年代不明の美顔水の広告。パッケージもレトロ(明色化粧品提供)

 西洋医学に基づいた日本で最初の化粧水といわれる『美顔水』。製造する桃谷順天館は明治18(1885)年の発売以来、136年にわたりニキビに悩む人たちに寄り添ってきた。開発秘話を尋ねると、それはある夫婦の愛の物語だった─。

誕生から136年、SNSで再注目

「口元やあごなどにニキビができて、なかなか治らずに悩んでいました……」

 東京都の会社員、田中優子さん(仮名・26歳)はコロナ禍でひどいニキビができるようになったという。

「周りの視線も気になり、マスクがはずせませんでした」

 そんなときSNSの口コミで『美顔水』の存在を知った。同じような悩みの投稿を見て、試してみようと美顔水を購入。

発売中の美顔水

 しばらくするとニキビは目立たなくなり、田中さんの顔にも笑顔が戻った。

 このコロナ禍で田中さんのようにマスク使用が原因とみられるニキビに悩まされる人は少なくないという。そんな中、注目されたのが『明色美顔水 薬用化粧水』だ。

 現在、同商品を製造、販売する明色化粧品(本社・大阪府)の同社ブランド担当の石田成美さんが明かす。

「2020年から'21年にかけてSNSでは『美顔水』というキーワードが数多く投稿されており、売り上げにも大きな影響がありました」

 人気急上昇中の美顔水。実は誕生から136年もの間、ニキビに悩む人々の肌を救ってきたロングセラーアイテムなのだ。

「誕生のきっかけは1880年代まで遡ります。弊社の創業者である桃谷政次郎がニキビで悩む妻・コウのために何かできないかと考えたことが始まりでした」(明色化粧品広報の伊藤佐知子さん、以下同)

創業者の桃谷政次郎(明色化粧品提供)

 桃谷家は紀州(現在の和歌山県)で400年以上にわたり薬を調合、販売する薬種商を営んでいた。

 当主の政次郎は当時まだなじみがなかった西洋医学を取り入れた新薬を開発するため、上京。現在の東京大学で西洋医学の権威である櫻井郁二郎氏のもと研究を始めた。同時にニキビに悩む妻のため、美顔水のもとになる『ニキビ取り薬』を開発した。

 コウが政次郎の作った『ニキビ取り薬』を使い始めると悩みの種だったニキビは改善していった。その様子を見た周囲の女性たちは「私も使いたい」と注目した。

「妻を思い、作ったものだから最初は商品化するつもりはなかったといいます。ですが同じようにニキビに悩む人たちのため、その悩みに寄り添ってほしい、とのコウの思いを受けて政次郎は商品化に踏み切ったんです」

 研究を重ね、1885年に西洋医学を取り入れた日本初の化粧水として『にきびとり美顔水』を発売した。すると美顔水の評判は瞬く間に日本全国に広まったのだ。

 美顔水はいわば“夫婦の愛の結晶”。悠久の時を超え、今なお私たちの肌の悩みに寄り添ってくれる。

『美顔水』のどのような成分がニキビを防ぐのだろうか。

メンズ用の『美顔水』も

「ホモスルファミンとサリチル酸という主要成分です。ホモスルファミンはニキビのもとになるアクネ菌を殺菌します。コロナ禍でマスクを日常的につけていると、口周りが高温多湿状態になり、皮脂が増えがちに」(伊藤さん、以下同)

 肌のターンオーバーがうまくいかないと毛穴の角質が厚くなり、増えた皮脂が毛穴に詰まりやすくなる。その中でアクネ菌が繁殖し、炎症を起こしてニキビができる。

「実は化粧品でこのホモスルファミンを配合しているのは『美顔水』だけなんです。サリチル酸はニキビの原因になる古い角質を柔らかくして除去してくれます。この2つの主要成分がニキビに悩む肌を整えるんです」

 当初、『美顔水』は医薬品として取り扱われていたが時代が変わり、現在では薬用化粧水として誰もが手軽に購入できるようになった。

 入手しやすくなった『美顔水』は皮脂分泌が盛んな若い層や冒頭の田中さんのように大人ニキビに悩む女性に支持されている。でも、ニキビに悩むのは女性だけではない。

 ニキビに悩む男性も非常に多いため、1998年には『メンズ美顔水』も展開した。

『メンズ美顔水』には前述のサリチル酸に加えて、アクネ菌に殺菌作用を発揮する有効成分、感光素201(ピオニン)も配合。

『メンズ美顔水』はひげそりで肌にダメージを負った男性でも使いやすい(明色化粧品提供)

「一般的に男性は皮脂分泌が多いのですが、ひげそりなどで肌が敏感になっている人もいるため、『メンズ美顔水』のほうが低刺激と感じる人もいます。

 従来の『美顔水』と『メンズ美顔水』でその使用感や効果は人によって異なりますので肌に合わせて使ってみてください」

 美顔水使用後に乾燥が気になる人は十分な保湿をすることも肌を守る大切なポイントだ。

「20代後半から30代は乾燥も気になってくるので使用後にしっかりと保湿をしないとほかの肌トラブルの原因になります」(石田さん、以下同)

 では、そんな美顔水の効果的な使い方を聞いてみた。前出の伊藤さんが解説する。

「洗顔後、『美顔水』を手のひらに出して顔全体になじませる、もしくはコットンに適量を含ませ、優しくふき取るようにすべらせます。ポイントは優しく、です。避けてほしいのはパックのように顔にのせたままにすること」

 ふき取り用化粧水のメリットも生かし、これからの季節、寒くて朝の洗顔がしんどい、と思う人にもおすすめだという。寝ている間にも皮脂は分泌されるため、寝る前にケアし、就寝中のアクネ菌繁殖を防ぎたい。

「二の腕や背中などのニキビにもおすすめ。全身に使ってもらいたいです」

 ニキビに悩む人に寄り添いながら商品開発を続けてきた同社だが順風満帆な時代ばかりではなかった。

変わらないことが信頼につながる

「戦時中・終戦直後は華美な化粧が避けられており、化粧品工場も軍需工場になったところも少なくありませんでした。資料が残っておらず当時の製造量はわかっていませんが、スキンケアは該当しないとされ、原料が調達できれば『美顔水』は製造されていたと推測されます」(企業広報の塔筋雅美さん、以下同)

現存する135年前の美顔水の瓶(明色化粧品提供)

 当時の人々は戦火の中、『美顔水』を守り、製造を続けていたのかもしれない。

「明治・大正時代から需要が高まり、当時から海外にも輸出していました。現在に至るまでその処方は変わらず、今日まで引き継がれています。

 それにホモスルファミンは既得権により化粧水では弊社の美顔水のみに使える成分。それを今変えてしまうと二度とホモスルファミンで処方できなくなってしまいます。そのため、今後も処方は変えずに守り続けていきます」

 そしていつの時代も肌の悩みは共通しているもの。

「ニキビは成長の過程で一時的に悩んでも、いずれ卒業するときが来るのがほとんど。そのため、解決したら美顔水の使用をやめる人もいます。

 マイナーチェンジはあったもののパッケージも青いボトルにアールヌーボー調のデザインも刷新することはありません。変わらないことは安心・安全を伝える目印にもなっているので、大人ニキビでまた使用を再開する人もいます」(石田さん)

 同社では災害発生時に避難所などに化粧品を届けたり、コロナ禍では医療従事者、生活が困窮した人々の支援も積極的に行っているという。

戦前、さまざまな雑誌の裏表紙も飾った(明色化粧品提供)

「2020年には西洋医学に基づき処方された日本初の化粧品ということで化学遺産の認定をもらいました。

 開発当時、サリチル酸などの成分は日本ではまだ手に入りにくく、自然派化粧品が多かった時代に新しい技術を取り入れた商品開発は化粧品の歴史的にも文明的にも新しいもの、とされたんです」(塔筋さん)

『美顔水』が今日まで続くロングセラーアイテムとなった背景には「口コミ」がある。

「お母さんやおばあさま、友達や近所の人が使っていたことをきっかけに使用を開始した人は少なくありません。創業のきっかけになったのも口コミ。

 136年たった今では、オンラインでも同じような広がりを見せているんです」(石田さん)

 長い歴史は家族の中でもそのよさが引き継がれていく。

「美顔水と併せて弊社の別の商品も3代にわたって愛用する家族もいます。変わらないことが信頼にもつながります」(伊藤さん、以下同)

 そして現代的な口コミのSNSが役割を引き継ぐ。

「『美顔水』が好きだから、広めたいと気に入った方自身がインフルエンサーになってくださっています。ユーザーが愛を持って接してくれているのも『美顔水』の魅力です」