細木数子さんが亡くなって約2か月――。そんな細木さんだけでなく、私たちにアドバイスをくれた占い師は数多くいました。今回はそんな記憶に残る方々のひとり、「新大阪の開運おばちゃん」として人気を馳せていた“波羅門(ばらもん)”さんに、大忙しだったころの思い出とこれからを生き抜くための開運方法を伺った。
キンキラキンの衣装で、タワシで腕をこすって痛がる「タワシ占い」、八卦の形に積んだ豆腐に顔面から突っ込む「豆腐占い」……などなど、20年ほど前のテレビが今より元気だったころのバラエティー番組でも、とりわけハジけまくり「新大阪の開運おばちゃん」として人気を馳せていた波羅門さん。
占い“全ハズレ”きっかけで占い師に
「私にとっては、毎日が占いですねん。朝起きて顔を洗う、目玉焼きが鬼門のほうに流れる……起こる事象はすべて占い。古来の亀甲占いもそういうもんでしょう」(波羅門さん、以下同)
現在も占い師として現役だが、91歳の母親の介護がありメディアへの露出はかなりセーブしているそう。
「テレビは最後、4年前くらいに野球の特番で、アメリカに行く直前の大谷翔平くんのことを占わせてもろうてね。
洗濯バサミ占いは球団NGだったんやけど、トイレットペーパー占いとか、スローモーション占いで一緒に変な踊りしてくれてたり、かなりハードなことも受け入れてくれましたよ。ええ人やったんで成功したんちゃいます?」
波羅門さんは、15歳のときに占い師に、「死」や「未婚」を予言されたことがきっかけで占いの道に入った。死も未婚も見事にはずれ、21歳で結婚、ブライダルコーディネーターをやる傍ら占いをサービスで行っていたところ、これが大評判に。
初代の日本開運総本部の代表から声がかかり、本格的に占い師としてデビュー。アイコンともいえる金ピカ衣装のかぶりものの始まりは、「テレビ用」の衣装だったのだとか。
「'90年ごろかな、初めてのテレビで『アッコにおまかせ!』(TBS系)に出たんですけど、そのときにプロデューサーから派手にしてくれ言われてね。その当時ハマっていたタイのケチャダンスの冠と、妹と母親が合作で縫ってくれた衣装で出ましてん」
そのインパクト抜群なスタイルと、生活の中から生み出した100の占いが大ウケし、テレビ番組には1000本以上出演!
あの衣装のまま池に飛び込んだり、高熱を出しながら雪山のロケに臨んだりとまさに体力の限界に挑戦していたという。
その影響力は国内にとどまらず、ドイツの国営放送や韓国のテレビ番組で豆腐占いなどを披露したことも。
そんな身体張りまくりの波羅門さんの占いによると、今は「精神の時代」に入ったという。
「もうこの時代、何が起こるかわかりまへん。コロナもやけど、天変地異とかね。それを生き抜くためには自分の精神を強くしていく必要がある。あとこんなん占い師が言ったらアカンねんけど、占いに頼りすぎないことやね」
見た目はキワモノ、しかし中身は骨太のアドバイス。そこが愛され続ける理由なのかも!
<取材・文/高松孟晋>