1月15日、16日の大学入学共通テスト(以下、共通テスト)まで、あとわずか。コロナ禍で3度目の本格的な受験シーズンに突入した。そんな中、受験生を取り巻く環境に変化が生じている。入試にあたり「実用英語技能検定(英検)」「TOEIC(トーイック)」などの英語民間試験を活用する大学が増えつつあるのだ。
大学受験や就職活動の動向に詳しい、大学ジャーナリストの石渡嶺司さんが指摘する。
活用した大学には国から補助金も
「独自に行う英語試験を廃止し、英語民間試験のスコアを入試の成績として採用したり、合否判定の際に優遇措置がとられたりするケースが私大を中心に拡大傾向にあります。なかには出願にあたり、英語民間試験で一定以上の成績を修めるよう条件を科している大学も。文部科学省の最新調査(2020年)では一般試験の場合、国公立で約9%、私立で約16%が英語民間試験を活用しています」
実は共通テストの場でも、英語民間試験を導入しようとする動きがあった。
「大学入試改革の目玉として、2021年から始まった共通テストに盛り込まれる予定でしたが、導入をめぐり議論が行われるなかで批判が噴出したのです。英語民間試験の受験費用は自己負担となるほか、僻地や離島での試験会場は少ないため、家計状況や地域によって格差が生じる恐れが懸念されていました。
それに加えて、当時の萩生田文科大臣による“(受験生は各自)身の丈に合わせて頑張ってもらえれば”という発言がダメ押しとなり、導入断念に至りました」(大学ジャーナリスト・石渡嶺司さん、以下同)
そうした経緯があるにもかかわらず、なぜ大学で英語民間試験の導入が広がっているのだろうか?
「大学からすれば、独自に英語の問題を作らなくていいため手間がかかりません。当然、学内の反対論が起きにくいんです。また、優秀な受験生かどうかを判別しやすいという利点も大きい。文科省が‘19年に発表した英語教育実施状況調査によれば、高校3年時点で英検準2級を所持している生徒は43.6%でした。
一方、英検の実施団体・『日本英語検定協会』が公表している最新データでは、高校生の英検2級の合格率は24%、準2級は34%と結構低いんですよ。そこから英語力を類推できるわけです。例えば、大学側が受験資格を“英検準2級以上”と指定すれば、学生をある程度、ふるいにかけることができます。
さらに文科省は大学入試改革の一環として、英語民間試験を活用した大学に補助金を出すことを検討しています。いまやどの大学も財政難ですから、もらえるものなら補助金はほしいはず。英語民間試験を活用する大学は今後、さらに拡大されていくでしょうね」
本当に使える英語民間試験は?
ひと口に英語民間試験といっても、おなじみ英検のほかにもTOEIC、TOEFL(トーフル)等々、さまざまな種類がある。実際にどのような試験が活用されているのか、石渡さんに教えてもらった。
まず、大学入試の場ではどうか。
「英検とTOEICの両方を活用している大学が多いです。ただし旺文社の調査では、受験生が利用する英語民間試験のうち、英検は利用率92.2%とほかを圧倒しています。
英検は英語民間試験のなかでいちばん規模が大きく、試験会場も全国に約2万か所あります。一次試験が筆記で、二次試験ではスピーキングが行われるのですが、一次に合格すると次回受験時から3回まで一次試験が免除の扱いになり、受験対策がしやすい。そうした理由から支持を集めているのではないかと思います。
デメリットとしては、試験が年3回なので、ほかの英語民間試験に比べて受験チャンスがやや少ない。また、検定料の高さも問題視されています。例えば英検の場合、高校生の受験が多いといわれている準2級は9200円、2級は9700円(2021年度)。加えて会場までの交通費も自腹ですから、経済的に厳しい家庭や、試験会場が遠方にある僻地や離島の子どもほど負担が大きくなります。ツイッターデモやオンライン署名による抗議活動が行われた結果、主催団体が2022年度の検定料の引き下げを発表したほどです」
海外留学を視野に入れている場合、TOEFLが役に立つ。
「英語圏の大学・大学院に留学を希望する場合、TOEFLスコアの提出が求められます。最近は入学後の留学を見越して、入試の際にTOEFLを指定し、スコアを成績として使う大学も少なくありません」
ほかにもベネッセコーポレーションが主催するGTEC(ジーテック)、TOEFLと同じく英語圏の大学で語学力の証明となるIELTS(アイエルツ)等々、さまざまな英語民間試験がある。前述したように、大学入試では「ひとり勝ち状態」といえる英検だが、就職となると話は別。
「就職活動の場ではTOEICの価値が高くなります。グローバル関連企業を中心に、最近は採用条件に“TOEICスコア600点以上”などと指定している企業が多いためです。それを受けて大学側も就活を見越して、TOEICスコアを入試の条件にしたり、TOEICを英語教育の軸にしたりするところが増えてきています。TOEICの試験はリスニングとライティングの2本立て。地域にもよりますが、試験が基本的に月1回は行われ、受験しやすいというのも特徴です」
転職の場合、「全商ビジネス英語検定」「日商ビジネス英語検定」といった専門分野に特化した英語検定が活用されることも。
「いわゆる商業英語に関連する資格試験ですので、この2つを取得していると、企業によっては専門性の高さが評価されることもあります。『技術英検』、『観光英語検定』などの資格にも同じことが言えます」
とはいえ当然のことだが、こうした語学力を証明できる資格さえ持っていれば、誰もが必ず就職できるというわけではない。
中高年にも襲いかかるグローバル化の波
「最近は英検やTOEICで優秀な成績を修めた学生が増えています。ところが、高スコアだから就活がうまくいっているかというと、そうとも言い切れないんです。なかにはTOEIC400点と低いスコアであっても、某外資系大手の内定を勝ち取った学生もいます。
新卒の就活は『ポテンシャル採用』といって、コミュニケーション能力やリーダーシップ、学生時代に力を入れたことなど語学力以外の評価ポイントも重視されるためです。また転職の場では、とりわけグローバル関連企業になると、英語はできて当たり前。そのうえで何ができるのかが問われます」
ここまで読んで、“最近の若者は大変。今の時代の受験生じゃなくてよかった……”と、胸をなでおろしているそこのあなた。油断してはならない。英語重視の風潮はとどまるところを知らず、すでに中高年となった大人たちにも容赦なく襲いかかる。
「地方の製造業が海外メーカーと取引をしたり、農家が海外へ野菜や果物を輸出したりと、外国人が少ない地方にいながらも世界を相手にビジネスを行う機会が近年、増えつつあります。日本で暮らし、日本の企業で働く人であっても、英語が必要とされているんです。
転職の場で英語民間試験を採用条件に科す企業も増えるかもしれません。こうした傾向は今後、拡大していくことはあっても衰えることはないでしょう。お金や時間をかけないと英語力は身につかないもの。オンラインで学べる市民向け講座を開いている大学もあるので、気になる人はチェックしてみては?」
今後、ますます需要が高まっていきそうな英語民間試験。石渡さんが目下気がかりなのは、子どもたちにおよぼす影響だ。
「英語民間試験の共通テストへの導入が検討された際、検定料や地域格差について批判を集めましたが、これらの問題は今も解消されていません。加えて、子どもたちに教える教員の英語力も課題です。英検準1級以上レベルの教員は中学で4割程度、高校で7割程度にとどまるのが現実。
教える側の英語力が高くなければ、スピーキングやリスニングなど民間試験のために求められる勉強に対応できません。優秀な教師をそろえられる進学校ほど有利になり、やはり教育格差につながってしまう。こうした問題をどう手当てするのか対策を講じていく必要があると思います」