「今そっちに向かっている。理由を聞かずにカネを貸してくれ」
78歳の実父に花山琴美さん(仮名、40代・都内在住)が金を無心されたのは、初めてのことだった。
「急いでいる様子で、驚きました。父には借金があるので、その返済に充てるのかなと」
父親の貯金はほぼゼロ。1年前に脳梗塞で緊急手術と入院をして以来、琴美さんの実母が年金を管理し、小遣い制で現金を渡している。
その場ではとりあえずお金を貸した。後日、電話で父親に3万円の使い道を尋ねたところ、思わぬ答えが返ってきた。
元エリートサラリーマンが詐欺被害に
「68億円をオレに支援したいという人物がいる。その手続きの手数料だ」
すかさず「お父さん、それだまされているよ!」と大声を上げた。ところが父親は「いや、かつての仕事の取引先の名前も相手は出している。68億円は未入金だが騙されていない」と聞く耳を持たない。
さっそくインターネットで“支援金詐欺”と入力。すると同額の支援金の入金を持ち掛けている組織名やメールの差出人名が出てきた。
それらの記事のURLを琴美さんは父母にSNSで送付。母親からすぐに「パパのPC画面で見たのは、まさに記載されているサイトと人物と同じだわ」と電話があった。
父親の話では最初はメールが届き、その指示通りに会員制サイトに登録したという。さらにそのサイト内のメッセージ機能を使い“K崎”と名乗る人物とのやりとりがスタート。68億円を入金するための手数料として、コンビニなどでプリペイド式電子マネーを購入し、そのID番号を教えるよう指示されたのだ。
「1か月経っても1円も支援金が入らない。お父さん、もう詐欺って気づいたよね?」
支払った金額は総額で数十万円。痛い勉強料だ。しかし、
「数日後に会った父に『K崎なんて実在しない人物』って、ちゃんと理解している?と聞くと怪訝な顔で『そう?』と。その顔を見て、父はまだ相手を信じていると思いました。母に聞くと『自分なりに決着するまでやりとりすると言っている。いまだ相手とやりとりして返金を依頼しているのかも』との返事が」
これはマズイ……。琴美さんは、警察署へ。実家を訪れた刑事が、PC画面の前で父親を説得したが、時すでに遅し。すでにその日と前日に合計5万円をクレジットカードのキャッシング機能を使ってコンビニATMで引き出し、プリペイド式電子マネーを購入していたと判明。また詐欺にあっていたのだ。
刑事の提案により、琴美さんは念のため父親のクレジットカードを預かることになった。
刑事の来訪から一週間後。
母親からの連絡で、琴美さんは再度、青ざめた。散歩から帰宅した父の財布をのぞいた母親が、数時間前に渡したお小遣いの代わりに、電子マネーの領収書を見つけたという。さらに、父親がカードローンに数十万円の融資の申請をしていたことも発覚。
琴美さんはその日、実家近くの最寄りのコンビニをめぐり「白髪で眼鏡の高齢男性が電子マネーを購入しようとしたら、警察に連絡をして欲しい」と伝えた。
詐欺師は言葉巧みに、カードローンの申請を促し続けているのではないか。
そう警戒してのことだ。
詐欺集団が目をつけるポイント
その翌日には「あと30分以内に4万円を振り込んだら、半日以内に68億円が振り込まれる。今日入金がなかったら諦めるから、預けたクレジットカードを返してくれ」と突然、父親が琴美さんの自宅にやってきた。
再び警察に相談、駆け付けた刑事に「自分はまだK崎を80%は信じている。でもヨーロッパ宝くじの件は、100%信じている」と謎の言葉を発したのだ。
「宝くじ?」
新たな疑問を抱いた琴美さん。調べると「宝くじに当選」したことを信じて手数料を払いこもうとしていたうえ、ウイルス感染詐欺にもあっていた。
「パパ、パソコンがウイルスに感染したという警告が出たからと、サポートセンターに電話していたわ。指示に従いながらパソコンで半日ほど作業したあと、月に3万円ずつWebマネーで払えばもうウイルスに感染しないと言われたみたい」と母親。
わずか2か月間で“ウイルス感染詐欺”“宝くじ当選詐欺”“支援金詐欺”と、3つの異なる詐欺に引っかかっていたのだ。
今、琴美さんは刑事から、父親に認知症の検査を受けさせるように勧められている。
複数の詐欺に気づかない点が、認知機能の低下によるものかもしれず、もし認知症だと病院で診断が下れば、「成年後見人制度」の申し立てをしたほうが安全との助言を受けた。
成年後見人制度の活用で、父親の財産を管理できるようになり、カードローンや消費者金融の審査は、本人による申し込みでは通らなくなる。
琴美さんは溜息をつく。
「国立大学を出てシステム系一部上場企業に長年勤め、海外にも暮らし、定年後は自身の会社を起こした聡明な父親が、まさかインターネット詐欺犯罪に巻き込まれるなんて……」
警視庁によると、2021(令和3)年の1年間に発生した特殊詐欺の認知件数合計は1万3,550件。合計被害額は約285億円にのぼる。
電話による“オレオレ詐欺”だけでなく、パソコンやスマホなどに送りつけられるショートメールやEメール、Webサイト閲覧中の警告画面の表示など、特殊詐欺の誘引手口は多種多様だ。
今は高齢者でもネット環境に慣れ、たやすく情報を手に入れられる。
「昔はビジネスマンとして活躍していた自分が、だまされるはずがない」
そんな人ほど詐欺グループにとっては、いいカモになりやすい。
さらには定年後、家族関係がうまくいっておらず孤独になりがちな高齢者や、預貯金の目減りで心細くなり、「一攫千金」を狙いたいシニアにも詐欺集団は甘い言葉で誘導をかけてくるという。
「まさか、うちの親が」そう思ったときは、もう遅い。
大切な老後の資金をかすめとられないよう、子世代の「目配り力」が問われている。
インターネット詐欺にあわないための10か条
●ショートメールやEメールのリンクは安易に開かない
●迷惑メールやスパムメールへのブロック機能を強化
●インターネットを介したやりとりで個人情報、ID、パスワード等を教えない
●プリペイド式電子マネーの購入を指示されたら詐欺を疑う
●送金を急がされたら詐欺を疑う
●プリペイド式電子マネーのID番号などを相手に知らせない
●SNSやショッピングサイト、インターネットバンクのマイアカウントへのログイン画面はブックマークに登録しておく
●パソコンやスマートフォンにセキュリティソフトを最新の状態でインストールしておく
●親のクレジットカード履歴をみられるようにする
●あやしいと思ったら警察や警察相談専用窓口(#9110)などにすぐ相談する
※参考【警視庁】https://www.npa.go.jp/bureau/safetylife/sos47/circumstances/