境省の官僚・天海啓示を演じているのは小栗旬さん。
同作は65年の歴史を持つ日本最長寿かつヒット作を連発するドラマ枠「日曜劇場」で放送されており、さらに小栗さんは年明け1月9日から大河ドラマ「鎌倉殿の13人」(NHK)の主演を務めます。
つまり小栗さんは民放最大のヒットドラマ枠「日曜劇場」から、国内で唯一年間放送されているドラマ枠「大河ドラマ」にハシゴ出演するということ。大作ばかりの両ドラマ枠をハシゴ出演することは異例中の異例であり、小栗さんが国民的俳優に登り詰めたことを物語っています。
また、「日本沈没」は、松山ケンイチさん、杏さん、仲村トオルさん、香川照之さん、「鎌倉殿の13人」は、大泉洋さん、宮沢りえさん、菅田将暉さん、新垣結衣さん、佐藤浩市さん、西田敏行さんなど、共演に主演級俳優がそろっていることを見ても、「いかに両作が大作であり、その主演が大役であるか」がわかるでしょう。
では、なぜ小栗さんは38歳にして、ここまでの大役を背負える国民的俳優になったのでしょうか。これまでの足取りやコメントなどを掘り下げていくと、その理由が浮かび上がってきます。
子役時代はエキストラからスタート
小栗さんは父親が舞台監督、母親がバレリーナの家庭に、兄と姉のいる末っ子として生まれました。しかし、芸能活動は順風満帆だったわけではありません。小学校6年生のとき児童劇団に入ったものの、エキストラの立場が続き、役名をもらって活躍する子役たちを見て悔しい日々を送っていたそうです。
本格的なドラマレギュラー出演となる1998年の「GTO」(フジテレビ系)で演じたのは、いじめられっ子の高校生。続く2000年の「Summer Snow」(TBS系)も聴力障害を持つ内気な主人公の弟という、今の小栗さんとは正反対の弱々しい役柄でした。
その後、2002年に「ごくせん」(日本テレビ系)、2003年に「Stand Up!!」(TBS系)の主要生徒役に選ばれるなど、徐々に認知度がアップ。ただ、同時に舞台で蜷川幸雄さんの作品に連続出演するなど、才能と実力が認められはじめていたにもかかわらず、ドラマでは5番手以下クラスの出演が続いていました。小栗さんは恵まれた環境で最初から売れていたわけではなく、これまで「悔しく苦しい日々があったから頑張れる」ことを何度か明かしています。
やはり転機になったのは2005年の「花より男子」(TBS系)。2007年の「花より男子2」(TBS系)と「花ざかりの君たちへ~イケメン♂パラダイス~」(フジテレビ系)も含めて、“王子様キャラ”で時の人となり、以降は現在までドラマ・映画・舞台のすべてにわたって主演俳優として活躍し続けています。
“王子様”から徐々にシフトチェンジ
2007年11月、2週にわたって放送され大反響を呼んだ「情熱大陸」(MBS・TBS系)で当時24歳の小栗さんは、「本当こんなに忙しくなるとは思っていなかった」「これ、『勘違いして調子に乗れるな』って思いますもん。怖い。本当に怖い」などと語っていました。
実際、2~3時間しか睡眠できない忙しい日々を送っていたそうですが、小栗さんは急に忙しくなったことや王子様キャラへの戸惑いを見せながらも、逃げたりごまかしたりするのではなく、それを受け止めたうえでさまざまな仕事に向き合っていくことを選択。
「東京DOGS」「リッチマン、プアウーマン」「信長協奏曲」と、注目度の高い月9ドラマの主演を立て続けに務める一方、「スマイル」(TBS系)では主人公を苦しめる極悪人、「荒川アンダーザブリッジ」(MBS・TBS系)ではカッパ姿の村長、「Woman」(日本テレビ系)では過酷な日々を送るシングルマザーの亡き夫などの印象的な助演もこなすことでさまざまな姿を見せてきました。
その他でも、ドラマでは「BORDER 警視庁捜査一課殺人犯捜査第4係」(テレビ朝日系)でファンタジー要素のあるダークヒーローを演じ、「CRISIS 公安機動捜査隊特捜班」(カンテレ・フジテレビ系)ではドラマ史上最高レベルのアクションを披露し、映画では「宇宙兄弟」「ルパン三世」「ミュージアム」「銀魂」などファンの多い漫画作品の実写化に挑戦。
あの香川照之さんが「これだけちゃんと王道を歩いてくるのって素晴らしい」と称賛したように、やりたいことや自分らしさを優先して出演作を選ぶのではなく、「求められる仕事に向き合っていく」という姿勢で、大役を引き寄せるベースを作っていきました。「ルパン三世」を演じる際は大幅な減量が必要になるなど、それぞれの役作りが難しく、プレッシャーが大きかったのは間違いありません。
コメントも演技も嘘がない信頼感
「日本沈没」に話を戻すと、同作は危機的状況をモチーフにしているものの、実際のテーマは、「信じられるリーダーはいるか」。小栗さん演じる天海啓示は環境省の官僚でありながら、自分の立場を超えて政治家の間違いを正し、他省の官僚たちを引っ張り、国民を救うために身を粉にして奮闘。視聴者が「実際はいないだろうけど、現実にもこんなリーダーがいてほしい」と思うファンタジーとリアルの間をゆく人物を演じています。
小栗さんはオファーをもらったときの心境について、「“覚悟”のいる作品だなと思いました」。災害をテーマにした作品について、「なかなかデリケートな内容」「どんなものが希望なのか。なかなか絶望しかない」などと難しさを語っていました。
災害がテーマのデリケートな作品で、現実には存在しない信じられるリーダー像を体現する。そんな2つの難しさがありながらも小栗さんは、「今みんなが苦しい環境の中で、この題材は非常に難しいお話なんですけど、その中でも希望と人間の強さみたいなものを届けられるように真摯に作品に向かっていきたい」とコメントしていました。「人々がコロナ禍や度重なる自然災害に悩まされているときだからこそ演じる意味がある」と言いたかったのではないでしょうか。
小栗さんはしばしば一俳優という立場を超えて、業界や俳優全体を考えたコメントをするなど、広い視野を感じさせることがありました。だからこそ、「今回のようなリーダーを演じられるのは小栗旬しかいない」と思わせられたのでしょう。
また、小栗さんは前述した「情熱大陸」に出演したとき、「ダメだ俺……」と悩む弱気な姿、乱暴な言葉づかい、タバコを吸う姿、携帯電話を叩きつけて壊したことなどを公開して視聴者を驚かせました。しかし、このとき以降、多くの人々は「小栗旬は正直な人で嘘をつかない」というイメージを抱いたのです。
奇しくも「鎌倉殿の13人」で脚本を手がける三谷幸喜さんは小栗さんを「役をつかむのが上手で芝居に嘘のない方」と評しました。「言動も演技も正直で嘘がない」という信頼感が大役のオファーが届く理由の1つなのでしょう。
あえて「覚悟」を口にする効果
そしてもう1つ注目すべきコメントが、制作発表会見でありました。「信じられるリーダーとは?」と聞かれた小栗さんは、「信じる力が強い人。信じたら突き進む強さと、自分1人では何もできないから、それを支えてくれる人を信じ抜く人が信じられるリーダーなのかなと思いました」と語ったのです。
小栗さんは若手のころから、共演者はもちろんスタッフの名前を覚えて呼ぶことを徹底。また、多忙な中、吉田鋼太郎さん主演の深夜ドラマ「東京センチメンタル」(テレビ東京系)、福田雄一監督のヤンキーコメディ「今日から俺は!!」(日本テレビ系)、三池崇史監督の女児向け特撮ドラマ「ひみつ×戦士 ファントミラージュ!」(テレビ東京系)に出演協力するなど、周囲の人々との関係性を大切にする人柄で知られています。
やはり小栗さんが大役を背負えるのは、視聴者だけではなく、スタッフや共演者からスキルと人柄を認められていることが大きいのでしょう。これはビジネスパーソンも同じで、取引先と同僚の両方から認められていなければ、大役を任され続けることは難しいものです。
小栗さんは「鎌倉殿の13人」で主演を務めることについて、「1年半にもわたり、1つのテーマ、1本のドラマに出演するという大河ドラマの経験は、生涯一度は体験したい……体験しなければならない……僕にとって俳優としての大きな関門であり、夢であり、挑戦であり、恐れさえ覚える覚悟のいる仕事です」とコメントしました。
「日本沈没」のときと同じように、ここでも“覚悟”というフレーズを語っていたのです。自分の中で覚悟を決めるだけでなく、“覚悟”というフレーズをあえて口に出すことでプレッシャーをかけているのではないでしょうか。それは自分の力を引き出すための行為であると同時に、「大役を背負える存在であること」を周囲の人々に知らしめているようにも見えるのです。
木村 隆志(きむら たかし)Takashi Kimura
コラムニスト、人間関係コンサルタント、テレビ解説者
テレビ、ドラマ、タレントを専門テーマに、メディア出演やコラム執筆を重ねるほか、取材歴2000人超のタレント専門インタビュアーとしても活動。さらに、独自のコミュニケーション理論をベースにした人間関係コンサルタントとして、1万人超の対人相談に乗っている。著書に『トップ・インタビュアーの「聴き技」84』(TAC出版)など。