『人怖 人の狂気に潜む本当の恐怖』という本を上梓させていただいた。人怖とは怪談の1つの種類だ。
ありていに言えば「幽霊や神秘現象が登場しない、ただただ人間が怖い話」だ。幽霊や神秘現象というのは、怪談の肝の部分だから、人怖を嫌う人もいる。怪談大会では『人怖禁止』だったりする場合もある。
しかし、個人的には幽霊や神秘現象といったファンタジックな要素がないぶん、よりストレートに恐怖を感じられると思う。
俺はライターをはじめて20年以上になる。潜入取材や体験取材をしながら得た『人怖』も多い。今回はそんな“人怖”を2つ紹介したいと思う。
(編集部注:本文中に過激な描写があります)
※1本目の記事『「死体を育てていますよ」首吊り遺体が骨になるまで観察し続ける“樹海マニア”の狂気』は、『週刊女性PRIME』内で限定公開中
* * *
“飛んだ”Yさん
某編集部から電話があり、
「タイのサムイ島に取材に行ってくれませんか?」
と頼まれた。
聞けば、先輩ライターのYさんがサムイ島を取材するから、アシスタントとして同行してほしいという話だった。一緒に行く予定だった編集者が、都合が悪く行けなくなったため急きょ俺が頼まれた。
Yさんは、雑誌の忘年会などで何度か会った事がある、くらいの関係だった。だが、タダで海外旅行できるのならいいか、と軽い気持ちで引き受けた。
そして一緒にサムイ島に行った。
Yさんは終始しゃべっている人だった。そしてどこまで本当でどこまでがウソかわからない。
「俺は世界各国の戦場の写真を撮り歩いていて、『イギリス兵の死体を踏みしめながら前進するイギリス兵の写真』を撮ってピュリッツァー賞を受賞した」
「パリダカールラリーの専属カメラマンで、砂漠に体質を合わせるために数か月前から水分摂取を減らして、水がなくても平気な肉体を作っていた」
「キャバクラ嬢は一発で落とせる。すぐにセックスまで持ち込める、やり方がある」
半分以上は聞き流して、うんうんとうなづいていた。
サムイ島での取材テーマは、アングラ雑誌にはありがちな「女と麻薬」。売春宿を取材したり、大麻の取引の現場を写真に撮ったりした。彼は売春婦を数日間雇って、道案内などをさせていた。
英語が喋れない俺にとっては、コミュニケーションがかなり大変だった。
取材の終盤、売春街で飲んだ。バーが並んでいて、そこでお酒を飲み、お気に入りの子がいたら売春の交渉をするシステムだった。
しばらく飲んだあと、売春はせずに宿に帰ったのだが、Yさんが車内で急に
「デジカメがない!! あのクソアマ!!」
とキレ始めた。本当に真っ赤っ赤になって怒る。激昂しながら、売春宿に戻っていく。さっきまで上機嫌で喋っていた女性に、
「この泥棒が!! さっさとカメラを返しやがれ!!」
というような感じで怒鳴り、吸っていた煙草を投げつけた。
女の子も当然怒って
「ふざけるな!! この豚野郎!!」
みたいに怒鳴り、ツバをペッペと吐きかけてきた。支配人や、女の子がわんさか集まってきて、大騒ぎになった。
俺は店のすみっこでジッとしていた。
帰国後、サムイ島の記事は彼が書いた。俺はほとんど収入にはつながらなかった。
しかし、そんな旅の記憶も少し薄れたころ、編集部から電話があった。
「Yさんが飛んじゃったんですよ!! 代打で何か書いてもらえません?」
と依頼された。編集部や知り合いに『すべてが面倒なので、旅に出ることにします。』というメールを送り付けて、そのままいなくなってしまったらしい。
Yさんは、その雑誌では非常にたくさんの仕事をしていた。Y名義の仕事もあったし、別名義での仕事もあった。締め切りまで間もないときに急に旅に出てしまったということで、編集部は大わらわになってしまった。俺にもいくつか急きょ仕事が回ってきた。編集も俺も、
「飛ぶなら仕事を終わらせてから飛べよ」
と悪口を言いながら、なんとか校了した。その数日後、池袋の路上で取材をしている途中に、編集部から電話があった。
「Yさんが殺されました。ニュースにもなってます」
東京湾で死体が上がったというニュースが、全国で放映されていた。死体はかなりひどい状態で、後頭部2か所が陥没、背中8か所が刺されていたそうだ。
さすがに、このあいだ一緒に旅行に行った人が、ひどい有様で発見されたというニュースはショックだった。事実を理解すると同時に、指先や唇から血の気が引いていくのが分かった。
Yさんと俺はほとんど接点はないわけで、Yさんが殺されたからって俺が殺される理由もないのだが、脳はそう都合よく割り切っては考えられない。
俺はどうにもまっすぐ家に帰る気にならず、ゴールデン街のバーに行って朝まで飲んだ。後日ママから聞いたところによると、俺は傍目にずいぶん挙動不審で、怯えていたようだ。
警察から犯人だと疑われ…
そして数日後、警察から電話がかかってきた。「ちょっとYさんの話を伺いたいのですが?」と言われた。警察に行けばいいですか? と聞くと、
『わざわざ来ていただくのも大変なので、うかがいます。』
と言われた。俺は打ち合わせでよく使う喫茶店を指定した。
喫茶店に行くと、ビシッと背広を着た、50代と20代の刑事の二人組がすでに座っている。鋭い眼で、会釈をした後、名刺を渡された。
警察は名刺を渡さないと聞いていたので、驚いた。名刺には『東雲二丁目建材埠頭岸壁殺人死体遺棄事件』と書いてあった。
雰囲気はとてもシリアス。
「知っていることを全部話してください」
と言われる。刑事の目はとても冷たい。
「まず聞きたいんですが、Yさんはヒゲは生えていました?」
と聞かれた。
「え、あ、はい。生えてました」
と答えると、若手の刑事が『ヒゲ』と大学ノートにメモをした。
どうやら、ヒゲは残っていたらしい。……ということはヒゲくらいしか特徴が残らないほど腐乱していたらしい。
こちらから、質問すると
「まだ村田さんは容疑者から外れてませんから。とにかく知っている事を一方的に話してください」
と言われる。
「村田さんはYさんと最後に旅行した人です。犯罪に関係ある情報を絶対持っているはずです。旅行の話を一から思い出して下さい。我々は聞いていますから」
俺は旅の途中で聞いた、嘘か本当かわからない、ピュリッツァー賞やパリダカやキャバ嬢の話をした。
刑事さんは、ジロリとこちらを見る。
若手の刑事は、俺が言ったことを全部、ノートに書いていく。『キャバ嬢にモテる方法を聞いた』と書いている。
「これはどんな内容だったんですか? 思い出して話してください」
俺はいい加減に聞いていたので思い出せなかった。
「なんで先輩の言ったことを忘れるんだ!? 思い出して!!」
とキレ気味に言う。
「遺体はどういう状態だったんですか?」
などと聞くと、
「お前は答えるだけだ!! 質問しろとは言っていない」
とこれまた怒られる。
周りの席の人たちもこちらを見ている。いつも使っている喫茶店を指定しなければよかったと後悔した。
いい加減ウンザリして、俺は
「俺が犯人だと疑ってるんですか?」
と聞いた。刑事ドラマでは
「いえいえ、とんでもない。形式上のものです」
と答えるシーンだ。だがその中年刑事は、
「ああ。今のところ、犯人だと疑っている」
としっかり目を見て言われた。
刑事に殺人犯だと疑われている、と言われるのは想像以上に嫌なものだった。
結局それから間もなく、犯人は逮捕された。また連絡すると言っていた警察からも、電話がかかってくることはなかった。
犯人は、Yさんと一緒に仕事をしている人だった。金絡みで揉めたという。犯人はYさんを問い詰めたが、Yさんは逆に開き直った。
雑誌に、犯人が暴力団員時代にしていた悪事を書き立てたのだ。しかもほぼ本名で書いた。犯人は、
「Yはチャカ(拳銃)のからんだ話を書きやがった。あいつを刺す」
と激昂したという。
そしてYさんを拉致したあと犯人のアパートでリンチをした。すでにボロボロの状態のYさんをボートに載せ、海上で刃物で背中を刺してとどめを刺し、重しをつけて東京湾に沈めた。
死体につけた重しは実に22キログラムだったという。念入りに沈めた死体が、まさか一週間やそこらで戻ってくるとは思わなかっただろう。
犯人が逮捕されたことで事件は終わった。
* * *
ある日、俺はトークライブに出かけると、知人が話しかけてきた。
「こないだのライターが殺された事件、村田さん知ってます?」
と聞かれた。彼は俺がYさんが知り合いだとは知らない様子だった。俺は曖昧にごまかすと、知人はなお話を続けた。
「あの事件を担当したのが、知り合いの警察官だったんですよ。死体の引き上げをしたらしいんです。死体を陸に上げたら、死体の中からおびただしい数の蝦蛄(シャコ)が出てきたんですって。すっげぇ気持ち悪かったって言ってました」
とゲラゲラ笑いながら話した。
それ以来、俺は蝦蛄を食べるのをやめた。
取材・文/村田らむ
1972年、愛知県名古屋市生まれ。ライター兼イラストレーター、漫画家、カメラマン。ゴミ屋敷、新興宗教、樹海など、「いったらそこにいる・ある」をテーマとし、ホームレス取材は20年を超える。潜入・体験取材が得意で、著書に『ホームレス消滅』(幻冬舎)、『禁断の現場に行ってきた!!』(鹿砦社)、『ゴミ屋敷奮闘記』(有峰書店新社)、『樹海考』(晶文社)、丸山ゴンザレスとの共著に『危険地帯潜入調査報告書』(竹書房)がある。近著『人怖 人の狂気に潜む本当の恐怖』(竹書房)発売中