羽田圭介 撮影/齋藤周造

 年齢を重ねるにつれて、自分の得意なこと、苦手なことの幅を決めつけ、「初めて」に挑戦することを遠ざけていませんか?30代になったとき、「習慣化された日常」や「凝り固まる思考」に危機感を覚えた羽田圭介さん(36)があえて「初体験」を自分に課した31歳から34歳までの4年間―。その経験で見えた限界、自分の意外な一面、価値観の変化、面白さの正体について語った。

主体的に楽しめればいいじゃん

 2017年に『三十一歳の初体験』と題して始まり、その後年齢を重ねるごとにタイトルの年齢も上がり、2020年の『三十四歳の初体験』まで4年続いた週刊女性の人気連載。作家の羽田圭介さんがさまざまな初体験をしたルポエッセイ70本以上の中から46本を厳選し、このたび『三十代の初体験』として一冊の本となった。

 当初はジャンルごとにまとめようと考えていたそうだが、読む前に「こんな話だろう」という先入観を抱かれないよう、実際に体験した順番どおり並べることに。

シンプルに体験した順に並べることで、ひとりの人間の精神が変わっていく様子を観察できる側面を残したほうがいいのかなと思った」という羽田さんの言葉どおり、最初のエッセイ「ホテルで朝食」から順に読み進めていくと、受ける印象がだんだんと変わっていく。

31歳の時点では自分の書く文章には珍しくポップな感じにふれているし、30代になったばっかりで、やってないことがまだたくさんあるぞ、という焦燥感もありました。これを含めてエッセイ2つの連載と、ラジオをやっていて、毎週決まりきった仕事が来るという落ち着かなさがありました(笑)

 羽田さんは“人気を得られたらもっと自分の小説作品にも興味を持ってもらえるかもしれない”と考えエッセイを書き始めたが、さまざまな初体験を通じ、そうした考え方は「積極的な受け身」だと感じたという。

4時間かけて行った「女装」初体験では、女性の意外な真実を知ることに……

「周りがお膳立てして取材させてくれたり、いろいろな機会を用意してくれたんですが、全部“受け身”なわけですよね? それで『受け身で経験できることには限界があるな』と思ったんです。例えば20代のインフルエンサーみたいな女の子が、ネット上で露出までして人気を得たいというのは、人からチヤホヤされる可能性を得たいわけです。

 それって『誰かに何かをしてもらいたい』という積極的な受け身なんですよね。ある意味、お金と似ている。得た人気で、何をするかが肝心なんです。つまり『人気を得たい』という考えは主体的な願望じゃないかもしれないことがわかってきて。

 結局自分の本当の幸せややりがいを感じるのは『いい小説が書き上がる』という自己完結的なことで、それは人気を得たいという欲望とは違う。なので、このエッセイを書いている期間で、他人にどう思われようと『主体的に楽しめればいいじゃん』みたいな価値観に変わっていったんです

人間の習慣の変わらなさというのはすごい

 羽田さんは本書で、大学生のときからずっとやってみたいと思っていた「釣り堀」へ出かけたり、いつも地味な色の服を着ている自分について知るために似合う色を探す「パーソナルカラー診断」を受けたりする。また、気分転換のためには猫を飼うのがいいのではないかと思い至って「猫レンタル」を体験するなど、なかなか普段できないことに次々チャレンジしていく。

「猫レンタル」では、仲よくなる過程で幸福感と同時に恐怖心を抱く結果に

釣り堀に行ったとき、同行した女性の担当編集とカメラマンがおじさんたちとコミュニケーションを取っていたんですが、それによって『間に女性がいないと、男同士のコミュニケーションをしないかもしれない』という自分の老後が見えてきて、釣り堀からは全然予想もしなかった結論になって(笑)。

 パーソナルカラー診断は精神を見られるカウンセリングなので、自分の意外な面がわかりました。せっかく診断を受け、似合う色の服をすすめられたのに、買ったのは濃いグレーのパンツ。それで自分はファッションに無頓着なのではなく、実はめちゃくちゃ頑固だったことがわかりました。

 結局今も地味なモノトーンの服を着ている現実は変わらないんですけど、診断を受けたことで再構築して、物事を捉え直しているので、何も自覚していないときと選び方が違ってる感じがありますね。猫は連載時にわりと物議を醸したので……そんなに可愛がってその結論か、という(笑)。これはぜひ読んでいただければと思います

「実はこのエッセイで初体験をして、今も継続してやっていることってほとんどないんですよ」と笑う羽田さん。

人間の習慣の変わらなさというのはすごいな、と思いますね。わりと時間を自由に使える職業の自分でもこうなんだから、世間の人が自分の生活を変えるというのはもっと難しいんだろうなと。

 でも、大事なのは初体験して生活を変えるということよりも、自分を客観的に見られる機会として、いつもと違うこと、初体験をしてみることなんじゃないかということです。そこで何か気づきがあって、必要性があったら、人はちょっと変わるところってあると思うんです

 本書には決まりきった日常がつまらないなと感じたり、「何かをやってみたい」とずっと思っている人の背中を押してくれる内容が詰まっている。

ずっと『やってみようかな、どうしようかな』と考えてモヤモヤしていることが、やってみたらなくなりますからね。やってみて楽しかったら続ければいいし、違うなと思ったらやめればいい。

 また、やることでまったく別の何かが思い浮かぶこともありますからね。初体験しても変わらないのは、自分が今続けていることのほうが大事だと気づいたからかもしれないんです

細かい裏切りの連続が、人間に楽しさをもたらす

 毎日毎日同じことの繰り返しでつまらない、と感じている人もいらっしゃるかと思うが、羽田さんは「人間には『飽き』との戦いがあり、その飽きを打破するのが『面白さ』であり、面白さは『細かい裏切り』にある」という。

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例えば決まりきった散歩コースがあったとしても、季節の移り変わりで紅葉したり、葉が枯れ落ちて風景が変わったりする細かい意外性、裏切りがあるから楽しいんです。

 そうした細かい裏切りの連続が、人間に楽しさをもたらす。それがわかりやすく発露するのが初体験で、予想していたことが細かく裏切られていくから楽しさがあるんです。

 そしてその経験を通じて、自分が本当は何を求めていたのか、何が大事なのか、何を楽しみに感じるのか、ということが整理されるんです。たとえ変わり映えしない日常だったとしても、深く考え続けるほうが大事だったりもする。そういうことも、初体験をしたことでわかりましたね

 初体験を通じて「思ってたのと違う」「意外と楽しい」「こんなはずじゃなかった」「なぜこんな結果に」と予想と違う事態を面白がる羽田さんの姿、ぜひ本書で楽しんでほしい!

●好評発売中●『三十代の初体験』……46の初体験を収録したエッセイ集で、自己啓発の側面もある一冊。突飛な発想や物議を醸しそうな感想まで赤裸々に綴られ、予定調和な結末がないのも読みどころのひとつ

〈取材・文/成田全〉